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碁法の谷の庵にて

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2017年05月26日
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通訳が120回/時ものミスをした取調べが発覚し,自白の信用性が否定された裁判の話が報じられました。






 先にお断りしておきますが,取り調べや法廷での通訳の方の中には通訳を本業にしている方等もいます。
 また本業ではないにせよ使命感と倫理意識を持ち,誠実に取り組み通訳に恥じない能力をお持ちの方も多数おります。
 私個人は通訳の方一般に対して同情的な感覚を持っていると思います。
 そのことを確認した上で,以降の文章をお読みください。





 取り調べに当たる通訳の方は,仮に通訳をしていて「この人の言っている言語は訛りが含まれ独特であるなどの事情で何と言っているのかよく分からない」「自分の能力では通訳が手に余る」ということであれば,通訳の方は本来,そのことを素直に白状すべきです。
 結果として取調官が調書が取れなかったとしても,残された証拠で起訴不起訴を判断するという形式をとることはやむをえないでしょう。
 調書を取らず,黙秘されているのと同様に扱うということです。

 十分な取り調べや被疑者の弁解の聞き取りができないのは確かに問題ですが,間違った聞き取りをするのに比べればはるかにましです。
 間違った聞き取りで裁判されるというのは,当の被疑者・被告人からしてみれば証拠が捏造されているのと何ら変わりありません。


 あなたが海外の土産物屋で土産物を買ったら,それは盗まれたものを泥棒が売っていたものであり,あなたが盗んだと疑われて逮捕・裁判になってしまったとしましょう。

そして,警察に
「違法に盗まれた品物だということは警察の話を聞いて初めて知りました」

とあなたが正直に話したら

「警察の話を聞いて盗みが違法だということを初めて知りました」

と誤って翻訳する通訳がつき,その通訳がずっとあなたのその言い分を現地の警察や裁判所に話し続け,肝心の「盗まれたものとは思わなかった」という言い分を裁判所に全く話してくれていないとしましょう。

 あなたが何を話しても,全てがその通訳を通してしまうため,あなたの本当の言い分は検察官・裁判官・弁護士にも届かない可能性が出てきます。
 そのため,自分の言い分が弁護士などに間違って伝わっていることすら気付かないかもしれません。
 何らかの原因で誤訳に気づき,通訳を指さして悲鳴を上げようと,裁判所が通訳を信頼している限り裁判はそのまま続くでしょう。法廷の秩序を乱したとして退廷させられるかもしれません。

 弁護士が被告人の弁解を誤解して握りつぶすのは大問題ですが,それはまだ被告人自ら法廷で直接裁判官に伝えるという最後の機会があります。
 しかし通訳に握りつぶされると,裁判官にも伝わらないので弁護士による握りつぶし以上にどうしようもなくなってしまいます。
 上の裁判所に不服を申し立てようにも,控訴や上告すらできない可能性すら想定できます。

 しかも,正当防衛かただの殺人かが争われているケース,自分の荷物にいつの間にか覚せい剤が仕込まれていたケースなど,細かい間接的な事実の認定が勝負にならざるをえないような事件もあり得ます。
 そんな事件では,僅かな通訳ミスが簡単に裁判の結果を有罪・無罪から変えてしまいます。


 通訳は,それほどまでに役割が重要です。
 通訳ミスを連発する通訳に対しては,検察庁・裁判所・弁護人なども今後の依頼をしないことはもとより,場合によっては虚偽通訳を行ったということで責任を追及するということも視野に入れ,分からないことは分からないということを徹底させるべきであると考えます(なお,法廷通訳の場合,虚偽の通訳は虚偽通訳罪で偽証罪と同様に10年以下の懲役となります)。
 また,通訳ミスの状況や通訳人の能力不足が取調官にも明確であるようなケース(地名人名のような固有名詞でない日本語が突然訳しているはずの言語に現れた場合など),取調官も通訳人に対して可能な範囲の監督をし,通訳を交代し,それまでは取り調べを控える。仮に行うとしてもそれを裁判所に真正な証拠として提出することは控えるなどの措置を講ずるべきであり,これらの措置を怠った結果誤訳が法廷に現れたことについては取調官自身の責任も免れないというべきでしょう。




 さて,ここで気にするべきは,なぜ1時間120回も通訳ミスをするような人が取り調べで通訳になってしまったのか,と言う点です。

 検察庁も裁判所も,少数言語などで,通訳が必要だがそのような人物について十分な能力を持つ通訳を確保できないと仮定します。
 事件によっては二重通訳,つまり日本語→別言語→被告人言語と言うような手法を用いる場合もありますが,それも無理としましょう。

 この場合,被告人が被告人としての重要な利害を弁別し,それに従って相当な防御をする能力を持っていないということに外なりません。
 なので,当該被告人は刑事訴訟法314条により刑事訴訟法上の心神喪失状態(刑法上の心神喪失とは意味が違います)として訴訟を中断せざるをえず,確保できる見込みが将来にわたって立たないならば訴訟を打ち切るべしと言うのが本筋かと思います。

 しかし,それは被害者や遺族が泣き叫んで処罰を要求している悪逆非道な件について「通訳できないから裁判ができません。裁判できないからどんだけ証拠整ってても有罪にできません。一切の処罰は諦めてください。」ということでもあります。
 「それが私の仕事です。いくら泣き叫んでもいいですが裁判官はそれでは動かせませんよ」という正論が言えるほど検察官も裁判官も豪胆ではないのでしょう。
 そういった心情があることを認めないまま倫理を説いたり,「通訳を巡る問題に気付かない無能」と貶した所で,状況の改善につながる可能性は皆無と思います。

 そうすると,裁判所としては何とか通訳を確保できたものとしてでも裁判をすべきという考え方が強くなります。

 そして,通訳言語は決して日本でメジャーな外国語とは限りません。
 ベトナム語やタガログ語といった大学などで学ぶにはマイナーな言語の需要もかなり多いのです。


 しかも,日本で比較的メジャーな言語で,通訳人の人数も比較的確保しやすいと思われる大阪での中国語案件(私のいる県の刑事事件の通訳人も中国語が一番多い)ですら,冒頭のような事件が起きている状況です。
 そのため,通訳人を確保しようにも,通訳の方の能力などを厳選してしまったら通訳の方がいなくなってしまい,裁判できませんと言う結果が待っています。
 そして,裁判できないという結末だけは避けたいとなると,勢い能力不十分な通訳でも構わないという対応になりやすくなります。


結果・・・

・通訳人の間でも,通訳の本業の方から見ると「あの通訳は能力が低すぎる,専門職以前に近所のボランティアレベルではないか」と感じられる人は後を絶たないが,そんな人たちも通訳をやっている。(こちらの5p目以下参照
・通訳の方がうまく訳せず,法廷でちゃんとそのことを申し出たとしても,結局裁判官から「まあまあやってよ」と宥められ、通訳自身が「いいのかなぁ・・・」と思いつつも進んでしまう。(こちら参照
・裁判所にも外国語はよく分からないため,通訳同士の翻訳合戦,能力不足批判合戦をされても判断しようがないし,自分にもよく分からない言語で人にお前能力足りないから通訳やめてくれとはなかなか言えない。
・裁判員裁判の場合,通訳の能力がが大丈夫じゃなさそうだとなっても、通訳を交代すると裁判員と法曹三者・通訳自身の日程調整が滅茶苦茶に手間取るので,やっと確保した通訳の選び直しなんて悠長なことは言ってられない。(こちら参照

こんな感じで,質の悪い通訳が野放しになり,その通訳による裁判で有罪判決が言い渡されていながら,当の被告人にも気づかれないまま表に出ない件は相当に多いものと考えられるのです。






 さて,これまでの記述を読まれた通訳の方が,カチンと思われるのは仕方がないと思います。

 しかし,こうなった原因については,通訳の方に求められる負担が尋常ではないこと(並びに裁判所の毅然としない対応)にも原因があり,通訳の方の個人的な資質ばかりを責めることはできないと考えています。

 通訳の方は,司法向けの専業通訳どころか,司法向けでない専業通訳とすら限りません。
 経験談として英語と中国語は専業通訳の方に当たったことがありますが,ベトナム語と韓国語は専業通訳の方ではありませんでした。
 少数言語の場合,「その国に数年住んだ経験がある人物が通訳で,普段は専業主婦」「その専業主婦の通訳が通訳できないと近県まで含めても替わりの通訳はいない」なんてこともあります。

 そして,実際に漏れ聞こえる報酬や,被疑者段階で依頼する通訳の方への法テラスが設定する報酬額などをみても,これは少なくとも専業通訳の依頼料としては割に合わないだろうな…と感じられます。

 少なくとも,司法向けの専業通訳で食べていくには,扱う言語すら選ばなければならないでしょうし,難しいだろうと思います。
 そうでない専業通訳の方でも,別の仕事が多々あると思われるにもかかわらず,特に取調べ通訳の場合不定期にしかも突如舞い込む事件に対応することを求められます。
 徹底的な否認事件を任されて,そんな件で法廷通訳をし,裁判員裁判となれば,通訳の方は短くても1週間,場合によっては1カ月以上も法廷につきっきりかつ微妙な翻訳を正確にしなければなりません。
 重圧も疲労もあるでしょうし,専業通訳の方の場合,他の通訳のお仕事はしばらく放り出さざるを得ないと思われます。

 また,裁判所・検察・弁護とも通訳の職務に理解が少ない場合もあります。
 例えば通訳の方から「二重否定はやめて」と言われますが,ついつい二重否定を使ってしまった,なんてことは恥ずかしながら私もあります。
 理解のない人達の指示に振り回されたり,通訳専用の法制度向けの勉強だって必要になります。
 それなのに,時には被告人や弁護人,時に検察官からも「この通訳は能力不足で不適切である,解任せよ」と申し立てられ,精神的にも傷ついてしまうかもしれません(私は幸い今までやったことはありませんが,通訳人の能力不足を疑えば弁護人としては当然考えるべき訴訟活動です)。

 結局のところ,法廷通訳の職務は安定した報酬源と言うよりは通訳の方の善意ややりがいに依存した仕組みになってしまっていると考えます。
 ひいひい言いながらなんとか訳し,誠実にやって中身も全く間違いがない場合ですら,思うようでないからやれ能力不足だなんだと叩かれ,まともな報酬ももらえない。
 「こんなのやってられるかバカ野郎!!」という気持ちになるのは人間として当然の感情ではないかと思います。
 そして,そのような状況が,通訳を十分確保できず上記のような問題のある通訳を排除できない状況の一因を担っていると思います。




 郷に入らずんば郷に従えなんだから,通訳の方を準備してやってるだけでもありがたいと思え,と言うのも一つの考え方なのかもしれません。
 上記のような状況を認識している裁判官からですら,「刑事裁判で日本位通訳を一生懸命揃える国はない」と言う話も聞いています。
 日本の状況はこれでもマシな部類で海外はもっと酷いという可能性もあるでしょう。


 とはいえ,被告人に対して通訳を準備するのは,条約でも定められた被告人の権利(国際人権規約B規約14条3項f)です。

 海外で,法律も何も分からず,自分が何の罪で疑われているかすら分からないまま(現地の刑事実体・手続法を学んで海外に行く人は少数でしょう)あなたが閉じ込められ,辞書もガイドブックも取り上げられ,現地の言葉も分からない警察官・検察官・裁判官・弁護士(弁護士と警察官の区別すらつかないかもしれません)が訳の分からない言語でまくしたてるだけ・・・
 自分が何の罪で疑われ処罰されようとしているかも分からない。
 そんな中で,同じ日本語を話す人が現れ,正確な意思疎通ができる人が現れることがどれだけ心強いことでしょう。

 海外で自分が捕まった時,現地の法律で通訳をつけてもらえずに裁かれたとしてもまな板の上の鯉でどう裁かれてもいい,無実の罪でも正当防衛でも有罪にされて死刑になっても構わない,その国を守るためのことなんだから仕方ないのだと受け入れられますと言う方だけ,通訳の上記のような現状について「当然」と主張してほしいと思います。





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最終更新日  2017年05月26日 20時24分04秒
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