三浦綾子さんの短編「足跡の消えた女」の一節。
三浦さんはキリスト教徒してこういう言葉を散りばめた小説をお書きなったが、帰依していなくてもその言葉は響いてくる。
定かでないからこそ信じたくなるし、信じなければ生きていけない。
いつも正しいことを選択しているはず、恥じないように行動しているはず、自分はぶれない、だからひともそうしていると信じよう。
ではない。自分は不確かである。けれどもひとのことは信じよう。
ここに嘘つきがいるとする。明らかに嘘とわかっていても、そのひとがそう信じて欲しいとしたら、信じてあげることが自分の確かさに繋がるのではないかと思う。
嘘が見えてしまい、正さねば気がすまない性質ならばこそ、そうすべきなのだ。
と
『死の彼方までも』(表題作、「赤い帽子」「足跡の消えた女」「逃亡」)という短編集を読んで、哲学的考察に陥ってしまうのである。
『沈まぬ太陽』も五巻全部読んでしまったので、その感想もと思うのだけど、あまりにも有名になったのでやめておく。