カテゴリ:NHK大河ドラマ
NHK大河「光る君へ」。
毎週欠かさず見てます! だいたい4分の1が終わった感じ? ◇ 正直、 大石静には何の期待もしてなかったのだけど、 想像を超える面白さにびっくりしてます。 簡単にいったら、 オジサンたちが権謀術数に明け暮れるかたわらで、 女子たちが「ウフフ、オホホ」とお喋りしたり恋したり、 …ってだけの話なんだけどw なんでこんなに面白いんでしょうね。 ◇ 柄本佑と吉高由里子は、 けっして現代的な「美男美女」ではないけれど、 2人とも目が切れ長で和風顔だから、 あれこそ平安時代の「美男美女」だと信じたくなるし、 いまさらながら絶妙な配役だと感心します。 そして音楽の冬野ユミは、 黒島結菜の「アシガール」のときにも、 甘くてファンタジックな曲をつけてましたが、 今回もまた、かなり自由自在に、 平安ファンタジーっぽい甘美なテーマ音楽と、 ジャズもまじえた現代的な劇伴をつけてるのが良い。 ◇ 若手のキャストたちが、 毛筆草書を吹き替えなしでやってるのも凄いけど… 馬を乗りこなして「打毬」をやってたのも凄かった。 あの「打毬」という競技は、 ハリポタの「クィディッチ」に似てましたが、 紀元前6世紀ごろのペルシャの発祥で、 日本の「打毬」のほうが英国の「ポロ」より古いのだと。 たぶんハリポタの「クィディッチ」は、 英国の「ポロ」をもとにしてるのだと思います。 ◇ さて、 前回の大河も「ファンタジーだ!」と叩かれましたが、 今回はそれをも凌ぐ超絶ファンタジーw いちおう考証担当者は7人くらいいるらしいけど、 資料が少なくて分からないことが多いのか、 事実関係を考証してるのは倉本一宏ひとりだけ。 そのほかの担当者は、 建築とか、芸能とか、和歌とか、料理とか、 おもに社会風俗の考証をおこなってるようです。 まあ、 平安時代の社会風俗をドラマで再現するだけでも、 歴史研究をうながす意義は十分にあると思う。 そのほか、 「下っ端の藤原氏より後ろ盾のある源氏のほうが身分が上」 みたいな当時の事情を知れるのも面白い。 ◇ ちなみに、 ただひとり事実関係の考証を担う倉本一宏でさえ、 「紫式部と道長が幼馴染みなんてことはありえない!!」 と断言してますw ここ最近は毎年3人くらいで分担している時代考証ですが、今年はどうも私1人しかいないらしい。 その前提からしてファンタジーだとしたら、 「道長の兄が紫式部の母を道ばたで刺し殺した」 なんて事実もありえないわけで… 逆にいったら、 ほんとうの史実はどこにあるの??って話。 ◇ わたしが思うに、 ここまでの4分の1の内容は、 おもに《藤原兼家の権力闘争》の史実を中心に、 フィクションをまじえて作ったのだと思います。 とくに、 花山天皇の退位(寛和の変)とか、 そのあとの高御座「生首」事件とかは、 それなりの資料にもとづいていたはずです。 もちろん、 当時の資料それ自体が捏造だったら、 それすら史実じゃない可能性もありますがw ◇ 前回の大河が「ファンタジーだ!」と叩かれたわりに、 今回の大河にその類の批判が少ないのは、 もともと大部分の視聴者が、 過去の少女漫画や少女文学をとおして、 いわゆる「王朝ファンタジー」に慣れてたからでしょう。 大和和紀『あさきゆめみし』1979 山岸凉子『日出処の天子』1980 氷室冴子『ざ・ちぇんじ!』1983 氷室冴子『なんて素敵にジャパネスク』1984 逆にいうと、 そういう「王朝ファンタジー」に慣れてない人たちは、 そもそも今回のドラマを観てないよね。 なので、視聴率は低いけど、 そのぶんバッシングも相対的に少ないってこと。 それをもって作品の優劣を論じても意味がありません。 ◇ 結局のところ、視聴者の多くは、 慣れ親しんだイメージに近ければ納得するし、 そうでなければ「史実と違う!」といって騒ぎ出す。 たとえば司馬遼太郎を愛読してきた人たちは、 それが「史実だ」と思い込んでるし、 かたや大和和紀の漫画などを読んできた人は、 そこに「歴史の実態がある」と思い込んでいる。 そういう素人の視聴者が、 ネットなどで繰り広げてる「史実論争」ってのは、 ほとんどの場合、 クソほどの価値もないバカ論争ではあるのだけど、 かりにファンタジーであったとしても、 凝り固まった歴史のイメージが変わっていくことは、 それなりに意味のあることだと思います。 すくなくとも、これまでのような、 男性小説的な《戦国武将劇》への偏重から脱して、 少女漫画的な《平安貴族劇》が増えることも、 中世史への関心を高めるためには必要なことだし、 今後は《江戸町人劇》なんかも増えたらいいと思う。 ◇ なお、 今作が「平安ファンタジー」であることは、 安倍晴明の祈祷から始まったことに象徴されてますが、 じつは、このドラマの中で、 藤原兼家と道長の2人にかぎっては、 陰陽術をぜんぜん信じてないという設定になってます。 とくに藤原兼家は、 安倍晴明のインチキを見破ったうえで利用してますね。 実際、 高御座「生首」事件が史実だったとすれば、 兼家は《穢れ》に対する迷信をあざ笑いながら、 血で汚れた高御座のうえに、 平然と自分の孫を座らせたことになります。 ◇ たしかに現代人から見ると、 安倍晴明の陰陽術はインチキに見えるけれど、 近代医学がまだ存在しなかった時代、 つまり細菌やウィルスの知識がなかった時代に、 不可解な伝染病で人がバタバタ死んだりすれば、 たとえ荒唐無稽な迷信だとしても、 《穢れ》や《清め》や《禁忌》などの概念には、 たんに宗教的な意味合いだけでなく、 おそらく衛生上の合理性があったはずなのよね。 現代人でさえ、 目に見えないコロナウィルスにおののき、 デマを信じたり、差別的になったりするのだから、 中世の人々が迷信に頼るのも至極当然の話。 そう考えると、 迷信を無視することはきわめて困難だったと思う。 ◇ そんな怖れを知らぬ藤原兼家も、 そろそろ死期が迫ってるっぽいので… 今後の焦点は、やはり主人公の結婚?! (お相手はネタバレになるので触れません) そして、序盤にくらべれば、 だいぶ史実に則した内容になるはずですが、 倫子さん or 彰子さん付きの女房になるのでしょうね。 (誰の女房だったかについて諸説あるようです) たとえ「紫式部と道長が幼馴染み」ってのがファンタジーとしても、 その2人が藤原氏だったのは間違いないし、 年齢が近かったのも事実だし、 (道長が4才上との説や12才上との説あり) 倫子さんと親しい間柄ってのも、それなりに根拠はあるようです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.06.17 19:23:52
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