【さきたま古墳群】 中の山古墳
「中の山古墳」 今回は『中の山古墳』さいくど。『奥の山古墳』からみっと、南の方向になんな。 この辺は木が残っててな。 林になってたど。 だども、湿気があって、ちっとも涼しくなかったけんどな。 『中の山古墳』は、こんなんらしいんだけど。 なぜか案内板は、真っ赤な色してた。 それに、とっても古い感じ。 見た目だけじゃなくって、描いてある文章も、 古そうだったよ。 ん~とな。一応読もうとしたんだけんど。 赤い看板てのは・・・見ずらいもんだな。 なにか書いてあんのか、わかりませんでした。 林さ抜けると『中の山古墳』が、め~た! お。これも『前方後円墳』だね。 古墳の大きさは、 墳丘全長が 約79メートル 前方の高さ 約5.4メートル 後円の高さ 約42メートル あんだって。『さきたま古墳群』じゃ、5番目の大きさらしいど。『奥の山古墳』よりも、大きいんだな。 だども、『中の山古墳』のほうが、ちっこくめ~るな。 なんでだべ? 古墳沿いに移動して、後円近くからみたとこ。『中の山古墳』のむこっかわは、個人の御宅になってるみたいでな。 回り込めなかったんだ。 ふ~む。やっぱり、ちっこくめ~るね。 それに、なんとなく平べったい感じがするど。『奥の山古墳』は前と後ろの段差が、はっきりしてたよね。 そうか、前方後円墳独特のくびれが、ないんだ。 や!よ~くみたらくびれてんだけど。『奥の山古墳』のような、ぎゅっとしまった感じがないんだな。 それで、迫力が半減しちゃってんのかなあ。『中の山古墳』は大正7年ごろ。 土を取るために、 ほっくりかえされちゃったことが、あんだって。 上が平べったいのは、 そんとき土っこ、取られちまった所為なんかな? で、そんときに『石棺』が出てきたらしいど。 だもんで『別名・唐櫃山(かろうとやま)』 っていうんだと。『中の山古墳』は、『さきたま古墳群』に現存する古墳の中じゃ 一番新しいものでな。 最後にこしゃった古墳じゃないか、って話だど。 で、新しい古墳のせいか、他とちょっと違ったもんが 出て来たらしい。『須恵質埴輪壺(すえしつはにわつぼ)』っつってな。 関東じゃ、めずらしいもんらしいど。 色は灰色。表面は、堅い。 須恵器の壺、みたいなんだけんど、 上の部分が広くて、ラッパみたいになってるど。 んで、底にゃ大きな穴が、開けてあんだって。『円筒埴輪』の壺版? みたいかな? これが埴輪の替わりに、たくさん出てきたんだと。 関東以外じゃ、北部九州の古墳で、 いくつか似たもんが、出土してんだって。 九州の古墳と、なにか繋がりが、あんのかな? 古墳の技術は、九州が最先端ってイメージ、あんだよね。 その技術が、埼玉県まで伝わってきたんだべか? それともこれも、 この辺に、九州に匹敵する大きな都市があった って、証拠の一つかも、しんないね。 ずげ~なぁ。 《参考》 埼玉県立 さきたま史跡の博物館 見学のしおり ガイドブック さきたま (将軍山古墳展示館で購入) [郷土誌 : 静岡以外]【太田書店】稲荷山古墳と埼玉古墳群 / 斎藤忠 大塚初重【中古】【中古本...価格:1,000円(税込、送料別)*********************************************************************** 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村 ************************************************************************