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読書(09~フィクション)

2019年05月28日
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テーマ:本日の1冊(3010)


「大人は泣かないと思っていた」寺地はるな 集英社
読み終わったあとに、著者のプロフィールを見る。1977年生まれ。現在43歳か。会社勤めと主婦業のかたわら小説を書き始め、2014年ポプラ社小説新人賞でデビュー、この本が7冊目。1年に1〜2冊の割合だな。書くのが好きなんだなと思う。ライトノベルの流行を受けて描写はやさしい。映画のように場面の切り取りには、かなり神経を使っている。
「大人は泣かないと思っていた」いい題名だと思う。人生の何処かで、誰もがそのことに気がつく。読む前の予測は15歳ぐらいの少年の話かと思っていたが、21歳とかなり遅い。しかも時系列では物語が始まる11年ほど前になる。よって、青春モノではない。片田舎の住人の、穏やかな日常と、それなりの人生の転機を描く。
いろんな年齢層の人物の視点から紡がれる約1年間の連作短編集になっていて、主人公の青年視点は1番最初と最後に置かれる。でもやはり、30代の人物像が1番生き生きしている。青年が幸せになればいいなと思う。そうなんだよ、大人は案外泣き虫なんだよ。
2019年5月28日読了






最終更新日  2019年05月28日 09時13分57秒
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2017年08月22日


「風流江戸雀」杉浦日向子 新潮文庫

時々思い出したように、杉浦日向子の絵を見たくなる。
ーそうそう、この風流を、まだ俺はわかるんだぜ
などと、思いたいのかもしれない。
カバー裏の彼女の紹介文を見たり、あとがきの日付をみて、この本が月4Pの連載で、4年の月日で完成したことを知る。だとすると、これを描き始めたのは、25歳の頃だということになる。人生の粋も渋も枯も艶もわかったような絵を、どうして彼女は描くことが出来たのか?

田辺聖子が序文で、
ーこの本にえらび採られている古川柳は、すべて古川柳の代表作ともいえる佳句である。
と言っている。
「仲人を こよみでたたく お茶っぴい」などは、今はない暦やお茶っぴいという単語はあるが、何と無くわかる。「おちゃっぴい へそから出たと 思って居」となると、昔の近所に居た女の子のことを思い出した。
「細見を みてこいつだと 女房いい」となると、細見(さいけん)が何か、わからぬとお手上げだ。なんと遊女名鑑らしい。江戸にはそんなものまであったわけだ。杉浦日向子の女房は、その名にぎゅうっ‥と爪を立てる。おゝ怖。「火箸にて野暮め野暮めと書いて見せ」などは、言葉はわかるが、そんな状況は、現代では絶滅している。「雨宿り 惜しい娘に 傘が来る」もう絶滅はしているが、気持ちはまだ絶滅してはいない。

2017年8月16日読了






最終更新日  2017年08月22日 19時38分06秒
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2011年12月19日

「親鸞 上」五木寛之 講談社文庫
お坊さまは、じっと忠範の顔をみつめて、ため息をついた。
「この子の目にやどる光は、ただごとではない。なにものをもおそれず、人の世の真実(まこと)を深くみつめようとするおそろしい目じゃ。こういう目をした子に、わしはこれまで一度だけ会うたことがあった。京の六角堂に詣でるために紀州から上京してきたという母子じゃったが、その幼い子が、やはりこのような思いつめた深い目をしておった。いま、そのことをふと思い出していたところじゃ。たしか、法師、とかいう名前であった。母親が六角堂に万度詣でをして授かった子だとか。その子の目が、忘れられずに心に残っていたのじゃが、同じ目をした子にふたたび会うとはのう。このような目に見つめられると、悟りすましたわが身の愚かさ、煩悩の深さがまざまざとあぶりだされるようで、おそろしゅうなる。一歩まちがえれば大悪人、よき師にめぐり会えば世を救う善智識ともなる相と見た。心して育てなされ」

この言葉は忠範(のちの親鸞)の心にずっと残る。或いは「自分には放埓の血が流れている」という意識をずっともっていたということになっている。

5358旅立ちの法然様.JPG
この坊さんの言葉に出てくる母子はおそらく法然とその母親のことだろう。この前私は岡山県美咲町の誕生寺に行った時、「旅立ちの法然像」を見た。上巻では、親鸞(この時はまだ比叡山修行僧の範宴)は法然の説教を聴いているが、まだピンときていない。本当の出会いは、おそらく範宴が世の様々な「罪」「煩悩」に出会って以降になるのだろう。

「親鸞」に初めて出会ったのは、中学二年のときだったと思う。吉川英治を読み始めて、初めて自分で買った文庫本だった(文庫本の吉川英治全集が出始めて直ぐだったと思う)。それ以降、その本は擦り切れるほど読んだ。何か自分に引っかかったのだと思う。

今回の五木版はどうやらその「親鸞」の数倍はある長さになるようだ。視点も、吉川版よりもずっとずっと庶民の視点に近づいている。私が何に引っかかったのか、暫らく付き合って行きたい。






最終更新日  2011年12月19日 23時17分10秒
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2011年12月14日

「運命の人 2」山崎豊子 文春文庫
TBSで1月から連続ドラマ化されるそうだ。日曜夜九時、「南極大陸」の後続、いわばTBSの看板番組の扱いである。主演は沖縄機密漏えい事件で逮捕される弓成に本木雅弘、その妻で夫の不倫にショックを隠せない役、松たか子、弓成と共に逮捕されやがて「衝撃の手記」を出す不倫相手に真木よう子。当然、沖縄返還をめぐるありとあらゆる矛盾と問題が浮かび上がらなくてはならないが、はたしてどこまで描くのか。ちょっと注目である。

これは毎日新聞記者の西山氏をモデルにした小説。事の発端は沖縄返還時の機密漏えい事件である。米軍用地の復原補償費を日本が肩代わりするという密約を記者が外務省の女性事務官からコピーまで入手し、それが社会党代議士の下に漏れてしまったという事件である。政府は、それを記者が愛人関係にあった事務官に強制させたということで起訴をした。そうなると、国民の知る権利対、国家公務員法違反という問題のすり替えという対決になった。

しかし、ことの本質は、そもそも米国が出すべき費用を最後まで日本が肩代わりする、その後「思いやり予算」を始めとした対米従属化関係の是非をと言うということだったはずだ。

実はこれと同じことが、今回沖縄普天間基地問題でもまたもや起こっている。今回は、裁判闘争にはならない。なぜならば、機密をばらしたのが、ウィキリークスだからである。

税金約5000億円以上を投入して、米領グァムに新たな海兵隊基地を作る計画は、沖縄の海兵隊8000人とその家族9000人をグァムに移転して、「沖縄の負担を軽減する」というのが建前だった。しかし、ウィキリークスはその数字が「日本の政治的効果を最大限利用するために故意に多く見積もられた」「実数からかけ離れた」数字であることを告発したのである。これは2008年12月19日付の駐日米大使館発公電にはっきり述べられているという。

このジュゴンのすむ辺野古の環境を壊し、嘘で固めた海外の米軍基地を建設し、米軍を強化するために使われる米軍再編強化に日本は総額1.3兆円を使うという。大震災でどのようにカネを作り出すか、日本全国民が喘いでいるときに、許すこのできない「従属」の構図がある。

そのことの「本質」を果たしてこの小説は描くことができるのか、3巻4巻を注目したい。






最終更新日  2011年12月14日 22時20分49秒
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2011年12月13日

「運命の人」(1)山崎豊子 文春文庫
やっと山崎豊子の(おそらく最後の)長編小説を読み始めた。「不毛地帯」からずっと読んできた読者としていつも思うのは、山崎豊子の長編は小説という名の告発小説だということだ。
「この作品は、事実を取材し、小説的に構築したフィクションである」
この一文がわざわざ巻頭に載ることの意味は大きい。固有名詞だけを替えて限りなく事実に近い世界を描いているのが山崎豊子の長編である。しかも、その取材は徹底していて、おそらく事実無根の話はないだろうと私は見ている。その証拠に、明らかに個人・団体が特定できる問題山積みの歴史的事実が満載なのにも係わらず、今まで一回も訴えられていないことから、それは明らかだ。

今回は、沖縄機密漏えい事件にまつわる、所謂西山記者の裁判をテーマに扱う。

今まで、商社の政治癒着、日本人二世問題、中国残留孤児問題、日航問題、等々日本の政治の「周辺」を扱ってきたが、今回はほとんどその本丸、国会周辺を記者の目を通して描いている。

今回の主人公は、毎朝新聞の弓成。日米機密を暴いた記者を裁判にかけて不倫問題に貶めて潰したのであるが、正義の人物というふうには描いていなくて、小平(大平のこと)番の特ダネ記者として、特ダネのためなら何でもするような人物として描写している。実際そうだったのだろう。たとえば、こういう描写がある。

政治家は、新聞記事の書かれ方一つで、生かされも殺されもするから、保険の意味で、盆、暮に、番記者はもとより各社編集局長に30万、政治部長に10万、有能な若手には銀座の一流テーラーのお仕立て券つきワイシャツといった通り相場の挨拶が届く。それ以外に昇進祝、海外出張の折の餞別にも気が配られる。むろんそれを受け取るか、返送するかは、各社各人の判断で、毅然としてはねつける記者たちも多い。
弓成の自宅に届いた"越前もなか"は、30万円が菓子折りに添えられていた。時節柄明らかにポスト佐橋を見据えた実弾攻撃で、"二角小福"戦では、お手柔らかにとも、田淵・小平連合ができた際には宜しくともとれる。弓成はバナナ王である北九州の父に、輸入ものであるパパイヤを空輸してもらい、その中に"越前もなか"を添えて、目黒の田淵邸へスマートに返したのだ。


田淵は言うまでもなく田中角栄だろう。いやに具体的なので、おそらくこれと同じことがあったに違いない。噂には聞いていたが、政治家のマスコミへの金の使いようは、昭和46年当時でこれなので、ものすごいものがある。しかし、たぶん大げさではないだろう。国会機密費というものがあって、これと同じことが行われていたということがつい最近明らかになったばかりだ。こういうことが堂々と行われていたということは、受け取る記者や編集局長そしてテレビ関係者が少なからずいたし、今も居るということだ。今ならば、10万が20万、30万が50万円だろうか。いや、五万円であれにせよ、我々庶民の「常識」とはかけ離れている。こういう人たちが、マスコミと称して現在も、橋下フィーバーを作り上げたり、原発批判を3-5ヶ月も遅らせたり、しなかったりしているのだ。ああ、書けば書くほど頭にくるので、これについてはもう書かない。

この物語の中心的な「事実」、沖縄機密については、一巻目であっさりその真相が書かれる。沖縄返還名協定の際に、沖縄の土地などの復原補償費は米側の支払いとなっているが、事実は日本側の肩代わりのだという「密約」なのである。このとこについては、二巻目でも問題になるだろうし、私もいろいろと書きたいことがあるのであとに譲る。






最終更新日  2011年12月14日 00時17分33秒
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2011年12月02日

「峠うどん物語」(下)重松清 講談社
上巻の方は9月に読んだのですが、やっと下巻のほうが貸し出しの順番が来ました。

峠うどんは、斎場のすぐ近くにある。お客さんは葬式にやってきたけど親類じゃないので直ぐ帰るのだけど、気持ちの整理がつかない人ばかり。そういう中でお爺ちゃん夫婦のお店を手伝いながら中学三年生の淑子はいろいろなことを学んでいく。

下巻は淑子の三年生10月から3月、高校受験までの話。

「よっちゃん」
「なに?」
「まだ高校生のうちはめったにないだろうけど、おとなになったら今夜みたいなお通夜や告別式に出なきゃいけないことも増えるからね。覚悟しときなさいよ」
「……けっこうつらいね」
「でも、それが生きるってことなんだから。人生ってのは出会いと別れの繰り返しなんだからね」
いつもなら笑ってしまうおおげさな言い方だったけど、いまはすんなりとうなずくことができる。「アメイジング・グレイス」のメロディーが耳の奥で鳴っているからだろうか。


淑子はその日初めておじいちゃんのうどん屋で正式のお客としてかけうどんを啜る。同級生の女の子が受験の日に飛び降り自殺をしたのだ。話したこともない同級生だったから、涙は全然でない。お通夜のあとに食べたうどんの味は……。

初めて葬式に出会ったのは、私の中学の入学式の日の次の次の日だった。なぜ覚えているかというと、母方のおばあさんが入学式の日の朝に亡くなり、ちょうどその時に我が家の瓦屋根の上でカラスが何回か鳴いたのである。「不吉だねえ」と話しているときに電話が鳴った。前日の夜まで連日看病に行っていた母はその時朝食を作っていたが、その知らせを聞き泣き腫らしていた。一度も話をしたことのない祖母だった。だから、一切悲しいという気持ちは生まれなかった。と思う。死に顔も見なかったと、思う。新しい制服で葬式に遅れて参加し、親類からちやほやされたのを覚えている。みんな優しかった。それは不思議な空間だった。

そのとき、社会をほんの少し垣間見た。「人生ってのは出会いと別れの繰り返し」だっていうことは、今なら分かる。きちんとやっているとはいえないけれど。






最終更新日  2011年12月03日 00時26分18秒
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2011年11月29日
5306マイバックページの本.JPG
「マイ・バック・ページ」川本三郎

 兄は、職業上のモラルが重要なことはわかるが、今度の事件の場合、その政治グループは、君がジャーナリストのモラルを持ち出してでも守らなければならないことをしているのか、自分にはただの殺人事件にしか見えないが、といった。
 それから兄は、私の顔を見てゆっくりといった。「だって君、人がひとり死んでいるんだよ。何の罪もない人間が殺されたんだよ」
(略)兄は最後に「あの事件はなんだかとてもいやな事件だ。信条の違いはあっても、安田講堂事件やベトナム反戦運動、三里塚の農民たちの空港建設反対は、いやな感じはしない。しかしあの事件はなんだかいやな気分がする」といった。(p178-p179)


この兄の言葉は、映画では巧みに違う脚本に書き換えられているが、重要な言葉であった。

私は今年の6月、山下監督の「マイ・バック・ページ」という映画を見て、最初は川本三郎をモデルとする妻夫木が全共闘運動に全面的に寄り添っており、それを映画でも追認しているというふうに捉え、反発した。しかしながら、今は違うと思う。

映画はこの本の中にある一つのエピソード、高校生モデルの保倉幸恵との本の少しの「触れ合い」を大幅に膨らませたものになっていた。その視点は、その保倉に「あの事件はなんだかいやな気分がする」と語らせたことで、明確である。私は映画の「視点」を支持する。

そしてこの本の中にあるように、
「わたしはきちんと泣ける男の人が好き」(p41)
と、保倉に言わせている。
これが見事に効いていた。
映画では、「きちんと」かどうかは観客に委ねられているが、妻夫木は最後に男泣きをするのである。
今年100本以上映画を見たが、邦画のベストワンはこの映画になると思う。

一方、本を読んでわかったことは、川本三郎は結局この朝霞自衛官殺害事件だけは「間違った方向」であったことは認めているが、全共闘事件全般は、ぜんぜん間違っていないと思っているということだった。

69年から70年にかけて日本の反体制運動は次第に過激になっていった。爆弾闘争も始まっていた。70年の3月には赤軍派による日航機よど号ハイジャック事件がおこっていた。今にして思うと、こういう過激な行動への傾斜は"世界のあらゆるところで戦争が起きているというのに自分たちだけが安全地帯に居て平和に暮らしているのには耐えられない"という、うしろめたさに衝き上げられた焦燥感が生んだものではなかっただろうか。"彼等は生きるか死ぬかの危機に直面している。それなのに自分は平和の中に居る"。この負い目を断ち切るには自ら過激な行動にタイピングするしかない……。(p106-p107)

こういうふうに一連の事件を曖昧に「擁護」している。「過激な行動」を「焦燥感」という「個人の問題」に摩り替えているところが、特徴である。

川本三郎は朝霞事件で自らの証拠隠滅の罪を認めた直後に起きた浅間山荘事件については、「事件のことを話すのもいやだった。自分の事件のことも、連合赤軍のこともすべて忘れてしまいたかった」と思考停止の状態になっていることを告白している。おそらくこの本を書くまで15年ずっと思考停止だったのだろう。

だからその15年後に、全学連議長の山本義隆や京都の滝田修を評価しているのである。

私は79年に大学に入った。いわば、10年遅れた世代、しらけ世代全盛のときに人生で最も重要な選択を迫られた世代である。だからこそ、私は彼らに詰め寄る「資格」があると思っている。

あなたたちが「全共闘運動とはなんだったのか」真に「総括」しなかったから、(もちろん力不足だったことは否定しないが)私はついに「活動家」になることができなかった。活動をするにはほとんど孤立無援に陥った。「あなたたち」とは誰か。その責任の「一端」は全共闘にだけではなく、そのシンパとして周辺に居た川本三郎たち、あなたたちの未だにこのようなことを言っているところにもあるのだ、と。






最終更新日  2011年11月29日 23時01分19秒
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2011年11月26日

「モダンタイムス」(上)(下)伊坂幸太郎 講談社文庫

「自分たちのはめ込まれているシステムが複雑化して、さらにその効果が巨大になると、人からは全体を想像する力が見事に消える。仮にその、「巨大になった効果」が酷いことだとしよう。数百万人の人間をガス室で殺すような行為だとしよう。その場合、細分化された仕事を任された人間から消えるのは?」
「何だい?」
「『良心』だ」
「まさに、アドルフ・アイヒマンか、それが」岡本猛がストローで氷をまた、かき回し始めた。
「じゃあ、その仕組みを作った奴が、一番悪い奴だ」私は単純に言い切る。
「機械化を始めた奴が?誰だよそれは。それに仕組みを作った奴だって、たぶん部品の一つだ。動かしているのは、人というよりは目に見えない何かだ」(上巻P278-P279)


なんだかだんだんと伊坂幸太郎が芥川のように思えてきた。頭がよくて、社会の本質を見据えているのに、社会を斜(しゃ)に構えて書くことしかできなかった、そして自殺した人物。

この作品の中でも芥川の言葉が印象深く引用されている。
「危険思想とは、常識を実行に移そうとする思想である」

ところで、芥川の場合、「危険思想」とは「社会主義思想」のことであった。果たして伊坂の場合、どうなのか。「人というより目に見えない何かだ」というのが、私にはマルクスの「人間疎外論」のように思えて仕方ないのであるが。

そして「アリは賢くない。しかし、アリのコロニーは賢い」という「国家」というものに、斜(はす)から捉えた小説になった。

今回は「魔王」で提示された「独裁者とは何か」ということの伊坂なりのアンサーがある。結局、独裁者でさえ、一つのシステムの中に組み込まれて自由を持っていない。ということになっている。じゃあ、どうすればいいのか。
「勇気を持て」
「考えろ」

ということなたのだろう。

しかし、私はやはり伊坂の「逃げ」に思える。今回、本当ならば殺されても自然な主人公たちがのうのうトラストを迎えているというのすごく安易に感じるし、某元大阪府知事の「独裁けっこう」というへんな流れに対して肯定ではないにせよ、斜に構えることしか効果は無いこの小説に対して、少し幻滅したということもある。明日は、このままでは「独裁者」が誕生しそうな雰囲気である。もちろんこの某元大阪府知事も決して信念を持って「大阪を変えよう」と思っていないことは、斜から見れば、見えるほどに見える。それでも「変化して欲しい」と住民が望むというのならば、もう何をかいわんや。

いつもの伊坂に比べて、伏線として使われる「名言」が嫌にひつこく使われていて、「切れが悪いな」と思っていたら、どうやら漫画週刊誌の「モーニング」に連載されていたらしい。その読者用に書かれたのだと思い、納得した。結果、同時期に作られた「コールデンスランバー」のような傑作とはなっていない。






最終更新日  2011年11月26日 20時56分13秒
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2011年11月20日
 
「おまえさん」(上)(下)講談社文庫 宮部みゆき

男はどこまでも莫迦で。
女はどこまでも嫉妬やきだ。
どっちも底なしだ。
俺はもう勘弁してもらうよ。


長い1200頁以上にも及ぶ本格時代推理モノの今回は、本格的な恋のあれこれの話だった。

人間の心は底なしである。

宮部の小説はいつも長いが、描いていることはいつもその一点だ。

雑誌での連載は09年に終わり、後は終章を描くだけになっていたのに、今まで延びてしまい、「申し訳ないから……」と単行本と文庫同時発売になったいきさつは、推測するほかはないが、宮部が恋の落し処に未だ迷っているという証左なのだ、と私は思ったね。同じ年齢(とし)の私が思うのだから、間違いは無いと思うよ。

白髪の多い薄い鬢を指で掻いて、源右衛門は初めて恥じ入ったようにうつむく。
「やはり、わからん」
むしろ学問を続けるほどに、わからないことが増してゆくようだった。
「それでも、儂は学問をしてよかった。人というものの混沌が、その混沌を解こうとして生み出した学問が、儂にわからぬことの数々を教えてくれた」






最終更新日  2011年11月20日 07時28分14秒
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2011年11月19日

「鷺と雪」北村薫 文春文庫

「お嬢様。……別宮が、何でもできるように見えたとしたら、それは、こう言うためかもしれません」
「はい?」
ベッキーさんは、低い声でしっかりと続けた。
「いえ、別宮には何もできないのです。……と」
「……」
「前を行く者は多くの場合―慙愧の念と共に、その思いを噛み締めるのかも知れません。そして、次ぎに昇る日の、美しからんことを望むのかも―。どうか、こう申し上げることをお許しください。何事も―お出来になるのは、お嬢様なのです。明日の日を生きるお嬢様方なのです」
わたしはヴィクトリア女王ではない。胸を張って《I will be good》と即答することはできなかった。
 だが、この言葉を胸に刻んでおこうと思った。


昭和初期の上流階級の日常に潜む「謎」を解く趣向の「ベッキーさんシリーズ」はこの本にて終る。09年の「玻瑠の天」のとき、あと3年待たないといけないなあ、と思っていたが二年と少しで文庫になった。急いで読んだ。足掛け七年をかけて、英子さんの未来を描いたのだとつくづく思う。最後まで、「日常の謎」を描きながら、一方で「時代」をも描くという難しい課題に挑んだことに敬意を表す。

改めて、「ベッキーさんは未来の英子さんなのだ」という宮部みゆきの喝破に敬意を表す。

上流階級の純真で賢くて英明な女性の日常の思考の推移をきちんと描いているが、それでも彼女は「外の世界」を少しだけ垣間見る。「不在の父」ではルンペンの世界を、「獅子と地下鉄」では上野を根城にする少年少女の小犯罪集団を、そして「鷺と雪」では2.26事件を。

ベッキーさんはずっと思っていたはずだ。「外の世界は大人になれば否が応でも見えるようになる、眼をつぶることのできない女性だからこそ、しっかりと守って生きたい」。と。あそこで終わって正解だった。

文庫の解説にはシリーズ全体の構想がどこから出たのか、という「謎解き」がされている。北村薫は、なんと一番最後の場面からこのシリーズを創って来たのだそうだ。なるほど、だから最初の章に服部時計店がでてきたのではある。

北村薫は松本清張の「昭和史発掘」のたった数行のエピソードからこのシリーズの着想を得たという。2.26事件について書かれたところである。それは以下のようなエピソードだった(普通の人がここからあのような話を作れるかどうかということは、また別の話)。

官邸の電話は一本だけ残して、みんな切った。
「その残した電話が銀座の服部時計店の番号と似ていたらしく、ハットリですか、という間違いの電話がずいぶんかかってきた」(石川元上等兵談)






最終更新日  2011年11月19日 09時38分57秒
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