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カテゴリ:金曜日のラララ
前回の話はこちらです。
電話が鳴っている。 一度は無視しようと思いながら、それは執拗になり続け、麻美のまどろみを破る。 ドレッサーの上の時計を見れば、午後三時をわずかに過ぎたところ。 留守番電話にしておかなかった自分に舌打ちしたい気分になりながら、麻美はベッドから抜け出る。 綿毛布の上にミステリーの文庫本。 またたいして読み進めなかった、これではいつ読み終えるか知れたものではない。 なり続ける電話。 受話器に手を伸ばしながら、その上の鏡に映った自分が目に入り、一瞬「これは誰だろう」と思う。 張りを失いかさついた肌はきめが粗くなっている。 鼻頭の毛穴の汚れは黒い点になり、右頬にある米粒ほどの染みはホワイトニング美容液をつかってももう取れない。 つやのない髪、数本だが白髪が見つかる。 鏡の中の女がフッと表情を緩め、諦めに似た笑みを浮かべた。 あんな夢を見たからだ。 博志、あれは博志だった。 まったく博志ときたら、相変わらずカッコ良いんだから。 そして麻美はもう一度鏡を見る。 肌だって髪だって、高校生と比べればそりゃ劣るが、三十代後半の女にしては決して悪くない。 けれど同時に、もう少しお手入れに気を配ろうとも思う。 油断していれば、あっという間に年齢との戦いに力つきてしまう。 まだ鳴り続ける電話、もうそろそろ諦めても良い頃なのに。 それが麻美の胸をあわ立たせる。 ディスプレイの番号は携帯電話からのもので、登録していないものであることを示している。 「私、遥」と電話の相手はいきなりそっけない声で言った。 高校時代の友人、妙な偶然もあるものだと麻美は思う。 「携帯変えた?」 「うん、まぁちょっとゴタゴタがあったもので」 昔から遥にゴタゴタは付き物だった。 高校時代はヤンキーと言われ、卒業後はホステスになった友達。 付き合っていた男の、本妻に乗り込まれたこともある。 「なぁに、義之さんと別れたの?」 「うん、それはまぁ、良いんだ、別件で」と遥は言う。 そして続けて言う。 「博志が死んだ」 その言葉は確かに麻美の耳に届いた。 なのに瞬時に心にシールドが張られたみたいに、麻美の内へとは染みとおらなかった。 だから何の感情も湧き起こらず、「ふうん」とつぶやくだけだった。 博志、死んだんだ。 人が死んだんだから、原因があるはずだ。 淡々と麻美はそう思う。 だから「どうして」と尋ねる。 けれど「ど・う・し・て」と舌に乗せた瞬間、麻美は理解した。 博志が入院していたのなら、誰かから連絡があったはずだ、だから病死ではない。 麻美は既に同級生を一人交通事故で失っていたが、博志にはありえない。 ちゃんちゃらおかしい。 博志はそんな“普通”の死に方をするはずがない。 麻美の考えに、上手に言葉をあてはめて教える教師のように遥が言う。 「自殺」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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