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祈りと幸福と文学と

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もず0017

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もず0017@ Re[1]:「盆トンボ」表彰される(03/11) obasan2010さんへ ありがとうござ…
obasan2010@ Re:「盆トンボ」表彰される(03/11) 「盆トンボ」の表彰おめでとうございます!…
もず0017@ Re[1]:「狼の女房」 「ふくやま文学」第36号に掲載(03/02) 象先生 メアドは変わってないのですが、…
象さん123@ Re:「狼の女房」 「ふくやま文学」第36号に掲載(03/02) もずさん 届きました。ありがとう。以前の…
もず0017@ Re[1]:「狼の女房」 「ふくやま文学」第36号に掲載(03/02) obasanさん ありがとうございます。早め…

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2018.11.21
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>>その一 から読む

 カン、カン、カン、と鉄の階段をのぼるヒールの音が聞こえた。

 キッチンのミニ・コンポに、モンクのCDを入れて、再生ボタンを押した。

 ほぼいつもの時間どおりに、ドアが開き、袖が透けているグレーのロング丈のTシャツに、黒いスキニーのパンツ、首には金のネックレスを下げた、マミーが帰ってきた。

 キッチンに溢れるコーヒーのにおいと、モンクのピアノの音色に、マミーは満足そうに、グロスを塗り過ぎた唇の端を上げた。

「おうちに帰ると生き返った心地がするわね、マイ・ボーイ」

 マミーは僕を抱きしめた。

「一人で寂しくなかったかしら」

「大丈夫だよ、マミー」

 マミーは早足に、自分の部屋に入っていった。
 僕はカップにマミーの分だけコーヒーを注いだ。

 しばらくして、白いTシャツとジーンズに着替えたマミーが、キッチンに戻ってきた。
 マミーは優雅に、ブロンズの後ろ髪をたくし上げ、僕が椅子を引くのを待って、腰をおろした。

 コーヒーの香りを嗅ぐ。

 また裕司の母親の、金切り声が聞こえた。

「相変わらず、品のないサル一家ね」

 マミーはコーヒーを、一口すすった。

「いっそ傷害罪で捕まればいいのに」

 僕は返事をしなかった。

 遅番の日、マミーは、夕食を介護職場で、利用者と一緒に済ませて帰ってくる。
 だから、日勤の日のように、ランチ・ボックスを洗う必要がない。

「サルは進化しないものね。
 あそこの子ザルは、今でも顔に痣をつけて、学校へ通ってるの?」

「コーヒー、おかわりは?」

「ありがとう、いただくわ」

 マミーのカップに、ジャグのコーヒーを注ぐ。
 さっき叩き潰したゴキブリの翅を、僕は思い出した。

「明日は夜勤ね。朝のうちに恭ちゃんのパンツを買っておかなきゃ。みんなゴムが緩んでるものね」

 ついコーヒーをこぼしてしまった。

「いいよ、自分で買うから」

「あら、あなたのパンツは、ベビーの時から、ずっとマミーが決めてるのよ。
 大丈夫。前にデパートで、これを買おうって決めたのがあるから。
 子どもらしくて、伸縮性もあって、清潔よ」

 テーブルを拭いた。
 布巾と、空になったジャグを洗おうと、僕は流し台に立った。

「あなたはそこらの不潔なサルの子じゃないもの。
 東海岸の子どもにふさわしいパンツじゃないと」

 スポンジに泡を立てる。

 行ったこともない「東海岸」よりも、「不潔」という言葉にひっかかる。

 僕が小学五年生だった、春のことだ。
 アパートの階段の軒に、ツバメが巣を作った。

 ヒナが孵り、親ツバメが虫を運んでヒナに与える様子を、僕は楽しみに観察したものだ。

 ところがある日、マミーが柄の長いモップを持ってきて、巣をヒナごと、叩き落としてしまった。

「だって、糞をしたら不潔でしょう?」

 それ以来のことだ。
 マミーの「不潔」という言葉を聞くと、まだ羽毛の生えない、肉色の翼を弱々しく打ちながら、コンクリートの上で弱っていくツバメのヒナを、連想するようになったのは。

 気付くと、マミーがそばに立っていた。
 空になったカップを置いて、うしろから、マミーは僕の肩を抱きしめた。

 ぞっと泡肌が立った。
 マミーのブロンズの髪が、僕の首から胸のあたりにまで垂れた。

「あなたは、マミーの言うことを聞いていれば、それでいいの。
 あなたがどんなにキュートなベビーだったか、担任の若い英語教師、山本だったかしら? まともなロマンスの一つも経験してない、あんなサルに、わかるはずがないもの。
 恭ちゃん、あなたはいつまでも、マミーのスイート・ベビーよ」

 ふいに、大声を出したい衝動にかられた。
 テーブルをひっくり返し、食器棚を倒し、狂人のように暴れて、マミーの顔を蒼白にしてやりたくなった。

 大きく息をして、僕は、マミーの手に、手を重ねた。

「わかってるよ、マミー」





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Last updated  2018.11.29 22:46:58
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