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弁護士YA日記

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弁護士葦名ゆき(あしな・ゆき)
弁護士葦名ゆき(あしな・ゆき)のブログです。
東京、福島、静岡と移動しつつ、人を幸せにする法律家を目指しています。
東日本大震災で被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。
2018.12.09
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カテゴリ:弁護士業務
​昨日12月8日、憲法学習会の講師をつとめました。
奇しくも、77年前に太平洋戦争が始まった日です。

講義の表題が、孫からの「憲法ってなあに?」と答えられる"ばあば"になる!であることからも分かる通り、30名くらいの参加者の大半がご高齢の女性でした。

私の話は余り代わり映えせず、時折、憲法の条文を引用しながら、憲法の成り立ちや役割、法律との違い等を説明していくというものでしたが、皆様に本当に熱心に耳を傾けて頂きました。貴重な機会を頂き、ありがとうございました。

でも、今日本当に書き留めておきたいのは、私の話が終わった後のフリートークコーナーでの出来事です。
一番前に座っていらした紫のグラデーションのニットをとても素敵に着こなされていたおばあさまが、こんなことをお話しして下さいました。

私が小学校2年生の時に、戦争が終わりました。
ああ、今日から、夜も灯りをつけていいんだ、B29も来ないんだって、灯りってこんな明るいんだって、びっくりしました。

先生が、先ほど、憲法が保障している自由は当たり前の自由じゃないんです、戦前は、皆、言いたいことも言えずに我慢して、いつ捕まるか分からなかったと仰っていたでしょう。

でもね、産まれたときから「戦前」の私にとってみれば、「我慢をしていた」わけではないんですよね。

学校では、天皇皇后両陛下のお写真に深くお辞儀をすることから一日が始まります。
近所には出征する兵隊さんがいて万歳で見送るんですよ、兵隊さんの家族はそこでは笑顔で、でも家に帰ってから泣くんだって皆知っていましたけど、でも皆の前では笑顔なんですよね。
母は、私が学校から帰る時間は竹槍訓練をしにいっていました。いつか、夕食時になっても帰ってこないから見に行ったことがあります。白い割烹着を着てね、一心に訓練を続けているの、何故か目に焼き付いているわ。
いつもお腹がすいていて、毎日さつまいもを食べてました。今みたいな甘いさつまいもじゃないのよ。
子どもも大人も、お国のためだ、日本は戦争に勝つんだって、信じていた。信じていた、なんてもんじゃないわね、当たり前にそう思っていたの。

こんな毎日が、私の生まれてから目の前にある毎日だから、もうその毎日しかないわけだから、我慢したわけじゃないんですよ。それを受け入れるしかなかったわけです。

だからね、戦争が終わって、今日から夜も灯りをつけられる、学校で教えられることもがらりと変わるとなって、初めて、私は、今まで当たり前だったことが全然当たり前ではなかったということが分かったんです。嫌なもの、嫌いなものを口に出しても良い世の中になったのね。私は、今でも、子どもたちが防災訓練に使う「防災ずきん」が大嫌い、空襲の時の防空ずきんを思い出すから。それと、花火。ひゅ~っていう音が、あの光が、B29の音と一緒です。それとさつまいも。みんな大嫌いですよ。

一人一人思っていることは違って良い、得意不得意があって良い、皆違って良い、本当に素敵ね。
戦前は、学校でも地域でも、全員同じことに取り組んで同じ成果を挙げて同じ事を考えていないといけなかったのよ。皆同じじゃないといけなかったの。

私はもう退職したけど、20年前まで保育園に勤めていました。だから、私の園では、「皆同じ」を徹底的に排除しました。そう、私にとって当たり前だと思っていた日常、私は大嫌いだったってことを、戦後になって私は気付いてしまったから。

絵を描くのでも、得意な子は何枚も描くけれど、なかなか描き出せない子もいる。でもそんな子がお散歩に行った後だと、凄く印象的な絵を描いたりするのね。決められた時間内に描く必要なんてないじゃない。一人一人違うのが面白いわね。

お散歩も、綱をつかませていくなんて絶対嫌だった。さっさと歩く子も、道ばたの石ころやどんぐりを拾いながら歩く子もいた。遅い子もいた。でも、遅い子を待っている子もいた。

そういう中で自然にお互いへの思いやりが育ってきてほしいと思っていましたね。

本当に心に刻まれるお話しでした。
価値観が一つしかないことが当たり前だった世の中のこと、戦後生まれの私は、肌で体感していません。でも、今日のお話で、少しだけ、そのような社会の恐ろしさ、怖さが、想像できたような気がしました。我慢している自覚も持てない恐ろしさは、私の漠然とした考えていた「息苦しい社会」をはるかに超えた境地に達しているような気がしました。

以前、憲法学者の佐藤幸治先生から頂いたご講演録の中に、「異説、異論を許さずに社会を一色に染め上げて、結局一人一人の人間を“モノ”のように扱う全体主義に強い違和感を抱き、立憲主義に格別の思い入れを抱いて勉強を続けて」という一節がありました。
https://www.med.niigata-u.ac.jp/yujin/seminar/
*ご講演録は正式に公刊されたものではないようで、インターネットから取得することはできないようです。
*ほぼ同趣旨のご講演として「法を学ぶことの意義-憲法学徒の断想-」(2017年、早稲田法学、第92巻第2号)があります。

ご講演録は、二つとも、深い知性が煌めくような素晴らしい内容でしたが、とりわけこの一節には、佐藤先生の全体主義に対する強い拒否感が心に流れ込んで来るような気がして衝撃を受けていました。
ただ、今日のおばあさまのお話を聞いて、佐藤先生の仰りたかった世界観、つまり、戦前の世の中のあり方が、色と音がついた風景として再現されてきたような気がします。

77年前に始まった戦争を体験した方々の想いを受け継いで生きる責任を改めて感じた一日でした。​






Last updated  2018.12.09 07:54:03

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