あ る 兵 士 を 支 え た も の
戦 陣 訓 と 生 へ の 執 着
頼 ら れ て は 危 険
軍隊では、器用な兵に、そうでない他の兵たちが何かと依存しがちである。
平時はそれでもよいが、食糧や生活具を自ら生産せねば自分が生きて
ゆけない状況の場合は、そうした他の依存者は負担になるだけである。
戦友愛とか同志愛とかいう通常観念ではこの場合を批評できない。
拾った針金で縫針ををつくるような辛苦の物品などを分け与える
ことは、自己の生命を分与するようなものである。
孤絶した密林の中でも、人間が2人以上いる限り、
極限的な人間ドラマは生じる。
前の皆川さんの談話にも梅野さんという人と3人で住んでいたとき、
仲間割れが起り、伊藤さんが1人で離れて住むようになった、
と述べている。
新聞が伝える今度の横井さんの話にもそれらしい
「 葛藤 」がうがえる。
( ロビンソン・クルーソーの場合は、従者だったから、
作者は2人の間に面倒をひき起させる必要はなかった )
だが、これを通常の意味の「 エゴ 」にとっていっては決してならない。
木の実一つ、川エビ一つ採るのにも命がけで、その貯蔵には
文字通り生命がかかっている。
他に分与する行為は自分の生命を短縮することなのだ。
横井さんは内向型の性格のようだが、この「 頑固 」な
性格が生命の持続につながっていたと思われる。
家 族 制 度 の 暗 さ も
また、横井さんが密林から出て行くのをためらった気持の一つには、
実家に「 厄介もの 」視されるという気おくれもどこかにあったのでは
なかろうか。
親族の録音テープに答える横井さんの言葉にそれが感じられる。
戦前の家族制度のきびしさは、現在の核家族状態からは想像されない。
実印を肌身はなさず持っていたという横井さんの内向的な
性格には旧(ふる)い家族制度との関連をみるような気がする。
老後の横井さんに十分な安楽を享けてもらうことが、28年間の
超人的な苦労に対するいちばんの慰めであろう。
マスコミが、もの珍しさを主に扱うのは忍びないことである。
お わ り
上記、記述は、1972年( 昭和47 )1月、
新聞に掲載されたものです。
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最終更新日
2022年02月21日 14時46分37秒
[元 日 本 兵 ・ 横 井 庄 一] カテゴリの最新記事
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