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カテゴリ:教育論
練習(僕は勉強をそう呼ぶ)や努力が、成長や充実に変わらないなら、
それは生徒に苦役を強いているだけになってしまう。 彼らの未来に活きる経験、考え方へと繋がらないなら 大学受験ならいざ知らず、高校受験は単なる勝敗を競うだけのゲームに成り下がる。 その価値はわずかな期間の優越感くらいなもの。 受験をそんなくだらないレベルに落としてしまってはいけない。 断じていけない。 そう、講師の一人に厳しく伝えた。 そりゃ、生徒は「キツいよぉ」なんて弱音を吐くこともあるだろう。 でも、その表情をしっかりと読み取らないといけない。 安易に共感、同調してしまって、 生徒の努力と成長を愉しむ心を潰してしまってはいけないんだ。 ちょっとした弱音はむしろチャンス。 今やっていることがどれだけ愉しいことなのか、 それを伝える絶好のチャンス。 練習を充実に、 努力を成長に、 そう捉える心を今育ませないでどうする!? 偉そうに言うけど、それが本当の教育だと思う。 そう信じてる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.02.09 03:28:33
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