小口径のオロール38mmとイソゴン40mm【S.O.M.べルチオについて】
元来がへそ曲がりなので、人気のない雑草みたいなレンズが好きである。所で、ステータスと欲望がむき出しの、大口径レンズという言葉や表記はあるけど、小口径レンズという表記を見たことが無いのはどういう事だろうか。昔は、こういうf値の暗いレンズは人気が無くて、以前引っ張り出した、ズマロンやオルソスティグマートもそうだけど、カメラ屋では場所塞ぎだったので安かったのである。手元に典型的な、小口径のエクサクタ・マウントのレンズが2つある。仏・SOMべルチオのオロール38mmf5.6と、独・シュナイダーのイソゴン40mmf4.5。フランスは写真の黎明期に、ニエプス、ダゲール、バヤール、シュバリエ、といった先達により、今に続くまともな写真術を確立させた国であった。どうも今でも、古いフランス製のレンズというと、何か貴族的というか、他の国の理詰めだけで作られたレンズとは違い、科学的な理屈よりも中世の錬金術から続くような勘や伝統の方を重視したかのような、独特のイメージがあって好きだ。今でいうスチームパンク・レンズだな。SOMべルチオやエルマジーといった老舗のフランス製レンズに関して、余り日本語の資料がないのは、明治期以降は既に伝統と経験を重視したフランスの光学は時代遅れで、科学を武器に先端を行く、ドイツを崇拝した日本の光学界にも原因があると思われ、歴史の隅に追いやられて殆ど馴染みが無いためと思われる。SOMべルチオのSOMを、よくソンとかサンと表記していることが多いけど間違いだ。 ―> S.O.M. 【エス・オ・エム】(Société d'Optique et de Mécanique de Haute Précision)意味は、光学と精密機械の製造会社という所だけど、フランス語でも英語でも「ソム」が正しい。べルチオの沿革は大体以下の通り。写真用の光学レンズの為に、1857年にラクール・べルチオ氏によりスタート。1908年に有限会社となり、第一次世界大戦前夜に社名のべルチオの前に、例のS.O.Mが付けられ軍需産業へも関わっていった。1934年にフランス光学の名門フルーリ・エルマジーを買収、パリにあった2つの工場は1000人を超す大所帯となり、1950年代にはフランス最大の光学機器メーカーであった。1965年には、OPLと統合してSOPELEMになっている。べルチオの写真レンズの主力だったと思われる、一番種類の多いエクサクタ・マウントに関しては、日本版ウィキペディアには数本しかないけど、実際には同じスペックでもバージョン違いがあるらしく、細かいのも入れると、20を超えるレンズを作っていた。フロールを主に担当したのは、シャルル・フローリアン氏であり、他にムービー用のパン・シノールを担当したのは、ロゲール・クヴィリエール氏。Monture Exakta(エクサクタ・マウント)38 mm 1:5,7 Olor40 mm 1:3,5 Flor50 mm 1:2,8 Flor à 6 lentilles50 mm 1:1,5 Flor à 7 lentilles55 mm 1:1,5 Flor59 mm 1:5,7 Olor65 mm 1:5,7 Olor75 mm 1:2,8 Flor75 mm 1:2,8 Flor77 mm 1:3,590 mm 1:2,8 Flor100 mm 1:3,5 Flor105 mm 1:2,8105 mm 1:2,8 Flor145 mm 1:4,5145 mm 1:4,5145 mm 1:4,5 Cinor B145 mm 1:4,5 Flor150 mm 1:5,5150 mm 1:5,5150 mm 1:5,5 Téléどうやら、オロールというのは、f5.7のレンズの名称で、59mmと65mmなんて、エクサクタのファインダーでピントを合わせられたのだろうか。手元にある準広角の38mmとなると、なおさらピントの山が分からないので目測でしか使えない。今に残るべルチオの持つB級の描写というのは、写真黎明期に上流階級に好まれる独特の描写を誇った、往年のシュバリエやエルマジーの時代からの伝統を受け継いだレンズなのだと理解してみると、これはもう、わざと作っているとしか思えない。冷静に科学に徹して台頭目覚ましいドイツに対抗したフランスの意地というか、ガチガチに写るレンズではなくて、芸術的な描写で勝負に出たという可能性もあり得ると思う。レンズ好きにとって、この中でべルチオ製のエクサクタ・マウントで目ぼしいものは、大口径の50mmと55mmくらいではないだろうか。今では珍品扱いで高価なレンズを使って実写した写真を見ても、本音で言えばB級どころかC級と言っても良いレンズである。本当の所は分からないけど、べルチオのレンズを余り見掛けない理由は、古臭い芸術的な描写など理解されることもなく消えて行ったという所が、事実ではないかなと思ったりしている。同じようなスペックの、フランスとドイツのレンズ2本を並べてみる。どちらも曇りを生じていたので、自分で一度バラしてクリーニングしてから撮影してみたけど、鏡胴の造り込みは、内部まで見事な50年代のそれである。とても二線級の安いレンズとは思えない。作例は全て銀塩写真SOMべルチオ38mmf5,6の作例1手前のソバ畑と奥には稲刈りの始まった田んぼ。周辺が暗く落ちて、しかも流れるという独特の写りで面白い。色味も独特でトイカメラレベルというと言い過ぎなので、アジェの写真のようだとしておこう。昔、曇ったまま試写した時の記憶も含めて、レンズの組み方の問題ではなく元からこんなものだと思う。SOMべルチオ・オロール38mmの作例2曇天の畑の一角も、オロールで撮ると面白い。シュナイダー・イソゴン40mmf4.5の作例(銀塩写真)稲刈り途中の田んぼ。40mmは準広角というよりは、準標準と言った方が良い。ドイツのシュナイダーは、安い小口径でも手を抜く事はない。ちゃんと普通に写る。