カテゴリ:絶対存在論
神の存否-156
一般的用語で「本性(ほんせい、ほんしょう/Human Nature)」は、生まれつきの性質としての本来の性質、人間が普遍的に持つ思考、感覚、行動などを指す概念であり、社会学、社会生物学、心理学では特に進化心理学と発達心理学が人間の本性を明らかにしようと科学的な取り組みを行っています。哲学者、倫理学者と神学者もまた其れ其れに人間の本性を古くから議論していたものです。不変の人間性の存在は古くから論及されており、現在でも論議されている課題です。ダーウィンは、人間にも他の動物にも本性はあっても真に固定化されていないと主張し、これは現在の科学者から広く受け入れられている。所謂、本能とは多少の差異があります。本能は、本来その生き物が生き抜くために獲得した性質。 一般に「食欲、性欲、睡眠欲」などに使用されます。 対して「本性」は人間が普遍的に持つ「本来の性質」とされますが、此の出どころにより様々に解釈されることとなります。 スピノザの「神」概念と、信教「唯一神」の絶対概念が相違する以上、神の本質が関与する「神の本性」はスピノザ哲学の根幹だと云えます。 古代キリスト教最大の神学者。いわゆるギリシア教父とよばれる神学者群の一人で、アレクサンドリア学派といわれるグループの代表的存在オリゲネスオリゲネス(Origenes Adamantius/ 185年頃 - 254年頃)は、有限な認識能力しか持たない人間を、神的なのなものにして、すなわち神化させて、それでもって神認識の問題は解決されたと言って済ますことはできない。というのは、いまここで問題にしているのは、有限な被造物である人間が、把握し難い神をどのようにして認識できるのかということなのであって、人間の神化を前提にして、つまり人間を神にして、それを解こうとすることは、問題の解決と言うよりは、むしろそれの回避に過ぎないと思われるからである。神を知る、あるいは「神とは何であるか」、あるいはこれを第一人称の直接話法に変換して、「神であるあなたは誰であるか」を知るという神認識の問題は、あくまでも有限な被造物である人間が、神認識のプロセスと人間神化のプロセスの端緒において、そもそも「何を」知るのかという問題から考察されねばならないのであると述べています。類推するに、スピノザの論理に近い言を著しています。 哲学・思想ランキング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021年09月01日 06時10分06秒
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