こいつ・・・どうして・・・こんなに元気なんだ・・・
こいつ・・・どうして・・・こんなに元気なんだ・・・歯科医の島田は開業して10年になる。患者も毎日たくさん来てくれるようになったし 開業時のローンも全て支払い終わった。 必死の10年だったが、やっと落ち着いて来ると 少し物足りない日々になりつつある。若い頃はサッカーに熱をあげて頑張ったこともある。 そんな燃えるような何かが欠けている自分が味気なかった。 「生活が安定すればいいのか」 自問自答しながら、酒の量が増えている自分に 嫌気をさしている・・・ ある日、島田の歯科医院に一人の男がやってきた。 名前を足立という。 「久しぶりだね・・」 足立の顔を見ても、すぐには分からなかった。 「ああ・・・・・」 島田は思いだした。彼とは小学校時代同じクラス だったのだ。小学校時代の足立の印象は とにかくスポーツができる真面目なヤツという印象だった。 それ以上は、思い出せなかった。 足立は、歯科医師会の共済保険の勧誘にこの町に来た時、 偶然、島田の名前を見つけたという。 小学校時代、やんちゃ坊主だった島田に対して 足立は真面目で勉強も良くできた。タイプが違うので二人で遊んだことはなかったはずだ。 あれから、20年以上の歳月が流れていた。 やんちゃ坊主の島田は能面のように 滅多に表情を変えぬ歯医者の先生となり、 真面目なスポーツマンだった足立は どこへでも笑顔で出没するセールスマンになっていた。足立は、保険の話を一瞬で 終えて小学校時代の話を懐かしそうに話していた。 島田は、明るく話上手な足立を警戒した。 自分が遥か昔に忘れてしまったことを 今見てきた映画のように目を輝かして話す・・・ こいつ・・・どうして・・・こんなに元気なんだ・・・ 聞けば、ただの保険セールスと言うじゃないか・・・ 安物のスーツに安物のカバン、汗の臭いもする 苦労してるんだろう・・・でも、待てよ・・・ 同情はいけない・・・どうせ保険の勧誘だろう・・・ 歯医者は儲かっているからって 狙ってきたのだろう・・・役にも立たない保険に 入れられたらたまらない。月にニ度三度は、 そんなヤツがやってくる・・・ なんて思いを巡らし、結局適当に話を合わせて 「また、なんかあったら、電話するから」 と名刺だけを受け取って帰ってもらった。 その日、家に帰って何気なく 小学校の卒業アルバムを見ると、 島田と足立並んでいる写真があった。 「こんな写真があったんだ」 完全に忘れていた思い出だった。 「たしか、これはサッカーの試合の後だった・・」 足立の頭には包帯がグルグル巻きになっている。 そうだ・・・あの試合に島田は タイムスリップしていた。 ・・・そうそう、FWの俺が先制ゴールを 決めた・・会心のゴールだった。 応援席の女の子の歓声が聞こえる ・・・1対0のまま後半に入った・・・ ・・・そして・・・あと5分で試合終了という時・・・ あ・・シマッタ・・俺のパスミスだ・・・DFは抜かれた ・・味方の誰もが目をつぶった・・ たった一人でゴールを守る足立の所へ 相手チームのFWがドリブルで 突進して・・シュートした・・・ 誰もが同点と思った瞬間・・・カエルのように足立は ボールに飛びついて止め、そのままの勢いで ゴールポストに頭をぶつけ倒れた・・フラフラと立ちあがり しっかり捕まえたボールを両手で 差し上げた足立は、頭のてっぺんから鼻の頭まで 血の川を作りながらもニッコリ微笑んでいた・・ 正気に戻った島田は足立の名刺を取り出し,「バカな野郎だ・・あそこまでしなくても・・ それにしても久しぶりだなあ・・・ あした飲みに行こうって電話したら・・・ あいつ驚くかなあ」と呟いた。