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2016.07.12
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カテゴリ:明治期・耽美主義

  『地獄の花』永井荷風(岩波文庫)

 「地獄」です。「花」です。……まー、しかし、たいそうなタイトルでありますねー。

 でもこの時代、結構こんなたいそうなタイトルの作品が沢山ありました。明治35年前後のことです。
 『金色夜叉』なんて有名どころでも、改めて考えてみたらかなりたいそうなタイトルですよね。同じく尾崎紅葉の『二人比丘尼色懺悔』というのもなかなか頑張っているたいそうさです。

 でも一等賞のたいそうなタイトルは、何と言っても広津柳浪の『変目伝』でしょう。「変目伝」ですよ「変目伝」。……もー、わけわかりませぬー。
 いえ、実は私はこの小説を読んでいないのですが、タイトルだけに限って言うと、もうちょっと何とかならなかったのかなーという気が大いにします。

 というわけで「地獄」ワードに戻りますが、「地獄」という単語で近代日本文学系の記憶といえば、やはり芥川龍之介の『地獄変』でありましょうか。
 あれは最愛の娘が焼け死んでいくところを凝視して地獄の業火の炎を描く画家の話ですから、「地獄」のようだと考えて一応タイトルに納得がいきます。しかし、さてこの度の『地獄の花』の「地獄」とは、一体なんでしょうか。
 いえ、作品中には、一応、説明らしい表現があります。

 自分は富子が云ふ様に、此の世間が云ひ囃す汚い地獄の中に、安心して自分の信ずる道に進む事が出来るやうになつた。以前の如く、単に世間の毀誉のみを慮る結果、強ひて其の行を清くしやうとした様な笑ふ可き事は全く改めて、何等の束縛もなき自由自治の、この楽園の中にあつて、心から満足した美しい生涯を送つて行くであらう。

 この個所は、作品のほぼ最終部に出てきます。「自分」というのは、本作のヒロインの園子(『地獄の花』の「花」の部分でしょう)という若い女性ですが、女学校の教師をしており、この時代の女性を巡る純潔道徳に反感を持ちながらも結果的にその中に安住していたのですが、結婚を前提に付き合っていた男性に裏切られ傷心のうちに勤務先の女学校の校長にレイプされてしまいます。
 このレイプ事件を巡る本文の説明表現は、こんな風になっています。

 園子が長き年月一片の道義によつて堅固に保つた其の操、恋人にさへも許さなかつた操の、遂に終りを告る処は何であつたか。
 園子は三畳の居間に倒れた儘、前後も知らぬ程泣入つた。凡ての事は昏々として夢を追ふが如くである。自分が此れ迄折角美しく保つて来た其の労力が、水泡に帰したと云ふ、云はば丁寧に保管した宝物を破はされた時、宝物其の物の惜しさよりは、徒に其の困難であつた保存法の無益だつたのを怒ると同じ様に、今は却つて操と言ふものの価値が如何程のものかと云ふ事は暫く忘れられた様になつて了つた。やがて少し心が静まると泣く事も出来ぬ悲しさは、水の様に冷く心の中に流れて来た。操と云ふものの証明は、其の見えざる心の如何に係らず、唯一途に肉体と云ふものの、如何によつて、直に判断せられるのである。そして肉体上の操は如何に容易く破られて了ふだらう。この破られ易い操の破れた婦人は最う表立つて世に出る資格を失つて了ふのである。社会は何故かくも怪しい厳密な制度を持つて居るのであらう。婦人の生命は肉体であつた。心霊では無かつた。而して、婦人の肉体は如何に汚れ易く果敢ないものであつたろう。


 本作は若き日の荷風が、当時の、人間性をゆがめるような女性への純潔道徳のあり方と、舌なめずりをしながら次々と生け贄を探していくような社会正義感覚(具体的には生まれたての新聞が行った市民への甚だしいプライバシーの侵害)に対して、敢然と挑んだ作品であるという評価があるそうですが、上記の2つの引用個所(作中では前後が逆ですが)を読めば、それは違うのではないかという思いが強く湧いてきます。それはアリバイではないのか、と。

 荷風が本当に書きたかったのは、谷崎潤一郎の『刺青』ではなかったか、と。
 麻酔薬を嗅がされ眠らされている間に背中一面に女郎蜘蛛の入れ墨を彫られた若い娘が、目が醒めると同時に、もう自分は臆病な心をさらりと捨ててしまった、これからはあらゆる男を肥やしにして生きていくと宣言する『刺青』。

 仮面をかぶったエゴイスティックな社会正義の「地獄」から、エロスを中心に据えたどろどろのマニアックな「地獄」へ。
 そんな耽美主義への「カミング・アウト」こそが、荷風が本当は書きたかったマニフェストではなかったかと思います。

 しかし、それにしても、こうして比較してみると、もちろん『地獄の花』と『刺青』とでは書かれた時代にズレがあるとはいえ、谷崎作品の水際だった完成度の高さにほれぼれとします。『刺青』に比べると『地獄の花』の「宣言」のなんと鈍くさいことか。

 谷崎の『刺青』を最初に絶賛したのは荷風でしたが(谷崎はそれによって実質的に文壇デビューをします。あたかも漱石が芥川の『鼻』を褒めたことで、芥川のデビューがなったように)、実際の所、これは荷風も絶賛するしかなかったんじゃないかと、私はちょっぴり意地悪に思ってしまうのでありました。


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Last updated  2016.07.12 20:06:34
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