テーマ:九州発見♪(525)
カテゴリ:九州ぐらし
南関町(なんかんまち)という町名は古代よりこの地に置かれた関所に由来するそうです。
筑後国と肥後国の国境という交通の要地に位置し、この町を通る豊前街道の関所と南関番所が置かれていました。 この道が豊前街道になるようですね。 豊前街道とは、肥後・熊本(熊本市)を起点として北上し、植木・山鹿から南関を経て豊前・小倉(北九州市)に至る道の熊本での呼び方だそうです。 こちらは南関町公民館の裏にある坂道です。 この坂海の上にあるのは、「史跡豊前街道南関御茶屋跡」だそうです。 標石柱も建立されていました。 この御茶屋跡は、1852年(嘉永5年)に建てられたもので、参勤交代時に藩主の休憩所、宿泊所として用いられた建物だそうです。 だから、一般庶民が道中に立ち寄って、お茶と団子を食べていた施設ではありません。 当時の建物構造を残していることから史跡に指定されたようです。 なかなか渋い建物ですね。 さらにこの近くには、南関城跡(鷹ノ原城跡)呼ばれる遺構が残っいます。 この城は、慶長5年(1600年)加藤正次によって築かれたと伝えられ、加藤正次は加藤清正の家臣で大津山城代であったが、慶長5年(1600年)鷹ノ原城を築いて居城としたそうです。鷹ノ原城の築城にあたっては築城の名手、加藤清正が縄張りしたと伝えられています。元和元年(1615年)一国一城令によって廃城となりました。 この丘陵が、鷹ノ原城のあったところです。 南関町、時間をかけてゆっくり散策すると色々と発見のありそうな町でした。 【了】 人気ブログランキング 「なんかん」突破(その3) 豊前街道 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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