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猫のおきて

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2007.02.22
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テーマ:俳句!(10)
カテゴリ:節気の猫句
 このたびの「雨水の猫句会」に沢山のご参加、選者一同御礼申し上げます。以下、甚だ僭越なのですが、前回同様投票させていただきました。以下、発表いたします。

●方式のご説明
・選者1人が基本的に5句選句、1位「天」、2位「地」、以下「人」。同一人の句から、複数句選ぶのもOK。
・その回の宗匠を担当する選者の持ち点を高くし、「天」5点、「地」3点、「人」を1点、あとの二人の選者は「天」3点、「地」2点、「人」1点。今回の宗匠は羅宇師です。
・3人の選者の合計で特選を決定。

●結果

○特選
     雨水暮る嫁がぬ猫の家にゐて   今日子さん

○準特選
     涅槃会や一期の猫と増上寺   ヨリさん

○次点
     春雨を避けて通るか猫の道   喜知さん


●各選者の選句・選評

○「雨水」の投稿句の印象  羅宇

「雨水」という季感はあまりなじみがないと思います。
 前後を「立春」と「啓蟄」というメジャーな「節気」に挟まれているので、見過しがちだし、句に詠み込むにも「材料」が少なくて苦労されたのではと思います。

このハードルをクリアしていると思われる作品をピックアップしてみました。

雨水の日どろ足叱られ猫家出
春雨を避けて通るか猫の道
雨水暮る嫁がぬ猫の家にゐて
涅槃会や一期の猫と増上寺
雪解けのしずく数える目や耳や
雨の日はとっても眠い春の猫

<天>
    雨水暮る嫁がぬ猫の家にゐて   今日子

 当家に通って来る猫の母娘も避妊手術を済ませているので、「春」が来てもこれといった変化はなく、「猫の恋」という季語に詠まれてきた喧騒とも無縁に暮らしています。猫の本来あるべき自然の一部を奪うことによって、猫と人との共生を図ることに、人のエゴの後ろめたさを感じることもあります。「雨水暮る」と言い切ることで、暗い光が「嫁がぬ猫」の哀しみを浮かび上がらせ、読み手の胸に迫ってきます。

<地>
    春雨を避けて通るか猫の道   喜知

「春雨じゃ、濡れて行こう」という月形半平太がふと脇を見ると、一匹の猫が小走りに雨を避けてどこかに消えていった、と読みました。春雨に濡れることを風流だと思う人間と、春雨だろうが雨に変わりはないのだから濡れるの嫌だ、と思う猫との落差が、諧謔味を出していると思います。

<人>
    涅槃会や一期の猫と増上寺   ヨリ

 少し難を言えば、「涅槃会」「一期」「増上寺」といった堅い言葉が揃って足が止まるというか、類想的な気がしました。涅槃会は涅槃図をお寺で見ることが主眼なので、涅槃図に焦点を当てた方が面白い詠み方ができるのでは? 試しに涅槃図で詠んでみました。

涅槃図の猫は久遠に眠られず

 歳時記には以下のような句もあります。

座る余地まだ涅槃図の中にあり    平畑静塔
涅槃図に俗気如きも漂えり      相生垣瓜生
涅槃図の人ことごとく大頭      藤田湘子
象も来てゐる涅槃図の重さかな    西場栄光


   雪解けのしずく数える目や耳や   ロドリーグ。

 屋根に降り積もった根雪が雫となって解け出しているのを猫が見張っている、という民話の味わいがある作品です。ただ下五の「目や耳や」は「目と耳と」としたほうが語感が良いと思います。


   雨水の日どろ足叱られ猫家出   野乃

 中七の「どろ足叱られ」が説明的で語調も良くない気がします。泥足のまま家に上がって来て、足の裏を舌で舐めている猫が、足跡を拭き取ろうとするモップに驚いて飛び出していった、と見立てて

雨水の日モップに追われ猫家出

としてみました。


   雨の日はとっても眠い春の猫   眠り姫

この句も中七の「とっても」が抽象的(作者にとっては主観的)で曖昧です。「猫はどのくらい眠いのか」を客観的に表現する必要があります。

雨の日は重たい眠り春の猫

「晴れの日の眠りは軽い」の対して「雨の日の眠りは重い」としました。雨の日の猫の毛は、水分を含んでいて少し重たく感じるので。


○沖原椎茸 選

<天>

   涅槃会や一期の猫と増上寺   ヨリ

「涅槃会」とは釈迦が亡くなった日である陰暦二月十五日(「雨水」の頃ですね)に行われる大きな行事のことです。このとき寺院に飾られる絵画「涅槃図」には死の床に就く釈迦と、その元にかけつけたたくさんのお弟子さん、多くの鳥獣までも描きこまれています。ただ、残念ながら猫は「入滅に間に合わなかった動物」とされており、伝統的な涅槃図では残念ながらあまり描かれないものであります。とはいえ、時代を下った作品では、猫たわけな絵師の活躍により猫の姿も見ることができるようになってきています。

 前置きが長くなりました。さて、そんな「涅槃会」という季語を媒介に寺院でのたまさかな猫との出会いを詠んだこの句は、季節とも背景ともよく馴染んだ佳句です。

<地>

   雨水暮る嫁がぬ猫の家にゐて   今日子

 しとしとと降る雨の音を、同じ屋根の下、飼い主と猫が聞いています。
 飼い主の指先が冷たくなってきました。猫はひときわ丸く体を縮めます。
 春だというに、今年はそんなに大人しいのは、やっぱり手術をしたからで。
 飼い主として当然の行いではあるけれど、この猫にしてみればどうなんだろう。
 生活をともにすること、カリカリのキャットフードを出すことはどれほどのかわりになっているのだろう。
 しかし、猫に聞いても答えることはなく、夕暮れが進んでいきます。

<人>

   春雨を避けて通るか猫の道   喜知

 降り始めた雨。もう今日のパトロールに飽きはじめた猫は、自分だけが知っている車の下やガレージをくぐって帰っていきます。何もかも自足しているかのような姿で。


 今回は、雨水の猫句への多くのご投句、本当にありがとうございました。
「雨水」という季語はあまり馴染みのあるものではなく、ご苦労なさったかと思います。
 その時期の風物を捉えて詠みこむと、いくぶん作りやすいのではないでしょうか。

 なお、季語を二つ以上使う「季重なり」の句があったことが、少々気になりました。
たとえば、「寒し」と「炬燵」、「春風」と「梅の花」、「流感」と「餅」(これは「見立て」ではありますが)

 俳句の「五・七・五」はとても小さいものです。ただの「五・七・五」を俳句として成立させているものは季語の持つイメージ喚起能力に負うところが大きいのですが(無季についてはまたの機会に)一句の中で二つ以上の季語を一度に使ってしまうとき、イメージはどうしても散漫になってしまいます。

 季語は、あえて一つに絞ってみてください。
「どうしても二つ以上の季語が出てくる、でも詠みたい」
 そこから工夫がはじまります。省略したり消したり言い替えたりして、その句にぴったりくる言葉をさがしてみてください。楽しいですよ。


○馨歩 選

<天>
   雨水暮る嫁がぬ猫の家にゐて   今日子

 春先、雨もよいの夕の、物憂げな空気。恋の季節なのに、“手術”を受けた猫は、外を出歩いて鳴き交わすこともなく、家の中の自分の場所でひっそりと香箱を組んでいる、しんとした光景。こんなときは、猫に“手術”を受けさせ、生き物としての自然の営みから切り離した自分の咎を、胸の痛みも新たに感じずにはいられない……そんな、人が、猫をはじめとする動物を「飼う」ということに避け難くついて回る、「痛み」を描いて秀逸な句だと思います。

<地>
   涅槃会や一期の猫と増上寺   ヨリ

 涅槃会は釈尊入寂の忌日。陰暦の2月15日の他、新暦の2月15日、また一月遅れの3月15日あたりに法会が行われますね。春の農事の取り掛かりの日としている地方もあるとかで、植物を目覚めさせる雨の降る「雨水」の季節感と重なります。釈迦入寂の場には、弟子の他にも多くの禽獣が集まってその死を嘆いたと言われているので、猫が詠み込まれているのもぴたりとはまっていて、作者の季語への知見の深さを感じます。そして、寺巡りで猫に出会うのは、多くの猫構い人の皆様が経験していること。さらりと詠んで過不足のない、手練の句だと思います。

<人>
   雨水の日どろ足叱られ猫家出   野乃

 廊下に残る、土色の梅模様。いや廊下ならまだいいですが、座布団の上などだと、つい「こら!」の声。そんな声に猫は逃げろとばかりに外へ。そしてまた帰ると再びのどろ足。帰って来た猫を、雑巾を持って追いかけ、うるさがられる雨の日です。もうちょっと言葉を整理すると、もっとリズムが良くなるような気がするのですが、そのへん、羅宇師の添削に期待します。


   雪解けのしずく数える目や耳や   ロドリーグ。

 屋根の雪が解け、軒先から滴り、跳ねる水滴を目で追い、またその音にも興味津々で三角の耳を向ける窓辺の姿。雪の照り返しで一層眩しい、明るい朝の光景が思い浮かびます。


   春雨を避けて通るか猫の道   喜知

 夜半、雨の中を帰ってきた猫。でも、不思議なことに毛並みは濡れていません。危険や不快を上手に避ける、猫の、生き物としての知恵を感じる瞬間です。「か」としたところに、猫の計り知れなさに対する驚嘆と賞賛が滲んでいるのを感じます。


 今回は、雨水というなじみのない節気での句で、苦労、呻吟も一入だったと存じますが、それでも多くの御投句、本当にありがとうございました。
「雨水」自体でなくとも、「バレンタインデー」「入試」「涅槃会」など、その頃の事象、風物を読み込んでいただき、15日毎の短いスパンで巡る季節感にフォーカシングしていただき、企画者として嬉しい限りです。

 で、前回の繰り返しになりますが、また季語のことを。
 投句で「花びら」が詠み込まれた句がありましたが、花の種類を限定しないで単に「花びら」だと、俳句の世界では自動的に「桜の花びら」のことになるので、陽春の季節感なんですね。梅や黄梅、マンサク、サンシュユなど、早春の花の花びらとして特定されていると、もっとイメージがくっきりと立ち上がって来ると思うのですが。
 今回俳句を始められた方も、どうか一度でも、ご自分の手で歳時記や季寄せを開いて下さいまし。必ずや、季語の豊かな世界を垣間見られ、ご自身の俳句世界が広がることと思いますので、ぜひ。
 そして前回同様、選句はあくまで当方の好み、趣味に過ぎませんので、鷹揚にお受け取り下さいまし。和歌山ラーメンよりも尾道ラーメンが好きとかそのくらいのことですから、和歌山ラーメン好みの方は、無理やりお合わせになることは、全然ないのです。
 次回も、どうかご自分らしい句風で、投句宜しくお願い致します。





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Last updated  2007.02.22 19:08:10
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