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アクロバティックという言葉とアルケミストという言葉が浮かぶ。
両方あわせると「アクロバティックな錬金術師」。 うーむ、何だかいい感じ♪(←本当?) 今の私の中にある、2つのキーワードである。 頭の中のイメージは派手にアクロバティックである。 越後妻有(新潟)は軸として持ちながら、来年芸術祭が行われる瀬戸内や、その他自分がまだよく知らない重要な場所を見出し、つなげていかなければならない。 その新たな土地には勿論アジアも含まれる。 全く勝手なイメージだが、頭の中では私はアジアに飛んでいる。 私が心底大好きな韓国グワチョン・ハンマダン・フェスティバルとそのディレクターとスタッフをはじめ、思いを同じくするフェスティバル・劇場関係者が国を超えて集う―そういう生き生きとした(しかもカラーの)図が、頭大丈夫かと思うほどビビッドに繰り広げられている。 そしてアルケミスト(錬金術師)であることとは? いま、自分はあまりにも様々な要素のメルティングポット状態で、正直まだ手に負えていない。 越後妻有では、アートを媒体にし過疎地域と外部の交流、地方の再生などの取り組みをスタッフや地元のみなさんが日々休まず続けている。 年がら年中、それは、本当に休みなく。 だって日常は休まないから。 地域とのつながりは休まない。 私は中途半端にしか、それができていない。 パフォーミングアート担当という仕事柄もあるし、自分の腰の据え方の足りなさでもある。 私は作品やアーティストそのものに対する興味ばかりが強すぎて、地域との関わりやイベント全体のことに頭が回りきらないのである。 本当はすべては大切だと思っているのに、結局すべてが中途半端になるのでは、という恐怖感が常にある。 サーカスもある、ダンスもある、演劇もある、美術もある、 地域もある、農業もある、 世界もある。 これらをただ混ぜこぜにするのだけは避けたい。 しかし、とんでもなく優れた錬金術師でもなければ、こんな膨大な要素から何か輝くようなものを生み出すなんて不可能ではないだろうか?! すべての色を欲しがって、結局真っ黒になってしまったカラスの寓話を思い出す。 まだ私は欲張りなんだろう。 捨てることによって輝くことを、まだできない。 錬金術師になろうとしているのかもしれない。 あっぷあっぷしてる、 その先に何かあると信じてるからこそ、今を生きてるんだけど。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009年11月18日 20時16分25秒
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