カテゴリ:絶対存在論
神の存否-210
スピノザの主著「エチカ」第一部は神は自己の本性の必然性のみによって活動する。即ち神の必然とは何ものにも捕らわれない真の完全な自由がある。而も、万物は神が必然としてあるべく決定したものです。即ち、宇宙=世界=自然には神を起因とするものが全てであり、万物の生起が完全であることを示します。此処で肝要なのは神は「何故に」の原因のみであって「何のために」という目的は論外だということです。此処にスピノザは人間が思考する意味での神の恣意的自由を否定し、目的論的性状を頑なに捨てない人間を批判します。そして人間が自分を自由だと思うのは、歴史的環境にも負うところが大きいとします。人間は自己の意志衝動を意識はするが、駆る原因には全く無盲だというのです。此れがスピノザの「決定論」といわれるものです。 此れを踏まえて、スピノザの主著「エチカ」第二部「精神の本性および起源について」の記述が、人間の精神の本性が目的論が否定された「決定論」にあることをいまさらに心に留めおいて紐解く(ひもとく)のが肝要です。 哲学・思想ランキング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021年10月25日 06時04分52秒
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