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2009.08.20
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カテゴリ:現代社会
 マレーシアはイスラム教徒が多く住む多民族国家になる。一番多いのはイスラム系のマレー人、それに仏教徒の中国人とヒンズー教徒のインド人が共存する社会になっている。国家の裁判所とは別に、イスラム裁判所が宗派の規定に反する行為を裁くことになる。多宗教国家の法律は複雑な体系にならざるを得ない。キリスト教徒や仏教徒が飲酒しても罪に問われることはないのに、イスラム教徒だけが犯罪になるという法体系を理論的に構築するのは難しい。さらに、刑が鞭打ちとなると野蛮な行為だと人権団体から批判される。
 近代法では、処刑などは非公開で行われることが多い。処刑の公開を望む人々も多く、イラクのフセイン大統領の処刑が密かに撮影されて公開されたのも、復讐を遂げるという思いが強いからだろう。足や手首を切断するという残酷な処罰も近代法成立までは行われていた。
 今回の事件がイスラム社会を揺るがしているのは、女性が鞭打ち刑の公開を望んでいるという事実だろう。イスラム法の前近代性を世界中に訴えるという発想に驚いたからになる。つまり、イスラム法体系への挑戦が根底にある。「同じ国民なのに、なぜイスラム教徒だけが飲酒を罰せられるのか。近代法で鞭打ちという罰が認められてよいのか。イスラム教徒であれば、外国人であってもマレーシアの法律で罰せられるのは正しいのか」などぶつけることに狙いがある。
 裁判官や刑の執行者たちが悩まされるのは、イスラム法体系が根底から問われる事実にあるのだろう。ムハンマドの時代にコーランに書かれたことを、そのまま現代に持ち込むことは難しい。倫理観や思想が違いすぎる。それを調和させるのがイスラム法学者の役割になっている。コーランそのままでなく、現代に適応させた解釈を説くことがイスラム法学者の役割だろう。国家の法律があるのに、別のイスラム法体系が並存することの是非を問われてくる。
 中世のような鞭打ちを行うわけにはいかない。といって、尻を軽く叩いただけでは罰にならない。世界中の人権団体もマレーシアを監視している。イスラム法廷存在の正しさと合理性を納得させないと、法体系だけでなく、イスラム社会が揺さぶられる。原理主義者が権力者によって迫害されるのも、コーランの教えを現代社会に適用させるのは生易しくないことを示している。マレーシアは難しい問題を抱え込んだことになる。





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Last updated  2009.08.22 09:11:43
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