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2005年06月25日
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しかし、どこに行っても必ず道楽者はいるもので、V-oneにはビバヤングとはまた一風違った道楽者がおりました。
V-oneの道楽者、DJエディとテリーの二人とは割とすぐに馴染めましたが、ラリーとはさほど打ち解けるほどの仲にはなりませんでした。
後で知ったのですが、ラリーはあの関西弁のおっさん“ベル”と一緒に大阪からやってきたそうで、年齢も委員長よりはちょい上でした。
もひとつ驚いたのが、ベルは元板前で、このV-one にもしばらくの間厨房で働いていたとのコト(いやーなんかしら縁があったんやねぇ)、なんでも、ベルはフライ用の油を温めるため火をつけたまま買い物に出てしまい、キッチンで小火を出してクビになったという強烈なエピソードの持ち主でもありました。
ひょっとして、あの時ビバヤングに来たのは職探しだったのかなぁ、などと思ったりした委員長でした。

さて、委員長も仕事中に堂々と踊りの練習に励みつつ、だんだんとV-oneテイストに馴染んでいったのでした。
ところが経営者側としてみれば、体制建て直しのために人事異動を行ったのですから、今までどおりのやり方がそのまま続くわけがありません。
キャバレー上がりの支配人梅ちゃんは、しばらくするとホールでの踊りを禁止し、ビバヤング仕込の顧客サービス(サパーのマナー)を徹底させるような指導が入りました。
今までのやり方とは正反対のキャバレー(軍隊)方式になれば、従業員全員が叛旗を翻すのは目に見えています。
まずターゲットとなったのは、キャバレー上がりの長髪にーちゃん。
しかしこの人、なんでディスコなんかに就職したのかよくわからないあんちゃんでした。
喫茶店にでも行ってりゃ良かったものを、なんだか気力の無いこんにゃくのような性格でした。
で、結局は梅ちゃんに怒鳴られてクビ。
何が理由で怒鳴られたのかも正直言って思い出せませんが、支配人室で梅ちゃんに怒鳴られて涙流しながら退店していったことだけがはっきりと記憶に残っています。

続いてラリー。
彼の場合はちょっと陰湿で無口な方でしたから、梅ちゃんを無視することで抵抗しましたが、結局は自分から辞めていきました。
辞めるときのラリーは、梅ちゃんに最後の復讐、怨念の一発というかイタチの最後っ屁というか、梅ちゃんの晩飯の味噌汁に小便入れて飲ませちゃったんですから、いくらなんでもやり過ぎと言うか、ひでぇ奴でしたね、まったく。

さらに厨房のチーフ、見た感じは青年サラリーマン、どう見てもコックさんには見えない長身の無口なお兄さんでしたが、誰が教えたのか仕事中にシンナーを吸わせたもんだから、厨房でラリって座り込んじゃった。
もともと梅ちゃんとは肌が合わないチーフでしたから、たまたま厨房に入ってきた梅ちゃんに怒鳴りつけられて逆上、目の前にあった包丁を握りしめてキッチンのカウンターをくぐろうとした途端、そりゃもう、もの凄い勢いで梅ちゃん厨房から飛び出して行きました。
誰もが内心「ざまーみろ」ってな感じでしたが、この時の逃げ足の速さは天下一品、たいしたもんだと感心した委員長でした。
この梅ちゃんですが、外見は勝新太郎を二回りほど小さくしたような体つきで、顔はまさにネズミ顔、チョット見た感じは強面やくざ風ですが、意外と小心者のアホなおっちゃんでした。もともとはN観光の車輌部、運転手あがりですから、人を使う仕事にはあまり慣れておらず、ビバヤング時代も店長あっての支配人ってな役どころでしたから、元々は頭に立つタイプの人じゃなかったんですね。まあ、それでもワカバヤシ主任という温厚な部下が居たので、なんとかかんとか支配人で収まっていたわけです。
これで厨房のチーフも居なくなり、残されたのはDJエディと委員長の社員二人、テリーとM浦さんのバイト二人、これにレジのおばちゃんとワカバヤシ主任、梅ちゃんの7人となったわけです。

当面、厨房が居ないと営業になりませんから、階下のキャバレー・クインビーでアルバイトをしていた台湾人留学生の若者を引っ張り上げ、あとは社員募集をかけたのでした。
ここでやってきたのがアイザワ君という18歳のアフロ小僧でした。
特別SOULかぶれってコトでもなく、単なる目立ちたがりのアフロ少年でした。
使う方にとってみれば新人の方が随分と使いやすいわけで、過去の悪い習慣を一掃して体制を立て直そうってなことでした。
そんなある日、委員長を訪ねてもうひとりのアフロ小僧がやってきたのです。
久我山のバカ軍団のひとり、ヒデトでした。

フロントでしょぼくれた顔をして立っていたヒデト、委員長の顔を見るなり今にも泣き出さんばかりに懇願してきました。

「XX君、突然で悪いと思ったんだけど、怪人二十面相クビになっちゃって、家賃とかの支払いもあるし、ここで使ってもらえないですかね」

たった一度、極悪少年フクシマに紹介されただけのヒデトでしたが、こうまで思いつめて訪ねてきたのだからなんとかしてやろうと、義侠心に熱い委員長は(そうかぁ)店に招きいれ、厨房でメシを食わせてやったのです。

「ハラへってんだろ、まあメシでも食えや」

一時は自分も同じようにして、ワル仲間にたかったことのある委員長でしたから、ヒデトの気持ちが痛いほど良くわかりました。(そんなおおげさなことでもないケド)
そこで、ワカバヤシ主任に事情を説明すると、ちょうど募集もしてることだし、頭もアフロならちょうどいいだろうってことで、就職が即決しました。
これで新制V-oneのアフロ三馬鹿、いや三羽ガラスが揃ったのでした。
これで何となく店の体制も整い始め、N観光の社員教育に則った営業が始まりました。
そうこうしているうちにアイザワ君が来なくなり、代わってちょい年配のツトム君とケン坊と呼ばれる二人組が入社してきました。
スリーピースの背広をビシっと着こんで、見るからに水商売って感じの二人組でした。
話を聞けば、ジ・アザーやクック、ニック&チャッキーとは遊び仲間、委員長たちにしてみれば新宿の先輩みたいな二人でした。実際のところは、半年間の食い繋ぎで就職したらしい二人でしたが、これでどうやらお店の人事体制もすべて入れ替わったことになり、益々梅ちゃんの天下となっていきました。

委員長二十歳の夏もあっという間に終わり、そろそろ季節は秋口、10月に入ろうとしていました。
この時のV-one の黒人DJは、カーターという小柄な男がメインで、時々カーティスという大柄な男との二人が横田基地からアルバイトに来ておりました。
カーティスはカーティスメイフィールドに本当に良く似ていて、心の優しい穏やかな男でした。ミュージシャンでもあり、横田ベースの仲間とバンドを組んで、ブラックシープなどにも出演していました。このバンドで、カーティスはトロンボーンとコーラスを担当、そしてドラムを叩いていたのが、後にもんた&ブラザースのドラマーとなるマーティンでした。

彼も、時々カーティスを訪ねてV-oneに遊びに来たりしていました。
このあたりはビバヤングと随分違って、ブラザー達が頻繁に出入りしていたので、アメリカンカルチャーというより、アフロアメリカンについて随分と学ぶ機会が多く、この時のカルチャーショックみたいなものが、委員長をSOULバカの深みにはめたとも言えます。
V-oneでも時々ケンカがありましたが、こういうときにはカーティスがさっと出て行って間に入ります。身長180cmは楽にある黒人に仲裁されれば、まず双方ともしゅんとなって引き下がり、大事には至りませんでした。
このカーティスがよく口癖で委員長に言っていたのが、「ケンカ、ダメ、センソー、モットダメ、Very Very Bad!」でした。
片言の日本語と片言の英語での会話でしたが、彼が語った言葉のすべてが委員長の心に今も残っています。

「自分は人殺しになってしまった。音楽を愛するミュージシャンの自分が、この手で人を殺してしまった。戦争は本当に良くないことだ。戦争は絶対に反対だ。CRAZY!」

このクレージーという言葉は、日本ではジョークっぽく使われていて、さほど言葉の重さを感じませんが、英語本来の意味から言うと、かなりなインパクトをもつ“キチガイ”沙汰です。(英語圏でCRAZYを使うときは注意して下さいね)
彼とはこんな会話を何度かしましたが、後年、たまたま五木寛之の小説を読んでたら、非常に良く似た黒人トランペッターの話があって、カーティスの顔が目に浮かびました。
大変可愛そうなことではありましたが、それでも当時は徴兵制度による召集でしたので、こうした識者も多く含まれていたおかげで、軍の無軌道な行為はある程度抑えられていたのでしょうが、最近は食扶ち確保のための志願者が多いので、常識も教育もないようなならず者も多く含まれているため痛ましい事件が多いのでしょう。

一方、小柄なカーターはちょっとした紳士っぽい感じのいでたちで、FUNKYというよりは日本で言うサラリーマンみたいな面持ちでした。
ところがどっこい、こいつが結構クワセ者で、とにかくドラッグ好きというか、大抵STONEDで、翔んでいない日は無いってくらいのもんで、とにかくEverydayがHappyでした。ルックスもまあまあだったせいか、やたらオネーチャンにも人気がありました。
踊りはメチャへたくそだったけど、かなりのプレイボーイでしたね。
性格も悪くなく、ひょうきんな奴で、仲間内での人気もまずまずでした。
そして委員長は、このカーターから「幸せの煙」の洗礼を受けました。
ある日、カーターが委員長を呼び寄せ、エレベータ横の非常口に連れ出しました。
彼はクリっとした目を大きくさせ、ポケットから白くて細いコヨリのようなものを取り出し、「Smoke it」と言って差し出しました。
委員長は意味が判らずぼやっとしていると、カーターは自分でくわえて火をつけました。
親指と人差し指に挟んだコヨリを思い切り吸い込むカーター、まさに煙をバキュームする勢いです。途端に枯れ草を燃したような独特の香りが漂います。
煙を吸い終わったカーターは火の付いたコヨリを委員長に差し出しました。
委員長は見よう見まねでコヨリを指に挟み、同じように一気に吸い込みました。
吸い終ったと同時に再びカーターがコヨリを奪い取ってもう一服入れ、すぐに火をもみ消して半分になったコヨリをまたポケットに戻しました。

カーターはニヤニヤしてポケットからタバコを取り出し、委員長に1本取るように勧めると自分も1本口にくわえて火を付けました。
煙をゆっくりと吸い込んだ委員長の喉から肺に、さわやかで冷たい空気が入り込み、煙を吐き出した後もその感触が残っています。
手に取ったその長いタバコはベンソン・メンソールでした。
自分の体の中で何が起こっているのか判りませんが、ラリったりしているわけでもなく、意識はしっかりしています。かといって、いつもとはチョット違う、妙な感じでした。

「Get out here」

カーターの声にはっとして一瞬我に帰る委員長。
店内から聞こえてくるダンスビートに体が勝手に動き出す感じで、踊りながらホールに戻る委員長。
Get up and get down, just get on down!

紫の煙~初めての体験でした。





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最終更新日  2005年06月25日 15時04分40秒
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