去年の米国大統領選挙や英国のEU離脱を決める選挙に対し、今年のフランス大統領選挙では常識を裏切らない結果になったことについて、東京大学教授の宇野重規氏は、11日の東京新聞に次のように書いている;
2016年、欧州連合(EU)離脱を決めた英国の国民投票と、トランプ氏が勝利した米大統領選は、世界に大きな衝撃を与えた。17年もまた選挙の年である。ここまでオランダの総選挙やフランスの大統領選、韓国の大統領選、そして8日には英国総選挙が行われた。さらにフランス国民議会選挙が続く。今後はドイツの連邦議会選挙も控えている。欧州を中心に、昨年の大変動をどう受け止めるかが問われている年だ。
英国総選挙は、事前にはメイ首相率いる保守党の圧勝が予測されていたが、結果は過半数を取れなかった。労働党がコービン党首の下、息を吹き返した。プレグジツトの行方は予測しがたい。
興味深いのは、保守党と労働党という英国の二大政党がなんとか持ちこたえているように見えることだ。ここ数年、英国独立党やスコットランド民族党の台頭もあり、2大政党の時代は終わりを迎えたと論じる向きもあった。にもかかわらず英国の国運を決める決定的な時期に、2大政党の求心力が増していることは重要である。
これに対し、フランス国民議会選挙では、大統領選に勝利したマクロン氏の新党が優勢な情勢である。既成政党を離脱し「右でもなく左でもない」とあえて標榜(ひょうぽう)するマクロン大統領であるが、意外なことに多くの新人を擁立した彼の政党「共和国前進」が支持を集めている。逆に、前大統領・オランド氏の与党だった社会党は厳しい状況に追い込まれている。
一見すると、既成政党が復活しつつある英国と、新党が躍進するフランスは対極のように見える。しかしながら、フランスの場合、ルペン氏を擁する極右の国民戦線の躍進がある以上、マクロン新党の優勢は、これに対する中道勢力の復調とも言える。実際、新党には二大政党である社会党や共和党からの参加者も多く、ある意味で、これまでの左右の分極化に歯止めをかけたと評価できる。
ドイツでも、メルケル首相の与党キリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)が、社会民主党(SPD)と競い合う二大政党中心の選挙戦となっている。反移民を訴える「ドイツのための選択肢」(AfD)は伸び悩み、極右が政権を奪取するという予測は今のところ少ない。
このことの背景にはやはり、トランプ米大統領の出現があるだろう。EUを巡る混乱と移民問題は、欧州各国に巨大な不満を生み出している。にもかかわらず、トランプ大統領への懸念は、欧州各国に「踏みとどまらないといけない」という覚悟をもたらしているのではないか。内政上の不満を対外的危機感が抑え込んでいる状況と言える。
現代世界において、各国のナショナリズムを抑制する理念や仕組みは、弱体化するばかりである。とはいえ、「~ファースト」に見られる自国中心主義が横行するばかりでは、世界は不安定化を免れない。なんとか国際的な協調の枠組みを維持しつつ、各国で持続可能な民主主義のモデルを模索するしかあるまい。その意味で17年の一連の選挙は、欧州の「踏みとどまり」の実験にほかならない。
さて、日本はどうか。論争の中身を見ると、いささか水準の低さにむなしさを感じる。世界の曲がり角で、日本は相変わらず内向きの夢を見続けるのだろうか。
(東大教授)
2017年6月11日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「時代を読む-『踏みとどまり』の実験」から引用
米国の白人低所得層が疎外感を強めて、その結果としてトランプ氏を大統領に選んだというのは事実ではあるが、しかし、これは彼を選出した人々にとって「正解」ではなかったのであって、トランプ氏が大統領になっても彼らの問題が解決するわけではない。人種の如何に関わらず、労働者の低所得という問題は、政治家のスローガンや政策で解決されるような簡単な問題ではなく、資本主義経済という仕組みが必然的にもたらす結果なのであるから、これを解決するための「正解」は、経済体制を資本主義から社会主義へ変革する、ということになります。しかし、人類にとって不幸なことは、最初の試みであったロシア革命が残念な結果に終わったために、世界中の人々が社会主義に対する疑念を深めていることです。現在の一時的な反動の時期を乗り越える頃には、正しい社会主義への道を人々に説明できるほどの力量を、私たちは獲得していきたいものです。