恋女房
花見を一日がかりで楽しもうと酒や料理などをゆっくり口に運びながらくつろぐ、飛鳥山に集う人々・・・どこからか、花見客の誰かが弾いているらしい三味線の音が流れてくると、他所の人がそれにあわせて唄ったりなかには踊り出す者もいたりして花見客の気分は盛り上がります。いつになく楽しげな大人たちに、子どもたちも嬉しくてたまりません。風に舞う桜の花びらを追ったり、青々とした下草の上に寝転がり、着物の前がはだけるのも構わずにゴロゴロと転がってみたり。そんな子どものうちの一人が遊ぶのに飽きたのか、まだ良く回らない舌で、「お父っつあん、まだ?」と言えば、母親らしい町女房姿の女が「もうじきに帰ってきなさるヨ。 そしたら、お昼にしようねえ。 サ、長吉、こっちおいで」男の子の名を呼んで自分の丸い膝の上に乗せました。桜の木の下に敷かれたゴザの上、母子の傍らには弁当らしき包みが置かれてあります。どうやらこの母子は、”お父っつあん”なる男を待っているようですが、この長吉と呼ばれた男の子は桐屋の総領息子でその母親は、あのおトメなのです。菊坂町のおシカ夫婦のもとへ客として通いつめた丑蔵は次第に夫婦の心を掴むことに成功し、そこで初めて自分の素性を明らかにしました。そしておトメを女房にしたいと胸の内を明かしたのです。もちろん、おトメが自分の妾だったことなどおくびにも出しません。そのあたりはい良いように取り繕い、おトメとは昔からの知り合いで女房にしようと考えていたし、これから先おトメが昔の事や自分の事などを一切思いだせなくても、その気持ちは変わらない、女房にしたいと訴えたのです。それを聞いた老夫婦がおトメの過去につながる人が現れたことを大いに喜び、おトメの説得にかかったのは当然のことでした。おトメにとっても丑蔵が言った、過去にこだわらないという言葉は心強いものだったに違いありません。 ・・・・・・・惚れ薬(八十四)にほんブログ村ランキング参加中このお話し、こちらが第一話めとなっております。途切れることなく続けてご覧になれます。