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再出発日記

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邦画(12~)

2021年09月19日
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カテゴリ:邦画(12~)


「座頭市物語」
ある思惑があって、早いけどこの前観た映画をこの作品だけ早く紹介する。

傑作。1962年作品。
既に座頭市の腕は知れ渡っていて、食客として賭場に入り、そして去ってゆくという形は出来上がっている。全ての渡世者作品(女に惚れられて振って去ってゆくことも)の形を踏襲しながらも、隅々まで神経の行き渡った「心理戦」が素晴らしい。座頭市が盲目なので、一段とピリピリとした画面になっている。なかなか見せなくてやっと披露する最初の居合抜きは、正に目にも止まらない。どう撮影したのだろう。そしてロケかセットかわからないけれども、リアルな美術も素晴らしい。当時の時代劇スタッフの底力が判る映像。

おたねが突然座頭市に告白するのは、現代にリライトするのならばもう少し説明が必要だけど、元はヤクザの兄貴の女だったのだからあり得ると見なければならない。一切濡れ場はないが、月夜の帰り道で座頭市に顔を触らせて微かに唇に触れさせるのは、かなりの熟練した女と見なくてはならない。実際かなりエロい場面である。それを清純派とも言えないけれどもそそとした美人の万里昌代にやらせる監督の強かさ(おたねは続編・4作目でも続投する‥‥万里昌代は68年を最後に銀幕から引退している)。ヤクザの出入りで、庶民が迷惑を被る、どちらのヤクザも、食客を利用する事しか考えていないなど、ヤクザに対する見方が厳しい、むしろコレがテーマだとも思える。「めくら」という単語が30-40回は出てくる脚本で、もはやテレビでは決して放映できないが、もっと知られるべき傑作である。

(解説)
 勝新太郎が盲目のヤクザを演じて大ヒットし、合計26作品が製作された「座頭市」シリーズの記念すべき第一弾。原作は子母沢寛の随筆集『ふところ手帖』に収録された短編『座頭市物語』で、これを犬塚稔が脚色し三隅研次が監督した。勝新太郎と天知茂の名演技、伊福部昭の音楽など、見どころが満載。  
(ストーリー)
貸元の助五郎は居合抜きの腕前を見込み、坊主で盲目の座頭市を食客として迎え入れた。市は結核に冒された平手造酒という浪人と知り合うが、彼は助五郎のライバル笹川親分の食客となってしまう。二人は酒を酌み交わしながら、ヤクザの喧嘩で斬り合うのはごめんだなどと話した。助五郎たちと笹川一家の緊張が高まる中、造酒が血を吐いて倒れてしまう。

2021年9月14日
TOHOシネマズ岡南午前10時の映画祭
★★★★★








最終更新日  2021年09月19日 13時37分13秒
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2021年08月13日
カテゴリ:邦画(12~)


今月の映画評「風の電話」

 夏は亡き人を思い出す季節です。人はどうやって「喪失感」と付き合っていくのだろうか。

 東日本大震災のため9歳の時に岩手県大槌町で両親と弟を亡くし、広島に移り住んでいた高校生のハル(モトーラ世理奈)が、叔母の入院をきっかけに東北に向けて旅します。

 旅の終わりに、ハルは「風の電話」の存在を知ります。線はどこにも繋がってないけど、亡くなった人と話ができる電話があるそうなのです。これは大槌町にある実在の電話で、これまで三万人もの人が訪れているそうです。全然不思議なことじゃないと私は思います。古来より、我が国には挽歌の伝統があります。鳥や風に託して亡くなった人に言葉を送ってきました。ハルは両親に向けて長い電話をしました。実際はモトーラ世利理奈のアドリブ、一発撮りの長回しだったそうです。

 女子高校生のヒッチハイクなんて荒唐無稽だとか、偶然が重なりすぎるとか、そういう批判はおそらく重々承知の話だったと思います。不思議な話の中に真実がある。厄災を背負って旅に出て、偶然の出会いの中で少女は大事なことに気がつきます。

 生きていりゃハラが減る。生きていなけれゃ思い出す人がいなくなる。生きているから、支え合う。そういうことを、少女は徐々に納得するのです。

 三浦友和、西島秀俊など、達者な役者が喪失を抱えたままの男として出てきました。特に、福島の年寄の怨念・情念をそのまま演ったかのような西田敏行の場面は圧巻でした。
(2020年諏訪敦彦監督作品、レンタル可能)







最終更新日  2021年08月13日 16時07分05秒
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2021年07月18日
カテゴリ:邦画(12~)


今月の映画評「糸」

 歌は世に連れ、世は歌に連れ。
 一世を風靡した歌でなくても、ふとした拍子に思い出す歌が、その人の人生を癒し、励まし、前を向かせることがあります。

 平成時代が始まった時に生まれた蓮(菅田将暉)は、13歳の時に虐待で家出していた葵(小松菜奈)を助けるために北海道の町を出ようとしますが、1日で警察に捕まってしまいます。その時に葵の手を離したことが、ずっと蓮の後悔になり、青年になって再会した時にはぎこちない別れをするのです。そのあと、2人の運命は別々に進み、リーマンショックや東日本大地震などを挟みながら展開していきます。

 「なぜ めぐり逢うのかを私たちは なにも知らない/いつ めぐり逢うのかを私たちは いつも知らない」中島みゆき「糸」の歌詞がラストを予感させます。大切なのは物語中でこの歌と、もう一つ中島みゆき「ファイト」が2回繰り返されるのです。歌は、時と場所を得て繰り返し繰り返し歌われることで、初めて価値を持ちます。

 特に、葵が2回目の「糸」を想いもかけない場所で聴きながら、泣きながらカツ丼を掻っ込む場面は最高です。また、重要なセリフと行動も、この作品中、時と場面を変えて3-4回繰り返されます。そうやって想いは繋がってゆく。

 時にはサイコパス、時には熱血教師を演じて来た菅田将暉が、今回は涙もろくて誠実な青年を違和感なく演じました。小松菜奈の成長著しい演技も見ものです。(2020年瀬々敬久監督作品、レンタル可能)






最終更新日  2021年07月18日 14時19分17秒
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2021年06月13日
カテゴリ:邦画(12~)


「鬼平犯科帳」令和3年6月9日サンテレビ観賞

先日たまたま観たら、「密偵たちの宴」だった。
主要登場人物総出、それぞれの役割が全部出た、作品のテーマ自体が1番出た屈指の傑作、そして相模の彦十が江戸家猫八、大滝の五郎蔵が綿引勝彦というもう2度と観れない至福の1時間。

「急ぎ働」をきちんとお縄にして、なおかつ業つく金貸に密偵たちがあっと言わせ(どうやって金蔵の鍵を手に入れたのか、スッカリ忘れていた)、最後は鬼平が総てを掻っ攫ってゆくラスト。密偵たちのみんなの一人一人の「お頭は恐ろしい」と言う表情が、もう2度と観れないのかと思うと、ホントに愛おしい一編だった。

因みに
鬼平犯科帳DVDコレクション 36号 (おみよは見た、密偵たちの宴) [分冊百科] (DVD付)
という商品があって、Amazonで販売されている。

蛇足だけれども、ラストはこうだ。



平蔵(中村吉右衛門)はそのまま帰るかと思いきや、「あ、そういえば、五郎蔵、鍵は元のところに返しておけよ」と言って部屋を出る。その間は、やはり映像のものです。確か、相模の彦十(江戸家猫八)を目を丸くし、大滝の五郎蔵(綿引勝彦)はむっつり黙り込み、小房の粂八(蟹江敬三)は口をぽかんと空け、伊三次(三浦浩一)は向こうを向いて黙り込み、おまさ(梶芽衣子)は「たから言わんこっちやない」という表情。そのあと宴は、「潰れるまで飲もう」とやけ酒になる。そのあと、1人江戸の夜の道を帰る平蔵がふと振り返って、お茶目に舌を出したところで終わりです。






最終更新日  2021年06月13日 12時28分04秒
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2021年05月28日
カテゴリ:邦画(12~)


「生きているだけで、愛」
ネトモの紹介。
「個人的にはあちらの方が、最優秀メンヘラー賞Death!(笑)」
完全躁鬱で、完全病気なんで、早く治療しろよ、というのが先になって入り込めなかった。

趣里が完全スッポンポンになって力演しているのだけど、菅田将暉が器用に受け身演技しているのだけど、これよりは「愛がなんだ」の方が身近なだけに良かったな。

(解説)
 生きてるだけで、ほんと疲れる。鬱が招く過眠症のせいで引きこもり状態の寧子と、出版社でゴシップ記事の執筆に明け暮れながら寧子との同棲を続けている津奈木。そこへ津奈木の元カノが現れたことから、寧子は外の世界と関わらざるを得なくなり、二人の関係にも変化が訪れるが……。

 原作は2006年に劇作家・小説家の本谷有希子が発表した同名小説。過剰な自意識に振り回されて自分自身すらコントロールできず、現実との折り合いが上手くつけられない女性の葛藤を疾走感あふれる文体でコミカルに描き、新たな恋愛小説の道を切り開いた。映画ではそんな原作のエッセンスを受け継ぎつつ、男性である津奈木のキャラクターを独自に膨らませるなどして、より二人の関係性にフォーカス。リアルとバーチャルが混在する社会で、他者とのつながりを求める現代の若者たちの姿を、エモーショナルなラブストーリーで綴る。

 自分にも他人にも嘘がつけず、真っ直ぐすぎるゆえにエキセントリックな言動に走ってしまうヒロインの寧子には、「ブラックペアン」での好演も記憶に新しい趣里。舞台では圧倒的なオーラを発し、テレビドラマでも際立って爪痕を残す彼女が、自身のキャリアの代名詞になるであろう人物に命を吹き込んでスクリーンに鮮烈に焼きつけた。繊細な危うさと感情豊かな力強さを体現した演技力はまさに圧巻で唯一無二のものである。寧子の相手、津奈木役には今年第41回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞に輝き、名実ともに若手俳優の頂点に上り詰めた菅田将暉。本作の甲斐真樹プロデューサーとは同映画賞で新人俳優賞を受賞した『共喰い』以来の再タッグとなるが、閉ざされた心情と生き様を抑制の効いた受けの芝居に滲ませ、優しさと無関心がない交ぜになった男の肖像を等身大の存在感で魅せるという進化を披露している。また、その元・恋人で津奈木を取り戻そうとする安堂に「ホリデイラブ」でのサレ妻キャラも話題になった仲里依紗、寧子が働くカフェバーの店長夫妻に田中哲司、西田尚美、津奈木の上司に松重豊、同僚には『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』の石橋静河らが扮し、二人を取り巻く奇妙な「普通」を形作る。

 今の日本映画界の流れに一発のカウンターを仕掛ける本作のメガホンを取ったのは、これが劇場長編映画デビュー作となる関根光才。CMやMVディレクターとして培った映像センスをともないつつ、フィルムの質感にこだわり、生身の人間に宿る心のなまめかしさとざらつきを16mmのカメラで撮影。初監督ならではの初々しい感性と確かなビジョンで、儚くも熱い愛の美しさをとらえ、処女作としてパーフェクトなスタートを飾った。さらに世武裕子によるエンディング・テーマ「1/5000」は詩人の御徒町凧も共に作詞を手がけ、作品の余韻をじんわりと彩る。

 愛することにも愛されることにも不器用で関係が成就する前に自ら壊してしまうような女。他人と距離を保つことで傷つきも傷つけもしないけれどすべてをあきらめているような男。完全に破綻して見える二人が一緒にいるのは、歪な自分を受けとめてくれる相手がお互いに必要だったから。その内側に透けて見えるのは、私という存在を誰かにわかって欲しい、誰かとつながりたいという強烈な叫びだ。それを愛と呼ぶならば、まず自分で自分を受けとめなければならない。生きている限り、自分と別れることはできないのなら、せめて一瞬でも分かり合えたと思える瞬間を信じたい。だからどうかありのまま愛することを許してほしい、「あなた」を、そして「私」自身を。

2021年5月19日Amazonプライム・ビデオ視聴




「天使のいる図書館」
小芝風花の2度目の主演映画ではあるが、残念ながら大和高田市、葛城市、広陵市の観光映画のようになってしまった。まぁ某映画のように酷くはないが、ご都合主義と極端な設定と安易なエンドで、どうかなあと思う。香川京子の最後の出演映画かもしれない。

見どころ
『魔女の宅急便』などの小芝風花を主演に迎え、奈良県葛城に実在する図書館を舞台に描くハートフルな人間ドラマ。赴任したばかりの新人司書が、地域住民との交流を通して風土や土地の歴史を体得しながら人間として一回り大きくなっていく姿を映す。『桜ノ雨』などのウエダアツシ監督がメガホンを取り、脚本を『百瀬、こっちを向いて。』などの狗飼恭子が担当。悠久の歴史を刻む里の春夏秋冬の風景に見とれる。

あらすじ
新卒のさくら(小芝風花)は、奈良県葛城にある図書館の司書として働き始めるが、毎日が緊張の連続だった。ある日、彼女は図書館にやって来た利用者と一緒に探し物をすることになり、自分が勤める地区の隅々まで足を延ばすようになる。やがてさくらはたくさんの地域の人々と知り合い、これまで知らなかった地元の魅力に気付いていく。

2021年5月23日Amazonプライム・ビデオ視聴



「火口のふたり」
荒井晴彦節炸裂の一作。
確かに、久しぶりに会った2人が五日間ヤルだけのお話である。
その間に、2人の人生観と行き違いもわかるし、集団的自衛権やら秘密保護法やら原発やら変な単語も使われる。

でも、全然前衛的でもなければわかりにくくもない。

丁寧に男女のキビを扱った普通の作品だったと思う。

富士山が爆発したら戦争みたいになる、という賢治の感想は、コロナ禍の現在同じようになっているので、ほとんど2年後の日本を予言したような作品でもある。このような日本になったので、2人は、秋田の地できっと2人で暮らしてることだろう。

瀧内公美の魅力満載。柄本佑も上手い。上手いなあ、2人芝居で上手く作品に昇華する。こういう映画もあるんだ。

【イントロダクション】
直木賞作家・白石一文 初の映画化
本作は、09年「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」で山本周五郎賞、10年「ほかならぬ人へ」で直木賞を受賞し、幅広い世代から絶大な支持を得る白石一文による著作の初の映画化となる。
映画化を快諾したという白石氏は、「『赫い髪の女』や『遠雷』の頃から荒井晴彦さんの脚本に魅せられてきた者のひとりとして、その荒井さんから映画化の話をいただき、一も二もなくすべてをお任せすることにした。
しかも今回は自らメガホンを握って下さるという。原作者としてこれに優る光栄はない映画界の伝説ともいうべき荒井晴彦さんの手で、その光がよりなまなましく、妖しく観る者の心を照らし、身の内に眠っていた「おとこ」や「おんな」が強く喚起されんことを切に願っている。」と語り、映画化へ向けて期待の言葉を寄せている。

『ヴァイブレータ』『共喰い』『海を感じる時』日本を代表する脚本家・荒井晴彦監督作
数々の作品で、男と女のエロティシズムを表現し、キネマ旬報脚本賞に5度輝く、日本を代表する脚本家・荒井晴彦。本作は、『身も心も』、『この国の空』に続き、脚本・監督に挑んだ渾身の一作。「死とエロスが匂いたち、相米慎二監督も惚れ込んだという秋田の西馬音内盆踊りと、男女の恋を絡めた映画を作りたかった」と語り、物語の舞台を福岡から秋田へ変更し、全編秋田ロケを敢行した。また、写真家・野村佐紀子によるモノクロームの写真の数々によって、主人公のふたりの過去を鮮やかに蘇り、映画ならではの抒情的な世界観を作り上げることに成功した。さらに、登場人物たちの感情を代弁するかのような下田逸郎によるメロディアスな楽曲が、男と女の深淵へと迫る物語へと見事に昇華させている。

柄本佑・瀧内公美 ふたりだけの日常、ふたりだけの会話、ふたりの身体の言い分
主演を務めたのは、『きみの鳥はうたえる』などで数々の賞を受賞し、今日本映画界で欠かせない存在となった実力派俳優・柄本佑と、廣木隆一監督の『彼女の人生は間違いじゃない』での演技が評価され、活躍の場を広げている新鋭・瀧内公美。出演者はこの2人のみ。数年ぶりの再会をきっかけに、抑えきれない衝動の深みにはまっていく危うい関係を、大胆かつ濃密に演じきった。
他愛のない会話、食事、セックスを繰り返し、「身体の言い分」に身を委ねるふたりの日常の中の性愛。
「世界が終わるとき、誰と何をして過ごすか?」という究極の問いを、観る者に突きつける衝撃作が誕生した。


【物語】
十日後に結婚式を控えた直子は、故郷の秋田に帰省した昔の恋人・賢治と久しぶりの再会を果たす。
新しい生活のため片づけていた荷物の中から直子が取り出した1冊のアルバム。
そこには一糸纏わぬふたりの姿が、モノクロームの写真に映し出されていた。
蘇ってくるのは、ただ欲望のままに生きていた青春の日々。
「今夜だけ、あの頃に戻ってみない?」
直子の婚約者が戻るまでの五日間。
身体に刻まれた快楽の記憶と葛藤の果てに、ふたりが辿り着いた先は。

【クレジット】
出演 柄本佑 瀧内公美
原作 白石一文「火口のふたり」(河出文庫刊)
脚本・監督 荒井晴彦
音楽 下田逸郎

写真野村佐紀子 絵蜷川みほ タイトル町口覚
特別協力あきた十文字映画祭実行委員会 よこてフィルムコミッション
秋田フィルムコミッション研究会


2021年5月21日Amazonプライム・ビデオ観賞









最終更新日  2021年05月28日 12時10分15秒
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2021年05月22日
カテゴリ:邦画(12~)


「ワンナイト・カップル」(韓国2016)

思い詰めたら突き進むタイプの女の子と、考えすぎて逃げてしまう男の子の機微を、思った以上に丁寧に描いていた。
ハン・イェリの存在感が良い。こんな娘いるかもしれないと思わせる。

見どころ
慰めあうだけの関係がいつしかお互い気になる存在になっていく、そんな心の変化に胸がときめく。純愛とエロティックが同居したテンポの良い展開で、恋の素晴らしさを実感。
ストーリー
元恋人の結婚式に出席したジョンフンとシフ。失恋の痛みをわかちあう2人は、酒に酔った勢いで一夜を共に過ごしてしまう。そしてシフは、コーヒークーポン券のスタンプを貯めるまでこの関係を続けようと提案。恋愛に疲れた2人の不思議な交際が始まった。
キャスト・スタッフ
出演
ユン・ゲサン
ハン・イェリ
パク・ビョンウン
パク・ヒョジュ
チョン・スヨン
監督
ハ・ギホ
脚本
ハ・ギホ

2021年4月7日
Amazon prime
★★★★



「一度死んでみた」

佐藤健、妻夫木聡、志尊淳、古田新太、竹中直人、池田エライザ、野口聡一さんなどのエキストラ出演。真鍋かおり、柄本時生、西野七瀬、などの脇役出演。かなりの遊びが凄い。ちゃんと伏線回収しているし。

でも、話自体はあまりにも定番。残念ながら、傑作にはなり得ていない。

【キャスト】
広瀬すず 吉沢 亮 堤 真一
リリー・フランキー 小澤征悦 嶋田久作 木村多江 松田翔太
加藤 諒 でんでん / 柄本時生 前野朋哉 清水 伸 西野七瀬
城田 優 原 日出子 真壁刀義 本間朋晃 / 野口聡一(JAXA宇宙飛行士)
佐藤 健 / 池田エライザ 志尊 淳 / 古田新太 大友康平 竹中直人 妻夫木 聡

【スタッフ】
監督:浜崎慎治 脚本:澤本嘉光 音楽:ヒャダイン

2020年作品

2021年5月12日Amazonプライム・ビデオ視聴




「ファブル」
佐藤浩一が「普通の生活をさせてみて、腕が落ちたらそのまま生かし普通に馴染ませよう、人を殺したならば処分する。それが俺の責任だ」と、本心をあそこでいうか?

続編では、その設定はどうなるんだろ。
そもそも、ファブルはどこから拾ってきた子供なのか?

【キャスト】
岡田准一
木村文乃 山本美月
福士蒼汰 柳楽優弥 向井理
木村了 井之脇海 藤森慎吾(オリエンタルラジオ) 宮川大輔
佐藤二朗 光石研 / 安田顕 / 佐藤浩市

【スタッフ】
原作:南勝久「ザ・ファブル」(講談社「ヤングマガジン」連載)
監督:江口カン 脚本:渡辺雄介 音楽:グランドファンク
主題歌:レディー・ガガ「ボーン・ディス・ウェイ」(ユニバーサル ミュージック)
2019年作品

2021年5月12日Amazonプライム・ビデオ鑑賞



「愛がなんだ」
今1番注目している今泉力哉監督2018年作品。
恋愛依存症?の岸井ゆきのを主演に、ダメ男の成田凌、彼が恋するガサツ女の江口のりこ、岸井の親友でいつまでも男をパシリとして扱い恋人としない深川麻衣、そしてパシリであることに満足している、ある意味岸井の合わせ鏡の役割を持ち、ラストで変貌する若葉竜也。

3組5人のメンヘラ恋愛模様が、ある意味とても痛い。

「ホントに1番愛していたのは自分でした」というわかりやすいラストにしていない。しかも、はっきりしたラストにもしていない。

あゝこんな恋愛しかできない女の子や男いるよね、なかなかでした。

2021年5月13日Amazonプライム・ビデオ視聴







最終更新日  2021年05月22日 11時37分46秒
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2021年03月22日
カテゴリ:邦画(12~)

長い前振りをします。

毎月某労組機関紙に映画評を連載している。いつもは締め切り間際(時には締め切り過ぎて)でないと完成しないのに、下に載せた映画評は先週初めになんと3週間前に書いた。相当不安だったので、コレでわかるでしょうか?とお伺いを立てた。編集長は40代なので理解してくれると思いきや「エヴァは一切観てないのもあるけど、何書いているのかさっぱりわかりません」と、初めて掲載がバツになった。そうか、ロスジェネ世代、皆んながエヴァを一度ぐらい見たわけではないのだ。という当たり前のことを、私は勘違いしているのを悟った。もう1000文字貰っても、エヴァのストーリー・世界観を説明する自信は私にはないので、粛々と掲載は諦めた。

つまり、下の映画評は幻の映画評なのです。でも個人的にお蔵入りは悔しいので、ここに発表します。実は他のSNSにもちょこちょこ公表している。そこの反応は芳しくない。私は密かに「わからなくても、雰囲気だけは察して、言いたいことは少しは理解してくれるのでは?」と思っていたが、どうやら「今年のマイベスト5入間違いなしの傑作」は、いつもの1人相撲で終わりそうだ。

何故今回こんなに公表を急いでいるのかというと、「世の中のエヴァ評では、何処にも指摘していないことを私が発見した!!」と思ったからである。誰かに言われる前に何処かに発信したかったからである。それは映画評の最終段落のことである。

映画を観たらわかるのであるが、「おまじない」という言葉は、前半部分でさりげなく「何回も」使われている。
「のろい」から「まじない」へ
エヴァにかけられた様々な呪い(のろい)は、
「さよなら」という「お呪い(おまじない)」によって、今回見事なエンディングを迎えた。
庵野監督は8年間も脚本を検討してきた。過去「槍によってやり直す」というダジャレ的な台詞さえも大きな意味を持って使ってきた。今回も「シンジを信じる」という大切な台詞でダジャレを使っている。前半部分の「おまじない」という台詞は、あの場面以上の意味を持っていたはずである。

ダラダラと前振りでした(ここまでで約900字)。あと1000字近くの映画評は訂正せず、以下の通りです。


映画評「シン・エヴァンゲリオン劇場版」

現在公開中の「シン・エヴァンゲリオン」を映画館で観ようという提案です。理由は、今年の興行収入一位を獲得するかも知れない作品だからでも、映画館の迫力はテレビ画面では味わえないからでもない。もちろん、そういう面もあるけれども、皆さんに「時代」を感じてもらいたいからです。映画が終わった後に、観客の人々の年齢、表情を観て欲しい。

深夜テレビでアニメの再放送を観て以来、約25年の付き合いの作品にやっと終止符が打たれました。私の世代で夢中になった人は多くはなく、おそらく30代から40代までが第一世代であろうと思う。それはそのまま、就職超氷河期の失われた20年を体験したロスジェネ世代と被ります。インターネットが進み、世の中はどんどん便利になっていくのに、社会格差は広がっていった時代です。

「エヴァ」の世界観とストーリーを説明するのは残念ながら無理です。出来うることならば、過去の劇場版5作を観てから臨んで欲しいけれども無理ですよね。最初の3分41秒で新劇場版3作のダイジェストがあるので、台詞だけでなく映像でその雰囲気を味わってください。今回のお話は最終場面以外は極めて常識の範囲内のストーリーなので、ほぼついていけるように作られています。なんとかなると思います。皆さんなら。

前半は、東日本大震災で被災した村と見紛うような「立ち直りつつある日本」が描かれます。後半は極限までAI化された世界の究極「バトル」が描かれます(途中「ATフィールド」とか「リリス」とかいろいろややこしい用語が頻出しますが、雰囲気で押し切ってください)。その後、碇ゲンドウ博士と、その息子碇シンジの物語に集約していくラストは、かなりわかりにくいです。でもファンはスッキリすると思います。

過去、最初の劇場版ラストを観て、「こんな大風呂敷を敷いて、結局1人の個人のコンプレックスが世界を滅すのかよ!」とかなり腹が立ちました。それも、今回はいろいろ回収されます。

「シン」は、「真」でもあり、「深」でもあり、「新世紀」でもあり、「死んじゃった、エヴァンゲリオン」でした。これが、「シン・ゴジラ」を経た監督の「進化」なのだと思う。

「さよなら全てのエヴァンゲリオン」
エヴァに夢中になった人々は、厨二病という言葉も産み、そしてエヴァの呪い(のろい)に少なからず囚われてきました。けれども知ってる?呪いって「まじない」とも読むんだよ。そうなんだ、最終話は「さよならというおまじない」の物語だったんだ、と私は腹落ちしました。
(2021年鹿野秀明監督作品・公開中)







最終更新日  2021年03月22日 16時07分28秒
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2020年12月22日
カテゴリ:邦画(12~)

「殺さない彼と死なない彼女」
 家族で楽しめるお正月映画を去年の作品で探したのですが、見つかりませんでした。そこで、我が郷土が生んだ岡山の奇跡、桜井日奈子さんの最高傑作を紹介したいと思います。

 ホントは観てもらいたい作品(「ジョーカー」「存在のない子供たち」「僕たちは希望という名の列車に乗った」)もないわけではないのですが、全部暗いんです。でも、これは日奈子ちゃんが「死にたい、死にたい」と言っている割には明るい作品です。おばあちゃんも子どもも、楽しめます。

 私事ですが、職業訓練学校に通っていた頃、同級生で中学校出のヤンチャくんが、挨拶のように「死ね」とか「マジ殺す」という言葉を発していてビックリしたことがあります。この映画の主人公鹿野なな(桜井日奈子)も、リストカットを繰り返し「死にたい」が口癖の高校生です。ひょんなことから付き合うことになった小坂れい(間宮祥太朗)は、挨拶のように「死ね」と言います。ゲーム世代の子供たちには、こういう言葉が日常語になっているんですね。お孫さんを持っている方、そうなんですよ!

 この他に、あと二組の高校生が登場しますが、彼らの話が並行的に進んでいきます。このうち大和撫子(箭内夢菜)は八千代(ゆうたろう)に、高校入学時から10数回「好き!」という一言告白を繰り返すけれど、振られるのも繰り返します。もう一組の地味子(恒松祐里)ときゃぴ子(堀田真由)という、名前通りの地味系と発展系の高校生の実態も、ゆるゆるとしたユーモアで描かれます。

 それにしても、彼らは「死ぬ」とか「好き」とか、語彙が少なすぎると、観ていてイライラしてきます。もっと本をよめ!とオジサンは言いたい。

 でも、そんな時に大きな事件が起きます。そして、3組の男女の物語の相関関係も見えてくるという仕掛けです。やがて「深い言葉」の連鎖が起こるのです。ユーモア作品から一転涙涙の感動作になるという、稀有な作品でした。大人には高校生の単純な言葉の裏の気持ちを、若者には「生」の大切さを緩やかに伝える佳作です。

 桜井日奈子の棒読み台詞は、この作品に関しては、役柄上の必然だと思います。温かく来年も若者の未来を見守りたいと思うのです。
(2019年小林啓一監督作品レンタル可能)












最終更新日  2020年12月22日 15時54分23秒
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2020年12月04日
カテゴリ:邦画(12~)
昨日良い記事を見つけた。
映画つくりは総合芸術である。
そのことをまざまざと思わせる記事だった。
撮影監督にここまでフォーカスするインタビューは、映画専門雑誌にはあったのかも知れないけど、私は読んだことなかった。

どんなふうにして男前に、一人前になっていくのか。キチンと書いていた。

特に、「単騎、千里を走る」の撮影をしていた時の高倉健のエピソードが良い。

「木村大作は日本を代表する撮影監督だから、助手も一流じゃないと駄目なんだ」その言葉が、1人の助手を一人前の撮影監督に変えた

ホントに高倉健は、表も裏もなく、誰にでも、「誠実に」接していたのだ。
作品で評価される俳優は多くいる。
けれども、必ず作品と共に人間として評価される俳優はほとんどいない。そういう俳優を映画スターというのである。


映画と働く 第5回 撮影監督:山田康介「作品至上主義、作品がよくなるのならなんでもいい」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8d040bb1e84adbde005bae70d94fb32b9ea76e00

   山田康介さん

1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。

第5回となる今回は「神様のカルテ」シリーズや「僕等がいた」前後編、「シン・ゴジラ」に参加した撮影監督・山田康介の取材を実施した。「セブン」に衝撃を受けて業界を目指し、さまざまな出会いを経てキャリアを積んでいった山田。雪山での木村大作との逸話や、高倉健から教えてもらったという“心得”を明かしたほか、山田の相棒的機材・ステディカムを扱い始めた経緯も語ってくれた。

取材・文 / 田尻和花
題字イラスト / 徳永明子

■ 「なんでできないんだ」と悔し泣きした日々
──まず、カメラマンを志したきっかけを教えていただけますか?

祖父の趣味だったスチルカメラを借りて撮ったり、Hi8 (ハイエイト)という家庭用ビデオカメラで弟を主役にドラマを撮ったりしたのが原点ですね。ほかにも富士山からの景色を祖父に見せようとカメラを持って登山したり。自発的に映像的なことをやろうと思ったのは中学生ぐらいが最初です。

──映画はもともとお好きだったんですか?

家の目の前がレンタルビデオ屋さんだったんです。両親が共働きだったので、夏休みは「子供たちだけで暇つぶしにビデオでも借りなさい」って言われていて。小学校1年生くらいからジャッキー・チェンが大好きで、出演作を観るようになりました。毎回ジャッキー・チェンの映画を借りに行ってずっと観ていましたね。もともとアクション映画や香港映画が好きで、「男たちの挽歌」に中学生のときすごくはまったんですよ。男くさい感じがすごくかっこよかったですね。

──銃撃戦もすごいですよね。

そう、どんだけ弾が出るんだよっていう(笑)。それで高校生になるとわりと劇場に観に行くようになって、大きいスクリーンで観る醍醐味を味わいました。劇場で高校3年生のときに観た「セブン」に衝撃を受けたんです。撮影監督が意図して作った世界観というものを感じて、撮影を志したいと思うようになりました。

──高校卒業後には日本映画学校(※現・日本映画大学)に入られましたね。

進路を迷っていて、でも漠然と映画の仕事をしたいなと思っていました。日本大学芸術学部の映画学科や大阪芸術大学のようなところに行くのかなと考えていたときに、(福岡県の)久留米の映画館に日本映画学校のパンフレットがあるのを見つけて。今村昌平さんが創始者だというのもあって、気になったんです。青春18きっぷで福岡から東京まで丸2日かけて鈍行で上京してガイダンスを受けて、この学校だったら実習も多いし勉強するにはいいんじゃないかなと思いました。日芸も行ったんですけど門が閉じられていて、中を見たかったんですが入れませんでした(笑)。

──日本映画学校に入っていかがでしたか。

とにかく友達とものを作るのが楽しかったですね。履歴書の「組んでみたい映画人」のところに李相日と書きましたが、日本映画学校に入って最初に友達になったのが李さんだったんですよ。たまたま同じゼミになって仲良くなって、バイト先も紹介してもらって同じところで働いて。当時DCR-VX1000という高価なハンディカムを李さんが買って、ガンダムのプラモデルでコマ撮りして遊んだりしていましたね。そのつながりで「青~chong~」にも参加しました。学校の実習ではみんなでめちゃくちゃ失敗もしましたけど、映画作りって楽しいんだという部分がそこで培われました。

──卒業後は東宝映画に入社されていますが、どのような経緯だったんでしょうか。

埼玉のいとこが通っていたサッカー教室の友人のお父さんが、東宝の電気室にいらっしゃったので「映画志してるんなら何か紹介してあげるよ」と言われて、東宝の撮影所に見学に行ったんです。当時の技術課長さんに撮影所を案内してもらって、そのときはそれで終わったんですが、1年後くらいに「モスラ2 海底の大決戦」の製作が入って、「人足が足りないから手伝いに来ないか」と誘いを受けました。ちょうど夏休みだったので現場に行って。それが東宝の仕事に足を踏み入れた最初の瞬間でした。

──それが終わってからはどうでしたか。

次は「催眠」という映画が製作に入るので、ここでも見習いが欲しいと呼ばれました。「モスラ2 海底の大決戦」は途中からの1カ月しか参加しなかったんですが、「催眠」は最初から最後まで付いてみないかと。卒業間際に現場アシスタントとして3カ月くらい入って、機材を運んだりハレーション(光暈)を切る作業をしました。毎日本当に怒られて、こんなに怒られるか?ってくらい本当に怒られたんですよ(笑)。それに全然寝る時間もなくて。

──忙しいときは2~3時間くらいでしょうか?

本当にそうですね。撮影が終わるのが夜中の25~26時くらいでそこから家に帰って、1~2時間寝たらすぐ起きて現場へ行って……。一番下っ端なので機材室にも一番早く行かなきゃいけないですからね。眠くて頭はぼーっとしてるけど求められることは高度なので全然付いて行けなくて、毎日毎日怒られて悔しかったですね。「なんでできないんだ」と思って、「トイレ行ってきます」と言ってトイレで泣いてから戻ったことも覚えています。

──大きな経験でしたね。

「催眠」はスケジュール的にも体力的にも精神的にもきつかったですね。「催眠」の最中に卒業したんですが、現場が終わったときに技術課長さんから「お前今後どうする?」と言われました。「契約社員で入る?」と誘っていただいたんですが、けっこうきつかったので「仕事覚えるのも遅いので向いてないと思います」って言ったんですよ。そうしたら「そんなの続けてみないとわからないじゃん」と返されて、「確かに」と(笑)。それでそこからずっと東宝で撮影部助手を続けました。

──過酷な現場を乗り越えたからこそ、お声が掛かったんですね。当時はまだ会社お抱えのカメラマンさんはいたんでしょうか?

もう1人もいなかったですね。もともと東宝には撮影技師(カメラマン)はたくさんいたんですが、社員技師を抱えず助手だけという方針に変わったんです。僕が入ったときは技師は誰もいなくて、助手の先輩が2人いらっしゃったのでその方々にいろいろ教えていただきました。

■ 立山連峰の雪の中を行ったり来たり
──山田さんは木村大作さんの助手をやってらっしゃいましたが、木村さんに付くまでのいきさつを教えていただけますか。撮影部はサード(※フィルム装填や機材周りの整理を行う)、セカンド(※フォーカス送り、現場の仕切りを行う)、チーフ(※光の露出を計測を行う)、そしてカメラマンとステップアップしていくシステムですよね。

僕はセカンドになって仕事がなんとなくできるようになったというあたりで、木村さんが撮影監督を務める「赤い月」に付く話をいただいて初めてご一緒しました。27歳くらいでしょうか。

──巨匠とのお仕事ということで、忘れられないエピソードも多そうです。

そうですね、いっぱいありすぎて……(笑)。でも特に「劔岳 点の記」は忘れられない現場でした。木村さんはすごく上の方ですし、「赤い月」のときは名前も呼んでもらえないくらいだったのですが、「劔岳 点の記」では最初の段階から参加させていただいて、スタッフ全員仲間という感じで進んでいきまして。資金を集めるためにプロモーション用映像を木村さん、助監督、プロデューサー、撮影助手の先輩、僕で撮ることになりました。「せっかくやるんだから吹替の画を撮ろう」ということで、ゆくゆく劇中で使うであろう衣装や小道具を一式全部借りて、着物の着付けも覚えて、それを持って立山連峰に行ったんです。1カ月くらい山の中でした。

──現場ではどんな役割をされたんですか?

主演の浅野忠信さんと僕の背の高さが同じくらいだったので、役衣装を着て吹替をしました。木村さんに「お前ちょっとあそこに行って来い」と言われるのですが、まっすぐ行けば近いように見えても実はすごい急こう配になっていてもう大変なんです。雪に足跡も付けたくないので回り込んで、豆粒ぐらいのサイズになるまで遠くへ行って。そこから「よーいスタート! 歩け!」と声を掛けられて何度も歩いたのですが、登山靴を履くと画でバレるので、足袋でやりました。雪でビチャビチャに濡れて本当に凍傷になるんじゃないかと思いましたが、意外と大丈夫でしたね(笑)。

──濃密な時間を過ごされたんですね。山田さんがチームに呼ばれたきっかけはあったんでしょうか。

「赤い月」「憑神(つきがみ)」で木村さんとご一緒して、そのあと参加した「単騎、千里を走る。」でものすごい失敗をしてしまったんです。でもその後も呼んでいただいて。あの失敗をきちんとした仕事でお返ししたいという思いがあったので、「劔岳 点の記」をやると聞いたときは「ぜひやらせてください」と手を挙げました。

■ 助手も一流じゃないと駄目なんだ
──「単騎、千里を走る。」ではどんな失敗が……?

高倉健さんがクランクアップされてセットをバラしたあとに、僕のフォーカスが駄目だったということが判明したんです。「高倉さんをもう1回呼びましょう」となったときは本当に死にたいと思いました。ピントがぼけててもその素材を使うこともあることにはあるんですが、木村さんは許さない。それで僕としては救われたところもあります……。高倉健さんが入られるのを、死ぬ思いでセットの外でずっと待っていました。高倉健さんがいらっしゃって「しょうがないけど、また何度も失敗するのはよくない。大ちゃんにも『怒れ』って言われたからなあ……」と言って、後ろを向いて「ふざけんじゃねーよお前!」とセットの壁をバンと叩いて入っていったんです。

──場を収めるために怒ったふりをしてくれたんですね。

はい。僕は胸が苦しくなりながらそのあとに入って行って、中にいた人たちも「相当怒られたんだろうな」って感じですごく緊張していて。そのあと高倉健さんは「木村大作は日本を代表する撮影監督だから、助手も一流じゃないと駄目なんだ」とおっしゃって、僕にとってそれがすごく大きかったです。作品に対する責任はカメラマンだけじゃなく助手にとってもすごく重いもので、作品を左右することも大いにある。あの一件でいろんなことを学びましたし、本当に転機になったなと思います。

──いいお話ですね……。そうした経験を経て、山田さんが仕事をするうえで決めていることがあれば教えてください。

作品至上主義というか、作品がよくなるのならなんでもいいと思っています。よくなるんだったらこれは入れたほうがいい、よくならないんだったらやめたほうがいいというふうに常に考えるようにしています。

──監督とは方向性のすり合わせをされると思いますが、どういうふうに話し合われるのでしょうか。

僕らの共通言語は映画です。例えば「シン・ゴジラ」のときだったら、「実相寺昭雄監督の『ウルトラマン』のような感じで撮ってほしい」とか、「前半の会議室は『日本のいちばん長い日』の会議室っぽくしてほしい」とか。イメージを共有しやすいんですよね。

──自分の色が一番出せたと思う作品はありますか?

「連続ドラマW そして、生きる」「劇場版 そして、生きる」ですね。なるべくカットを割らず、観客の視線を誘導しながら物語を進めていく手法を取りました。観客を違和感なく物語の中に引き込むことがこの作品ではできたかなと思っています。 “生っぽく”というか、その場で起きることを瞬間的に閉じ込めるつもりで撮っていこうと月川翔監督と決めていたんです。

──なるほど。また、三木孝浩さんとは何度もタッグを組んでいらっしゃいますね。

そうですね、ここ何本かはスケジュールがなかなか合わなくて実現していないんですが。最初は「僕等がいた」でご一緒したんです。年齢が近いということもあって、今まで聴いてきた音楽も似ているし、どういうものが欲しいかをよくわかり合える間柄。作品に入る前に音楽のプレイリストを作って、「この作品はこういう雰囲気でやりたい」と最初に渡されるんですよ。俳優さんにも共有されるので、あまり見たことがない演出だなと思います。

──ほかの監督との仕事で印象に残ったエピソードはありますか?

劇団ひとりさんが監督を務めた「青天の霹靂」では、序盤に主人公が「過去にタイムスリップしたんだ」と気付くシーンがあるんです。そのシーンをワンカットにしたいと。主人公を全速力で走らせたいという要望もあったので、ステディカムでぐるっと回り込んで、主演の大泉(洋)さんを映しながら画を引っ張っていって、そのままクレーンに乗ってから広い画角にして……という撮影になりました。何回もリハーサルをして、これはものすごい大変でしたね。

■ 駅のホームから始まったステディカム撮影
──山田さんの撮影はステディカムを使用することが多いそうですね。

「僕等がいた」を撮ったときが最初なんです。駅のホームを人物が走るシーンがあったんですが、JRからは「カメラ用のレールをホームに敷いてはいけない」と言われていました。ホームの幅がものすごく狭かったので、ステディカムを使って自分でやってみようと思ったのが始まりですね。通常であればステディカムをレンタル会社で借りる際にオペレーターも一緒にお願いするんですが、ステディカム撮影の海外研修を受けた東宝の先輩に教えていただいていた経緯もあって、そこから自分でもちょっとずつやっていくようになりました。

──ステディカムを操れるカメラマンはたくさんはいないんでしょうか?

みんながみんなできる、というわけではないかもしれないですね。僕も一度ちゃんと学ぼうと思い、ステディカムの販売代理店Tiffenのワークショップがアメリカで年2回くらいあるのでそれを1回受けました。帰ってきてから機材を買ったんです。

──お持ちの機材は自前なんですか!? ちなみにおいくらほどするんでしょうか……。

めちゃくちゃ高いですよ……。細かい機材も含めると1000万円くらいいきますね。

──高級外車が買えるくらいですね……。ではステディカム以外で、相棒のような道具があればご紹介ください。 

まずはアングルファインダー。リングでミリ数を合わせて覗くと、そのレンズの画角がわかる単眼鏡です。レンズ選びに使うほかにも、撮影用のレールを敷いたあとに「もうちょっと寄りたかった」と敷き直すことにならないよう、これでアングルを確認しています。これは(第40回)日本アカデミー賞で最優秀撮影賞を獲ったときに、お祝いでいただいたものです。現場で一番使うのはiPad Proですね。台本も全部ここに入れているので、連ドラでも10冊持ち歩く必要がなくなりました。あとはクラウドに入れてもらったラッシュ(※編集前の映像素材)も毎日確認することができるので。現場ではこれだけ持ち歩いてます。

──今日は、カメラマンを目指している人にお薦めしたい1冊も持ってきていただきました。

「マスターズ・オブ・ライト アメリカン・シネマの撮影監督たち」ですね。学生の頃から持っているもので、バイブルです。撮影部でこの本を持っていない人はいないんじゃないかな。学生時代と今読むのでは受け取り方が全然違います。本で撮影監督が話していることが今になってよくわかるというのが多々ありますね。今もたまに開いて読んでいます。

──尊敬する映画人には、撮影監督のロジャー・ディーキンスを挙げていただいていますね。

昔から好きなんです。彼が撮影監督をよく務めているコーエン兄弟の映画も好きで、作品ごとに自分の色がありますよね。一番いいルックになるよう変換していくことができる人だなと思うんです。「1917 命をかけた伝令」は長回しで撮られていますが、僕は普段ステディカムで撮っているので、あれがどれだけすごいことかというのもすごくわかるんですよ。複雑で長いワークですし、エキストラもいっぱいいますしね。例えば、フランス人の女性が赤ちゃんと一緒に隠れて暮らしている部屋に主人公が入ってくるシーン。彼が女性と会話している間にカメラが背中側から主人公の顔に回り込むんですが、キーライトになっている暖炉の火の前を横断しているのに影が出ないんです。どうやっているのかわかんないんですよ(笑)。照明弾のライティングもすごく計算されていて、1個1個のことがすごいです。

■ それってフェアじゃない
──今回のコロナ禍で映画業界も大きな打撃を受けました。文化支援要請の声も上がりましたが、これから日本で映画を撮っていくうえで、もっとこうなってほしいという点はありますか?

もし国にお願いしたいことがあるとすれば、もっとロケがしやすい状況にしてほしいということですね。この場所でロケをしたいと思っても、許可が下りないことがめちゃくちゃいっぱいあるんです。韓国で高速道路での撮影をしたいとなったら、国が支援して高速道路の交通止めをしてくれるんですね。でも日本では高速道路で撮影するなんてまず許可が下りない。もちろん迷惑をかけてしまうこともわかってるんですけど、そうやって最初からこれはできませんよとなってくると……。本当はこの場所がよかったけど、違うどこかでという工夫って、結局代案でしかないのでやっぱりイコールにはならないんですよね。もう少し理解が欲しいなというのはあります。行政がいいと言っても、警察には駄目だと言われたりもしますから。

──あちこちに許可申請が必要なんですね。

そうなんですよ。許可をもらうにしても、申請先がいくつもあったりするので、その連携がうまく取れてロケをしやすい状況になればいいなと思います。東京都内は本当に厳しいので。

──ここで撮りたいという場所はありますか?

渋谷ですかね。撮影監督で参加した「サイレント・トーキョー」では相当な予算をかけて(栃木県の)足利にスクランブル交差点のセットが作られたんです。でも、もし渋谷でできたらいろいろともう少し楽だったとは思います。渋谷ではまったく撮れないので、予算がある作品だったらこういう形でできますが、予算がない作品だとできないってなってきちゃいますよね。それってフェアじゃないというか、もう少しいろんな作品に可能性ができればいいのになとは思っています。

──では最後に若い方へメッセージがあればいただけますか?

スマホでも映像が簡単に撮れるようになりましたし、昔よりは撮影のハードルは下がりましたよね。手軽に撮れるとはいえ、フィルム時代のRGBしか動かせないような時代のノウハウから学べば、今のツールがより使えるようになりますし、もっと楽しくなると思いますよ。

■ 山田康介(ヤマダコウスケ)
1976年5月21日生まれ、福岡県出身。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、東宝映画に入社。「単騎、千里を走る。」「劔岳 点の記」などの撮影助手を経て、「神様のカルテ」で撮影監督デビューを果たす。「シン・ゴジラ」で第40回日本アカデミー賞の最優秀撮影賞を受賞した。そのほかの参加作品に「僕等がいた」前後編、「羊と鋼の森」「フォルトゥナの瞳」などがあり、2020年12月4日に「サイレント・トーキョー」が封切られる。現在はフリーとして活動中






最終更新日  2020年12月04日 13時51分53秒
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2020年10月07日
カテゴリ:邦画(12~)
残りの2作品を紹介する。



「喜劇 愛妻物語」
足立紳の初めての監督作品だということだけで観た。「喜劇」と冠している。冠しているが、これはリアル夫婦物語、かつ下ネタ映画であった。

まさか終始これで通すとは、最後はもっと凄い展開があると期待していた。

確かに最後の泣笑い演技は良かった。また、水沢あさみの赤パンツを何度も大画面で拝めたのは、男としてありがたかった。でも、それだけの映画を、初監督作品で作っちゃダメでしょ?そんなに生活切羽詰まっちゃってんの?もう女房孝行しているでしょ?と足立紳が心配になってきた。

【ストーリー】
映画『百円の恋』(2014年)の足立紳が、自身初の自伝的小説「喜劇 愛妻物語」を原作に自らメガホンをとり映画化。売れない脚本家・豪太(濱田岳)とその妻チカ(水川あさみ)は倦怠期の夫婦で、娘のアキ(新津ちせ)と3人で暮らしている。豪太はセックスレスに苛まれ、日々妻の機嫌を取ろうとするが、チカはろくな稼ぎがない夫に冷たい。そんなある日、豪太のもとに“ものすごい速さでうどんを打つ女子高生”の話を脚本にしないかという話が。豪太はもともと自分が考えていたこの企画を実現させ、あわよくば夫婦仲を取り戻すために香川への取材を兼ねた家族旅行を提案する。しぶしぶ豪太の取材旅行に付き合うチカ。しかしその取材対象には、既に別の映画企画が決まってしまっていた。大喧嘩の後、学生時代の友人・由美(夏帆)の家を訪れるチカ。一方豪太はアキを連れて海にやってくるが、スマホに夢中でアキを見失ってしまう。

【公開日】 2020年9月11日
【映倫情報】 PG12
【上映時間】 115分
【配給】 キュー・テック/バンダイナムコアーツ
【監督】 原作・脚本・監督:足立 紳
【出演】 濱田岳/水川あさみ/新津ちせ/夏帆/大久保佳代子/ふせ えり/光石研 ほか

2020年9月28日
岡山イオンシネマ
★★★


「映像研には手を出すな!」
まぁ出来は8割くらいかな。
プロローグに浜辺美波を起用しておどろおどろらしさを思いっきり演出したのに、その回収がとうとう出来なかった。ピュー子の役割って、もしかしてアレだけのため?最初の大仰な大生徒会の臨時会議の内容と結果は、結局何だったの?その繋がりをきちんと作れば、アニメ版とは全く違う傑作が出来たのかもしれない。監督は、途中で何や何やらわからなくなった?それとも厨二病が落ち入る袋小路に入った?

でもまぁ、若い子たちが、一生懸命「キャラ」を演じていて、みんなそれなりになりきっていた。監督、もうちょっとどうにかして!


STORY
アニメ好きで想像力豊かだが人見知りの浅草みどり(齋藤飛鳥)と、彼女の友人で金もうけが好きな金森さやか(梅澤美波)が入学した芝浜高校では、413の部活動と72の研究会・学生組織を大・生徒会が運営していた。そこで彼女たちは、カリスマ読者モデルでアニメーター志望の新入生・水崎ツバメ(山下美月)と出会う。意気投合した三人はアニメで最強の世界を作り上げるため、映像研を設立しようとする。
キャスト
齋藤飛鳥、山下美月、梅澤美波、小西桜子、グレイス・エマ、福本莉子、松崎亮、桜田ひより、板垣瑞生、赤楚衛二、鈴之助、出合正幸、松本若菜、山中聡、浜辺美波、高嶋政宏
スタッフ
原作:大童澄瞳
監督:英勉
上映時間
113分

2020年9月30日
MOVIX倉敷
★★★★







最終更新日  2020年10月07日 16時17分09秒
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