花王(株) 【東証1部:4452】 - 成熟市場では“共感と情緒”がカギ
尾崎元規 花王(株)【東証1部:4452】社長おざき・もとき/花王社長 1972年慶應義塾大学工学部卒業後、花王に入社。パーソナルケア、サニタリー、花王販売、化粧品、ハウスホールド事業などを経て2002年6月に取締役。04年より現職。(撮影/宇佐見利明)洗剤やシャンプーなどの日用品はすでに成熟市場である。消費者心理をどのようにしてとらえ、高付加価値商品を開発していけばいいのか。花王の尾崎元規社長にその処方箋を聞いた。――2004年に社長に就任して以来、「商品は機能だけでは売れない。情緒性が必要」と繰り返し社内に訴えてきましたね。 日用品は成熟しており、洗剤だったら汚れ落ちがよくて当たり前。機能だけでは消費者の心がつかめず、差別化が難しくなってきた。 一方、消費者も商品の購入の際に、「自分に合う」といったフィーリングを重視するようになった。商品には、機能はもちろん「こんなところがよさそう」という情緒が求められるようになっている。――消費者心理に訴えるために、商品開発ではどのような工夫をしていますか。 消費者の行動を見ると同時に、今の時代がどのように動いているのかを見極めていくしかない。 たとえば、シャンプーの「エッセンシャル」。もともと30年の歴史を持つダメージケアのシャンプーだったが、思い切って06年にリニューアルした。「毛先15センチが変われば“カワイイ”はつくれる」と、訴求ポイントを変えることで、再び20代の女性の支持を獲得できた。――一般に、ブランドのリニューアルは既存の消費者を逃すと同時に、新しい消費者を獲得できないリスクがありますが。 エッセンシャルのシェアは低下したとはいえ、それでも当時4%をキープ。激戦区のシャンプー市場では十分に健闘しており、その資産を生かさない手はない。技術には自信があったため、どのようにして消費者から“共感”を得られるかが課題だった。 商品開発の担当者は、購買ターゲットである20代女性のライフスタイルを徹底調査した。彼らが突き止めたのが、購買ターゲットは「カワイイ」ものが好き、髪のダメージをさほど気にしてはおらず、むしろ髪形そのものに関心を持っていることだった。 そこでブランド戦略を練り直し、リニューアルにこぎ着けた。現在のエッセンシャルは、再び、20代女性に支持されるブランドに生まれ変わり、シェアは7%(推定)になった。――かつて尾崎社長はヘアケアのブランドマネジャーをされていましたが、その当時、苦労したのはどんなことでしたか。 いい技術があっても商品化できるとは限らない。商品化するには技術の翻訳が必要だということを痛感した。 たとえば、かつて、少量で泡立つ画期的な活性剤があったが、商品化にはこぎ着けられなかった。“豊かな泡で髪を優しく洗う”といったところで、既存のシャンプーと差別化できないからだ。 パーマヘアのごわつきを防ぐシャンプーでは失敗した。パーマヘアに付着しやすいカルシウムを除去し、髪を柔らかくするというもので、技術としては目新しかったが、技術を前面に出したために売れなかった。 現在の消費者は、心理的にポジティブであることに商品の魅力を感じるようだ。――有名なマーケティング調査に、インスタントコーヒーを買わない主婦の話があります。自分が手抜き人間だと思われたくないので。 ひと口に主婦といっても、家事に“プロフェッショナルな”意識を持っている主婦がいる一方で、手抜きはしたくないが、合理的に家事をしたい、あるいは合理性のみを重視する主婦もいる。日用品メーカーとして花王はいずれのニーズも満たす。 07年に「スタイルフィット」を発売したのも、夜に洗濯し、部屋干しをする働く女性のニーズに対応したもの。合理的だが決して家事に手を抜いているわけではないという消費者ニーズに着目し、容器にもデザイン性を持たせた。 「アタックオールイン」は洗剤、柔軟材、漂白剤を一つにまとめたものだが、アタックブランドの一つに位置づけている。合理的だが、決して手抜きという印象は与えていない。――「キュキュット」という台所用の洗剤では機能をうたったユニークなネーミングが話題になりました。 今では成功したといえるが、社内では擬音をブランド名にしていいのか、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論があった。ブランドマネジャーが「これしかない」と主張し、「やってみろ」ということになったのだが。 この商品の広告で使われているあのクレー人形。いくつかのアイディアがあったが、タレントや女優では出せない世界観があるとして、私も一押しした。クレー人形のお父さんが出てきたり、ファミリーが増えているのを見ると、うれしくなる(笑)。消費者行動のリサーチを徹底!――店頭でいかに消費者に商品を選んでもらうかについては、どのように考えていますか。 パッケージについては、どれが好きか、目立つか、使いやすいかなどと消費者調査は行なっているものの、洗剤などの日用品では、パッケージよりもその商品コンセプトに共感できたかどうかのほうが重要視されるようになった。繰り返しになるが、機能をどのように翻訳し、情緒性を訴えていくかがカギだ。――消費者の共感を得られるような商品を開発していくためには、トップはどのような役割を果たすべきだと考えていますか。 商品コンセプトなど重要な方向性は示すものの、いちいち口出ししないことが大事でしょうな(笑)。上が余計なことを言って失敗した例をこれまでいくつも見てきた。――花王は、花王カスタマーマーケティング(CMK)という自前の卸会社を持っています。棚割り提案では、消費者心理をどのように把握していますか。 花王CMKの役割は消費者のみならず、小売りからの信頼と支持を獲得することにある。花王商品を売らんかなではなく、その店の日用品売り上げと利益を最大化するように棚割りを提案していくことが使命だ。 消費者行動についても徹底的にリサーチしている。一般に、消費者の見やすい位置はゴールデンライン(床から70~120センチメートル)といわれている。その位置に売れ筋商品を並べるように、花王CMKは棚割り提案を行なっている。――棚割りには原則やパターンはあるのですか。 それはもう(笑)。消費者の頭に特殊カメラをつけてもらい、売り場のどこを見ているのかを把握するアイトラッキング調査を行ない、商品を探しやすい棚割りを追求している。 たとえば、メーク落としでは消費者はブランドの固まりを見てから商品を探す。シャンプーでは、売り上げ上位やコマーシャルを積極的に行なっている商品をゴールデンラインに置くのが、消費者にとって探しやすい店頭ということになる。店にはデータに基づき、提案している。――Aという商品の隣にBという商品を置くと、Bの商品が売れるといったデータもあるそうですね。 それは企業秘密です(笑)(聞き手:『週刊ダイヤモンド』編集部 大坪稚子)