東アジア大戦。その191。大虐殺。
御伽噺第191話です。「はじめまして」 美雪は言葉に含みをもたせていった。この間の6人とあなたは別人でしょう、と暗に問いかけたのだ。果たして彼にはそれが通じた。「あなたは“はじめまして”でしょうが私は既に会っています。あなたがベッドで眠っているときにお部屋にお邪魔しました」豊聡耳は背負ってきた大きなリュックをおろした。そして中からお菓子の袋を取り出した。はい、おみやげと子どもたちに差し出す。いつもなら大はしゃぎでもらう子どもたちも今日はおとなしい。豊聡耳は一番背の高い少女の手を握ると、その手にお菓子の袋を握らせた。「さ、あっちで食べておいで」 豊聡耳が促すと子どもたちは緊張した面持ちのまま走り去っていった。「さて、ご用件は何でしょう?」 と、美雪がたずねた。「いや、あなたと結婚しようと思ってね」 と、豊聡耳は照れ笑いを浮かべながら言った。冗談か、と美雪は思った。自分は人殺しなのだ。それを仕事として大勢の人間を巻き込んだ。自分の人生は汚れきっている。例のごとく黙っていると、これまた例のごとく豊聡耳は勝手に話を続けた。「あなたが意外に思うのも無理はない。あなたは人殺しの極悪人だ。その性(さが)は今生の間、消えないでしょう。しかし、だからこそ私はあなたと結婚し、子孫をもうけようと思っています」 美雪は黙っている。が、明らかに心の臓の鼓動が波打ち出した。美雪は美人でスタイルも抜群、魅力的な黒髪の持ち主である。今まで数々の男たちを虜にしてきた。そしてそれを自在に操ってきた。美雪の優れたところは、たぶらかした相手の恨みを全く買わなかったところだ。そのコツの一つは、肉体関係を結ばないことである。銀座の売れっ子ホステス同様、徹頭徹尾サービス精神を発揮して男の自尊心を満足させた。不思議なことにそうすると大抵の男は美雪の手を握るだけで満足する。同時に複数の男を使っている時も全く問題にならなかった。それどころか男同士が美雪のファンと言う絆で結ばれることもあった。強力なチームができる。その美雪の強い自制心によって、美雪は誰よりも深みのある美しさと気品を演出していた。それに目の前の豊聡耳もたぶらかされたのだろうか。が、それならなぜ、美雪をこんな辺鄙なところへ飛ばすのだろう。南京に置いたままの方が、すぐさま手込めにできただろう。どのみち心を奪うことは無理なのだから。天皇家のすることはわけの分からないことが多すぎる。例の沈黙を続ける美雪の前で豊聡耳は話を続けた。「天皇家は自ら手を汚さない知恵をたくさん持っています。それはあなたも一緒でしょう。あなたもあなたの組織を作り上げ、自分の手を汚さない術を身につけました。いわば、私たちは似た者同士なのです」 豊聡耳の“似た者同士”という言葉に美雪ははっとさせられた。意外な言葉だった。「私たち一族は、日本では“天皇陛下”として敬われてきました。高貴な存在です。が、私たちほど極悪非道な一族もいません。何世紀にも渡って多くの人々を犠牲にして我々は使命を果たしてきました。今回の東アジア大戦もそうです。私たちは秘術を駆使して戦乱を東アジアに引き起こしたのです。なぜなら私たちの使命は自然の僕であり、その絶対的な存在である“自然”が、私たちに殺せと命じたからです。これに従い我々は多くの人々が命を失うきっかけを作り出しました。あなたが小金で人を殺すのと同様に、私たちも人を殺しているのです。そして、あなた同様、私達も自らの手を汚しません」そこまで言うと豊聡耳は黙った。美雪も話さない。そのまま二人とも黙ってその場に立ち続けていた。が、美雪の思考はめまぐるしく回転している。天皇家が今回の騒ぎの大元締めだった。「サトヤマ」システムを広げるために裏で様々な陰謀を張り巡らしていたのだ。東アジアに大戦争を引き起こし、大勢の人間が死んだ。美雪の一人二人を始末する暗殺などとまるで規模が違う。そのとき美雪は気がついた。人が生きていくのは人を殺すためだ。人を殺すことは人が生き続ける上で必要なことであり、誰かがやらなければ行けない“最高の仕事”なのである。だからか、と美雪は思った。豊聡耳は美雪の中に自分たちと同じような血が流れていると感じているのだろう。豊聡耳は目をつぶってじっとしていた。突然、美雪にも理由が分からなかったが、体の奥底から何かがぐんぐんこみ上げて来た。初めての感覚である。美雪は目を潤ませながら豊聡耳を見つめた。胸の鼓動が激しくなって来る。息が苦しくなった。どうにもたまらなくなって美雪は豊聡耳の体に抱きついた。抱きついたとたんに体の溶けるような思いがした。ひどい臭いがするはずの豊聡耳の体に美雪は吸い込まれるような感覚に陥った。二人はむさぼり合うように唇を重ねた。続く。