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カテゴリ:これぞ名作!
ここ数日のネズミの話からの連想で、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』を再読しました。
私が初めて読んだのは15年ぐらい前でしたが、それは当時の新装改訂版。実はこの本は1966年(もとになった短いバージョンは1959年の発表)に書かれたもので、もはやSFの古典というべきなのでしょう。 IQ68のチャーリイ(32歳)は、脳外科手術の実験台になって急に知能が発達します。天才となり、精神的にも大人になって、彼自身の心が変わり、彼をとりまく人々との関係も変わります。その変化があまりに急激なので、チャーリイも周囲も混乱し困惑し、苦しんだり悩んだりします。 アルジャーノンは、チャーリイと同じ手術を受けた実験用の白ネズミの名前。このネズミは手術によって迷路を走り抜けるテストを非常にうまくできるようになりますが、その後、ふたたび知能が低下し、さまざまな障害を引き起こして死んでしまいます。 天才となったチャーリイはそれを見て、 人為的に誘発された知能は、その増大量に比例する速度で低下する。 ――『アルジャーノンに花束を』小尾芙佐訳 ということを知り、自分の知能や精神もまた、頂点を過ぎると急激に下り坂になるだろうと予想し、苦しみます。 そういうストーリーが、チャーリイの手記の形でつづられていきますが、最初は誤字だらけの稚拙な文で「かしこくなりたいのです」と書いているのが、手術後どんどん高度な文章になり、それにつれてさまざまな悩みや苦しみが記述されます。そして、自らの予測通り、チャーリイはまた幼児並みの知能にもどってゆき、手記もふたたび誤字だらけになって「またりこーになりたいな」と書くことになります。 読み進むと、ほんとうに切ない物語です。賢くなったチャーリイの苦しみも切ないし、再び幼児へと退行してゆくチャーリイを目の当たりにするのも切ない。 思うに、これは何も特別な手術をしたチャーリイだけのことではないのです。人はみな、無知で無垢なる子ども時代から、やがて自我に目ざめ、「かしこい」大人になって悩み苦しみ、最後に年老いて自我を少しずつ手放し、また夢の中へと戻ってゆくのですから。 自我への目ざめは、キリスト教では“原罪”とされています。チャーリイは、手術を受けて賢くなってみると、今まで気づかなかった自分や周囲のことを見、知り、探求しようという欲求が自然に起こり、その結果、かえってつらく悲しい思いをすることになります。たとえば彼は、17年間働いてきたパン屋にもう居場所がなくなってしまいます。まわりの人々が、とつぜん天才になった彼を受け入れることができないのです。…それはまるで、人間という生物だけが高度な知能を持ったために、自然界からはみ出してしまったことと同じようです。 「教養を高め、知識を殖し、自分や社会を理解したいと望むのがいけないことなんだろうか?」 「あんた、聖書を読んでごらんよ、チャーリイ、人間ってもんは、主がはじめに教えてくださったこと以上のことを知りたがっちゃいけないんだってことがわかるよ。あの木の実は人間がとっちゃいけなかった。…エデンの園から追いはらわれて、門をしめられちゃった。」 ――『アルジャーノンに花束を』 パン屋を追いはらわれたチャーリイの孤独と苦しみは、エデンを追われた人類の孤独と苦しみなのです。それでもなお知識を求め続け、ついに力尽きて高みから転落し、すくった砂が両手の指の間からこぼれ落ちるように得た物を失って死に向かうアルジャーノンやチャーリイや人類の、宿命のようなものが描き出されているところが、私にとってこの物語を忘れられないものにしています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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