カテゴリ:日本経済
クロニクル 住友銀行、平和相互銀行との合併契約に調印
1986(昭和61)5月29日 25年前のことです。当時平和相互銀行という、異色の銀行があったことを覚えている方も多いと思います。当時銀行の中でただ1行だけ、午後7時まで、窓口を開けている銀行でした。 この銀行は、小宮山グループという政商の経営する銀行であり、竹下登(当時自民党幹事長)派の資金源の一つと噂されていました。この平和相互銀行が、乱脈経営のツケなのですが、 過剰融資先の倒産で、巨額の不良債権を抱え、倒産の危機に陥ったのです。 今なら当然のことに1時国有化なのでしょうが、当時は、バブルの助走期です。午後7時まで営業可能な東京など首都圏での店舗が多数手に入るのですから、大銀行のほとんどが、同行救済に関心を示したのは、当然といえば当然でした。 そうした中で、同行を射止めたのは、これまた竹下グループとの因縁浅からぬ住友銀行でした。25年前のこの日、住銀と平和相銀は合併契約を結び、やがて、平和相銀の名は、消えていったのです。 小渕首相や宮沢蔵相に直接口説かれても、長銀救済に手をあげる銀行は1行もなかったこと(1998年)を考えると、幸せな時代だったのだなぁと、懐かしく思い出されます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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