|
カテゴリ:香り
りょうりょうと風が吹き渡る夕暮れの野を、 まるで火が走るように、赤い毛なみを光らせて、 一匹の子狐が駆けていた。 こんな書き出しに、胸をぎゅっとつかまれて、あっという間に物語の世界にもぐりこんでしまいました。 出入り口はあちこちにあるけれど、まぎれもなく、そこは別世界。 読み終えるまで約8時間、ごはんも仕事も忘れるほどの、離れがたい世界でした。 「狐笛のかなた」は、児童文学ですが、大人でも十二分に楽しめる一冊です。 まっすぐな心と捨てきれない夢を持った大人なら、なおさらのこと。 紙の上で文字が語る物語を目でたどりつつ、脳裏にうかぶ映像には、匂いや音が立体的に添えられていて、登場人物といっしょに「この世」と「あわい」を行ったり来たり… 匂いオタクの私には、全編に漂う植物の香りが、特に印象的でした。 暑い日の噎せ返るような草の香り、呪者の焚く香の匂い。 芽吹いたばかりの瑞々しい木々の匂い、畑を耕す時の土の匂いなど…… 様々な匂いが物語を効果的に演出しています。 上橋菜穂子さんの代表作「守り人シリーズ」では、異国(架空)が舞台ですが、「狐笛のかなた」には、土着の匂いが漂います。 舞台は、かなり古い、鉄砲伝来以前の日本。 私たちの国の自然の豊かさがふんだんに描かれ、物語を美しく綾どっています。 ヨーロッパに魔女がいて、北欧にトロールやエルフがいるように、日本にも「聞き耳」の才を持つものや、「霊狐」のように霊力をもつ霊獣がいて、自然と動物、そして人間の関係が濃密で、その境界線さえあいまいな時代が確かにあったのでしょう。 どの登場人物も魅力的なのですが、やはり私は、霊狐の野火(のび)が一番好きです。 彼を通して、人の心を持つことの、素晴らしさと切なさを、あらためて感じました。 「聞き耳」という特殊な才をもった小夜と、野火の出会いから物語がはじまります。 湿り気をおびた土や草の匂いがする、哀しくて美しい風景は、宮沢賢治の世界と重なるところがあるかもしれません。 あらすじはあえて書きませんが・・・ 週末の一晩があれば、読み終えることのできる1冊です。 ぜひ手にとって読んでみてくださいね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010.07.28 01:30:34
[香り] カテゴリの最新記事
|