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朝ドラ「らんまん」第101話。
先日も由比ヶ浜で事故がありましたが、 鎌倉の海岸は、意外に水難事故が多い。 矢田部良吉も由比ヶ浜で亡くなったらしい。 その10年ぐらい後には、 七里ヶ浜で逗子開成中のボート事故も起きています。 ◇ 湘南は、 おしゃれなビーチという印象とは裏腹に、 歴史的な悲劇が重ねられた土地でもある。 Wikipediaによれば、 由比ヶ浜は古代から墓地だったそうです。 1953年、由比ガ浜にある鎌倉簡易裁判所用地で大量の人骨が発見され、1955年まで調査が行われ、900体以上の人骨が発見された。また、最近では由比ガ浜地下駐車場を建設する際の調査で3000~4000体の人骨が発見された。 極楽寺が建てられたのは、現実には死骸が遺棄されたり、行き場を失った者たちが集まったりする「地獄」ともいうべき場所になっていたためとの指摘がある。 大河「鎌倉殿の13人」では、 静御前の産んだ義経の幼子が由比ヶ浜で殺されてるし、 和田合戦がおこなわれた場所でもあり、 和田義盛の一族も、このあたりで処刑されています。 由比ヶ浜と七里ヶ浜のあいだの稲村ヶ崎は、 新田義貞による鎌倉攻め(北条攻め)の舞台でもあります。 ◇ ちなみに、 サザンオールスターズにも、 "古戦場の亡霊"について歌った曲がありますよね。 そして、それ以外にも、 「夏をあきらめて」の"岩影にまぼろし"とか、 「シャボン」の"波の彼方に誰かいる"などの歌詞を、 わたしは、そういう文脈で聴いてしまう…。 そして、何故か、 サザンのなかではその2曲がもっとも好きなのです。 こういうことを書くと、どこかのネット記事が歌詞解釈を剽窃するかもしれませんね…。 西に七里ヶ浜。東に由比ヶ浜。 稲村ヶ崎の奥に極楽寺。由比ヶ浜の奥に和田塚。 左端にあるのが江の島。 ◇ さて、朝ドラの話に戻りますが、 あらためて史実と見比べると、 やはり時系列がアレンジされています。 1886年 坪内逍遥が根津遊廓の加藤セン子と結婚。 1887年 牧野富太郎の祖母が死去。小澤壽衛と結婚。 1888年 矢田部良吉が東京高等女学校校長に就任。 1889年 森有礼が暗殺。 須藤南翠「濁世」が改進新聞に連載。 1890年 東京高等女学校が廃止。 牧野が東大資料の使用を禁じられる。 1891年 矢田部が教授職を非職。 1899年 矢田部が鎌倉沖で溺死。 前の記事にも書きましたが、 森有礼の暗殺は、 牧野の東大追放や新聞小説の連載より先だし、 矢田部が亡くなったのは、 彼が教授をやめさせられてから8年ほど後です。 しかし、ドラマでは、 「森有礼暗殺→東大非職→水難事故」と、 田辺教授の受難をたてつづけに描いたわけですね。 実際、これらの出来事には、 何がしか因果関係があったと言えなくもない。 ◇ それから、坪内逍遥の結婚も、 じつは牧野と壽衛の結婚より先なのよね! 根津の遊郭で身請けした丈之助の奥さんは、 まだドラマには登場していませんが、 これから出てくるのかしら…? なお、松本清張の「文豪」という作品に、 坪内逍遥の奥さんのことが書かれてるそうです。
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最終更新日
2024.04.13 01:50:11
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