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HANNAのファンタジー気分

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May 26, 2016
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 以前、このブログでもとりあげた折口信夫『死者の書』の、漫画版です。
 近藤ようこのやわらかな線の描きだすヒロインの表情がとってもステキなので、なかみも見ないで即買いしましたが、期待を上回るすばらしさです。

 コミカライズというより、「再話」的な感じ。
 原作の古風な文体を絵で示すというだけでなく、エピソードや解説の順序を入れ替えることによって、よりわかりやすくなっています。それでいて、ネーム(せりふ+説明つまり活字部分)はほとんどが、きっちりと原作通り。たぶん、原作の一文一文をしっかり吟味した上でバラバラにし、作者なりに並べ直し組みたてなおしたのでしょうが、その作業の丁寧さがにじみでています。
 原作を横に置いて読み比べてみると、どちらもさらに理解が深まります。

 ヒロイン郎女だけでなく、周囲の乳母や女官たちの一人一人まで、シンプルなのに豊かな顔つきで、どの場面でも、そうそうこんな顔こんな顔、と思えます。そのほか、特に夢などの幻視的な場面で、余白を非常に効果的に使っているのが印象的。トーンもシンプルなもののみで、すっきりとした白と黒の世界。それでいて、日本特有の山の濃密さや、空間の奥行きも感じさせるから、すごい。

 ところで、原作を読んだ時にも思ったのですが、郎女の見た「おもかげびと」は、空の澄んだ春秋の日没後に見える「黄道光」という天体現象なんじゃないかしら。わざわざ科学的に解釈することでもないけれど、私は若い頃いちど「黄道光」ではないか?という光を見たことがあり、なんだか気になったのです。今回、コミックス版を読んでまたそんな気がしてしまいました。

 それはともかく、コミックス版でもう一つ気づいたことは、大伴家持の存在感です。原作でももちろん出てきますが、郎女や滋賀津彦の放つ圧倒的なオーラにくらべると、どうも茫洋として存在意義がはっきりせず、単に物語背景である平城京とその社会を解説するナレーター?みたいに思えました。

 しかし、今になって思ったのですが、家持もまた、別なタイプの芸術家であったのです。
 別な、というのは、私には当麻曼陀羅を作り上げた郎女が、すごい集中力・追求心・純粋さを持った芸術家だったと思えるのです。自らの神秘的な精神体験を(本人は神秘とか精神とか自覚していなかったにせよ)一つの傑作に注ぎ込むことで自己完結した人。良い意味で自己中心的な天才タイプ。
 そのピュアなパワーが強烈なので、周りの人々は真の彼女を理解できないまま、引き寄せられ感動します。ずっと間近で世話をしてきた乳母が、郎女の言葉に思わず涙を流したりするわけです。

 対照的に、家持は覇気が無くぱっとしませんが、実は鋭い観察眼で周囲を見つめ、人の話を聞き、客観的にあれこれ考えているのです。都に新しい家が建ちゆくさまを見て、若草の生い初める野を詠んだ「東歌」を思い出したり、恐ろしい顔つきの「多聞天」に似ているという噂の藤原仲麻呂と語り合いながら、むしろ大仏の顔にそっくりだと思ったり。
 彼は自分の心持ちさえ一歩引いて自己分析しています;

  おれはどうもあきらめがよすぎる・・・

  ・・・これはおれのあきらめがさせるのどけさなのだ/家の行く末を悩んでいても(中略)/歌を作ったりすると/すがすがしい心になってしまうおれだ                   --近藤ようこ/折口信夫『死者の書』

 こういう冷静で大局的な考え方は、ほとばしる感情のままに生きたおおらかな古代の人というより、たくさんの情報に翻弄され多面的な物の見方を強いられる現代人に、通じるところがあるように思われます。だから、周囲の人は本当の彼を理解せず、ふだんはテンポのずれたぼーっとした人に見えてしまう。時々、意見を言っても通じなかったりするし、彼自身も通じない自分をあらかじめ自覚している感じ。

 理知的でしかも繊細な感傷も漂う彼の歌は、万葉集の中では異色だと習ったことがありますが、さまざまな政争を経るなかで単に職人的・技巧的に詠まれたのではなく、彼の卓越した観察・批評眼と分析精神の結晶なのでしょう。

 とすると、家持は郎女とは反対の極に位置する芸術家として、この物語に登場しているのかもしれない、と思うのでした。





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Last updated  May 27, 2016 12:54:20 AM
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