昨日は結構遅くまで一人で遊んでいたのに、なぜか割りと早く起きた。
たぶん9時前だったと思う。日曜日は9時から『ゲゲゲの鬼太郎』がやるので、それでも観るかと思って居間に行った。
携帯電話が点滅している。
どうせ政所からのメールだろうと思った。
いつもなら、そのまま放っておいてあとでいいやと思うかもしれないが、
そのときはとりあえず充電器から外して居間に持って行った。
ボーっとした頭で、メールを見る。
すると、
「破水したもよう。今病院に向かってます!怖いよぉ~ でもがんばる。」
と書いてあるではないか!
あやうく俺自身が「ゲゲゲ」と叫んでしまいそうになった。
次のメールには、電波がないから父か母かに連絡せよとある。
たしかに政所にかけてみたものの通じない。
仕方なしに父親にかけてみた。
そうするとやはり今から病院に行ってとりあえず入院するようだ。
なんてこった。
よくわからないが、破水ってのはどういうことだ。
母親にも電話してみた。
そうするとやはり破水した以上、産ませる必要があるのだが、
今は36週と6日目で、今日生まれると早産になって明日だと37週のようだ。
というわけで、今日いっぱいは様子を見て、明日になっても生まれないようならば陣痛を誘発させるという。
おおお~~~~
いや、おい、ちょっと待て。
予定日は8月の18日だぞ。
てこた、3週間も早いではないか。気になるのは、それが大丈夫なのかそうでないかだ。
それを聞くと大丈夫だという。
とりあえずは安心したが、電話を切ったあとどうしていいかわからず、
しばらくおろおろしてみた。こういうときおろおろするのが男の役割というものだ。
おろおろしないうちに生まれるなんて、そんな人聞きの悪いマネできるわけがねぇ。
どこへ出しても恥ずかしくないようなおろおろぶりを少しくこなした後、飛行機を調べた。
一番早くて11時ころ。
とりあえず支度をして、家を出る。
まったく予期しない高知行き。それも先週の旅行の片付けもまだ終わっていない。
電車に乗って品川から羽田へ。
途中で、とりあえずイトキンには連絡をしておいた。
なんだか誰かに行っておかないと不安だったのだ。
あれだけおろおろしていたのに、飛行機の中では結構寝てしまった。
しかし、やはり帰省の時期なのか、家族連れが多い。
やたらと泣き叫ぶガキがいて、えらいむかついたが、もう父親になるかもと思うと若干寛容にならざるを得ない。
高知空港について、そっからはバス。
高知駅に着くとぎりぎり。
急いで切符を買って、ホームに走りこむとなんとか1時発の特急に間に合いそうだった。
ところが、ホームでぽけっと突っ立っている間に、特急は行ってしまったようだ。
なんだかよくわからないが、見過ごしていたみたいだ。
なんたる失態。
次の特急は2時40分とかそんなん。
おお、1時間半も何をせよというのだ。
しかたなしに、本当にクソまずいこれほどまずいのどうやって作るんだっていうくらいの駅弁を食い、本を読んでいた。
途中で、高知に住む松ちゃんにも電話。
高知駅がきれいになったねとかのんきにくだらない話をする。
一応、ガキが生まれそうだ、明日生まれると思うと云っておいた。
まぁ多少電車を逃したって、あれだ、どうせ夜中とかもしくは明日に生まれるんだろ、早くついたってしゃーない。
今日はいったん病院いって、家いって風呂浴びてメシ食って、そんで徹夜。
こういうコースだな。
よし、こらしんどそうや、いまのうち休んどこ。
そんな風に考えていた。
時間になってなんだかんだいって特急がやってきた。
乗り込んで、本を読んだり窓の外を眺めたりする。
高知の山や川は相変わらず力いっぱい夏を謳歌している。
こういう景色を2週続けて見るのも悪くない。
なんだかすっかり気が落ち着いちまって、読書もすすむ。
中村駅についた。
ここに親父殿が迎えに来ているはずだ。
親父殿の車を見つけて乗り込んだ。
すると、
「おい、遅かったな。間に合わざったぞ」
「え? どーゆーこと?」
「生まれたぞ」
えー!?
え、いや、だって、夜って、えっ、えーっ!?
にやにや笑ってる親父殿。
最初はかつがれてるんだと思った。
だって夜生まれるってお医者サマが云ったんだろ。
出産って10時間とかかかるって聞いたぞ。
いえね、なんだか、昼過ぎて陣痛が来て、そんでトントンと分娩室に入って1時間そこらで生まれてしまったそうですよ。
マジかよ。
しかも3週間も早く生まれたのに、2900グラムあるんだとか。
なんだそりゃ。
母体も赤子も健康すぎるくらいの健康さらしい。
とにかく、ちうことで、病院へ。
病院は宿毛にある。
病院に行くと、もうばあちゃんもお母さんもいる。
分娩室のあるエリアへ。
こっから先は、父親しか入れないそうだ。
除菌して、白衣みたいなのを着せられて、分娩室自体に入る。
いた。
ピンクの服を着た政所の上に、おむつつけたちっちゃいのが。
これが。
これが、俺の子か。
政所は「毛深い子を産んじゃった」といって笑った。
確かにひどく毛深い。
しかし、しかし。。。
抱きますか?と看護婦さんに言われ、俺の腕の中にちっちゃいものが託された。
なんだこれ、どういうこと!?
実感とかまだまだいってもあれだけど、それでもこのあったかい塊は確かに命なのだ。
これが俺の子―――!
しばらくずっとそうしていた。
出産が大変だったんだよ、といって政所は必死に訴えかけていた。
うそつけ、超安産だって聞いたぜ。
違うよ、大変だったんだって、ほんと、死ぬかと思ったもん。
お疲れ様。
ご苦労さん。
でかした。
なんだかいろいろいってやりたい気持ちになった。
そうした面会の後、分娩室を出る。
今日はもうこれ以上は会えない。
あとはガラス越しに会うだけ。
そして新生児室に運び込まれる我が子。
立派な、元気な、かわいい、男の子だ。
親父殿もお母さんもばあちゃんもみんなしてガラスに群がる。
政所も嬉しそうだ。
もうみんな思い思いにシャッターを切って、カメラを回して。
これが、命が誕生するってことか。
こうやって俺も産まれてきたんだなぁ。
出産にはもともと立ち会う気はなかったし、産まれる瞬間にも間に合わなかったけど、
でも、体の中からは確かに湧き上がってくるものがある。
政所を病室に送って、明日もまた来るよといって帰った。
帰りみち、山の向こうに見える夕焼けがとにかくきれいだった。
きれいに澄んだ青い空に、燃えるような夕焼け。
水色とオレンジの境目が混ざり合って、それが一つに溶け合っていて。
それはもう幽玄のような夕焼けだった。
この夕焼けをきっと、ずっと忘れることはできないだろうと思った。
4人で、今度は親父殿の兄貴の家にいって、おめでとうといってもらう。
そこは直ぐに退散して、もう7時も回ってたし、スーパーに行って惣菜を買い、
酒屋でしこたま酒を買い込んだ。
家に帰ってひとっ風呂浴びたら、もう止まらん。
親父殿とビールをわいわい飲んで、いろんなことをしゃべった。
俺が初めてこの家に来た日のこととか、
政所を東京に送り出した日のこととか、
結婚式の日のこととか。
気付けばこの家に来るようになってもう5年目だ。
遠いのでそうそう会えないけど、それでも5年という歳月は重みがある。
まったくの他人だったこの家族が、去年から俺の家族っていうか親戚になって、
そんでもって、今日、子供が生まれことによって本当につながっちまったんだ。
今、この家にいる人間が全員、今日生まれた子供を頂点として血がつながっている。
このえもいわれぬ不思議な感覚。
血によるつながりだって、それはきっと人間の幻想だ。
けど、やっぱり幻想も共同で抱いているうちは、一定のかたちを有することになる。
ビール飲んで、焼酎飲んで、結局2時くらいまで騒いでいた。
興奮して寝られないかもな、と思ったが、さすがに疲れてたし、いつのまにか眠っちゃったみたいだ。
でも、俺覚えてる。
寝る前にこっそり一人、蒲団の中で反芻してみたんだ。
ああ、俺、今、父親なんだ!って。