カテゴリ:日本経済
クロニクル 傾斜生産方式を決定
1946(昭和21)年12月27日 今から69年前、戦後の焼け跡があちこちに残る時代の話しです。政府は、この日の閣議で、経済復興をどう進めるかに関して、傾斜生産方式を採用する事を、正式に決めました。 敗戦、とりわけ米軍の空爆によって、軍需産業を中心に、日本の工業地帯は大きく破壊されており、事実上ゼロからの復興でしたから、1度に全産業の復興を目指す事は、現実問題として無理でした。 そのため、あらゆる産業に関連する基幹産業を中心に、少ない外貨を割当、まず基幹部分の復興を目指し、次いで周辺に広げると言う、2段階、3段階の手順で復興してゆくプランが採用されたのです。 こうして、当時は国内資源として豊富に採掘された石炭採掘→電力→鉄鋼の順で、政府による支援が行われたのです。このうち石炭は、産業の黒いダイヤと呼ばれ、筑豊・常磐・夕張などの産炭地は活況に沸きました。 現在では、こうした産炭地の炭鉱は全て閉鎖されており、その1つ、夕張市の惨状が大きく報道されたのも、つい最近のことでした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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