『八千代集』岡田八千代:ゆまに書房
洋画家岡田三郎助の妻にして芹影女の筆名なる劇評家の短編集。大正文学と言えば芥川龍之介が代表格だが、こういう女性作家も少々甘いが捨て難い。もっとも主人公の群像は「腐っても鯛」を地で行くような、意地っ張りの姿がよく目立つ。「紅雀」AはBが自分を想って死んだと思い、Cに焦がれる自分自身を許せないでいる。CはDに好意を持ちつつ、Aの告白に心が揺れている。DはCに好意を持ちつつ、Bが自分を恋いながら死んでいったことをAに対して済まないと思っているが告白できない。というように骨子を見るとまるで武者小路のように甘い青春小説だが、文体によって救われている一編。「お伊勢」芝居好きの人妻の、役者への儚い想い。「夢子」うらぶれた美人母娘の半生記。落ちが唐突。「仮装」仮装は仮想に通ず。この時代はまだ姦通罪というものがあった。「青い帽子」「仮装」と同じ主人公。早稲田大学の学生が出てくるのが個人的に萌え。大友伯爵は大隈侯のことか。「横町の光氏」落ちぶれた相場師が三羽ガラスでなんとやら。「堂島裏」堂島と言えば江戸時代は米相場。これも無為徒食の若旦那の話。「雨」雨の日に駅で見た貧しい姉弟のスケッチ。「鷹の夢」一富士二鷹三茄子。苦しい家計を自分の原稿料で何とかやりくりしていこうとする主人公は、作者の分身だろうか。「余計者」余計者と言えばロシア文学で、本編にもそのモチーフが使われている。知恵の遅れた美しい姉というのは実姉をモデルにしたのだろうか。もっとも余計者は当の本人なので、この時代にこんなW不倫ものを書いてよく発禁にならなかったな、と思ったら、大正デモクラシーの時代だった?「うつぎ」戦死した父の墓参りに広島まで来た人妻が、独身だった万年下士官の書生にあてた書簡。名前が岡村千代子となっているから、家族関係は半自伝的なものも混じっているのだろう。「灯」Bという人妻がAを慕って家出した。Bの友達のCは、Bの消息をネタにAと会い、Aを誘惑しようと思っている。AはそんなCの下心にうんざりしつつ、情婦のDのところに行かなければと気ばかり焦っている。「駒鳥」誰が殺した、クックロビン…昔は肺病で死ぬ人が多かった。「お伊勢」のネガのような掌編。「指輪」これがおそらくもっとも自伝的色彩の濃いフィクション。若くして死んだ父、知恵遅れの姉、鷹揚で無頓着でだらしない母…物語はこの母親を中心に展開するが、末っ子の「冷たい」娘こそ作者そのものだろうと思われる。↓以下本編とは別だが紹介まで。【中古】 たけくらべ・にごりえ 角川文庫/樋口一葉(著者),岡田八千代(著者) 【中古】afb