N郎♪音汰。(楽天ブログ)

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N郎♪

2006/12/29
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このブログでは「表現」をテーマとして扱っていきたいと、どこかで書いた記憶がある。その「表現」の最たるものの一つが、音楽におけるライブパフォーマンスではないだろうか。

今年は例年に比べライブをよく観た年でもあった。意識してそうしたのだが、思惑どおりいろいろと発見もあり、刺激もあり、面白かった。

そんな今年観たライブの中でベストパフォーマンスを挙げるとすれば、2月に渋谷アピアで観たカルカンエコーのライブパフォーマンスを挙げる。

渋谷アピアは1970年にオープンしたアコースティック弾き語り系の殿堂的ライブハウスだ。それまでアピアに足を踏み入れたこともなく、場所もよく知らなかったのだが、かつてボーカル仲間がライブをやっていたということだけ覚えていて、特に出演者にあてもなく、ぶらりと立ち寄った。

初めて入るアピアは、ステージの背景に新聞のニュースの見出しがコラージュされていたり、天井には怪しげな=前衛的な装飾がされていたりと、なかなか俺好みのよい場所であった。ボブ・ディランに代表されるような60年代~70年代の、音楽が先鋭であり、社会と共に歩んでいた時代のエッセンスがこの場所には引き継がれているように思えた。

●リンク:渋谷アピアホームページ

(余談)
しかし残念ながら演奏する側の現代日本のアーティストが、例えば前々回にブログで触れたウディ・ガスリーやボブ・ディランのような、社会の矛盾に向けられたエッセンスを引き継いで昇華しているのかといえば、そのようなアーティストはかなり希少ではないかとも思う。

音楽に限らず、日本という国では、社会の矛盾に向けられた目はことごとく少数派に追いやられ、孤立させられてしまっているように思う。社会の矛盾が矛盾のまま放置され続ける社会は、不健全な社会と言えよう。社会を構成しているのは他の誰でもなく、文化と社会が断絶しているなどありえない。


話を戻す。カルカンエコーのライブパフォーマンスなのだが、そのクラッシクギターの弾き語り演奏について、かなりギターが上手いと思った。ヴォーカルも表現としてのメリハリを持っており、詞も曲も、カルカンエコー独特の世界を生み出していて、思わず観入ってしまった。しかし、ギターがどうだとかヴォーカルがどうだとか、詞がどうだとか曲がどうだとか、そんなことはライブの本質を語る上では抹消的なことであり、それ自体は評価の基準とはならない。

評価の基準となるのは、そのライブパフォーマンスからオーラのようなものを感じとることができたのかどうか、ライブが終わった後でも心象に残り続けるようなパフォーマンスであったかどうか、そんなことが評価の基準になるのではないかと思う。

もし音楽をやっている人がこの文章を読んでいるのであれば、N郎♪はかなり難しいことを評価の基準としているように思えるかもしれない。しかし今年のベストに選んだカルカンエコーのライブパフォーマンスからは、そんな難しいことがビシバシと伝わってきていたのは間違いない。


受け手、観客はライブを観て評価をすればいいだろう。しかし送り手、パフォーマーはどうすればよいのか?

俺自身もよく考えてみたいのだが、「表現に対する真摯な姿勢」それがキーワードとなるのではないかと思う。「表現」=表現者の存在価値そのもの、つまり「表現」に対して自分の存在価値そのものがかかっているような・・・「表現」すること自体が生きている意味であるような・・・そんなウソ偽りのないところでの積み重ねが、「表現」に対してオーラやインパクトを生み出すのではないかと思う。頭で考えただけでは出せるようなものでもないし、言葉で表すのも厳しい「表現」の領域だ。


2月にアピアで観たカルカンエコーのパフォーマンスは、「表現」についてこんなことを考えさせられてしまうほど、ベストなライブパフォーマンスであったと思う。


●リンク:カルカンエコー・僕の行くトコロ








Last updated  2006/12/30 03:36:22 AM
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