ひかってみえるもの、あれは
・・・といってもワタクシの大好きな、川上弘美さんの本のこと、では ございませぬ。かれこれ 10年ほども前のことになりましょうか。その頃 ワタクシは体調を崩して 勤めていた会社を辞めコンビニでアルバイトをしておりました。バイト先のコンビニまでは直線だと 2~300メートルほどの距離なのですがその直線上に 線路やら 小学校やらがあってかなり遠回りしていかなければならずちょっとばかり 通うのが面倒でした。それは 秋のおわりのとある日のこと。もうすぐ冬だというのにまるで 夏がぶり返したかのような蒸し暑い 不思議な気候の日でした。その日の仕事のシフトは午後5時から10時まででした。いつもより 少しだけ家を出るのが遅れてしまったワタクシはいつもは回り道をして通る小学校の校庭をまっすぐ突っ切って 向こう側に抜けるルートでバイト先に向かうことにいたしました。本来ならば関係者以外立ち入り禁止である学校内ですが丁度この時間は 下校時間ギリギリの校門が閉鎖される、少し手前の頃合い。この時間ならば小学校に3箇所ある校門がすべて開放されていて校内を突っ切るこのルートならばいつも通る回り道よりも2~3分ほど 早く着くことができるのです。もう陽もすっかり落ちていて薄い紫色の空が濃紺の闇に 徐々に染まりはじめておりました。ワタクシは その3箇所の校門のうち一番生徒の出入りのある西門から校内に入っていきました。一番出入りがある、とはいってもそれはまだ陽も高い、昼間のこと。こんな時間に下校している児童はほとんどおりません。ワタクシが入っていったときも校舎から出てくる児童はひとりもおりませんでした。この小学校はちょっとした丘の上にありくねくねと校舎が入り組んでいて部外者が立ち入ると 迷子になってしまいそうな造りなのですがこの小学校の卒業生でもあるワタクシには勝手知ったる庭も同然です。赤錆の浮いた 長い鉄階段を上がっていくと桜の丘の上に建つ 白い校舎が見えます。卒業した頃と殆ど変わっていない 懐かしい校舎。特徴のある 廊下の丸い窓や木で出来たおおきな下駄箱、トタン屋根で繋がったプールへの渡り廊下もそのままです。でもやはり ところどころ老朽化して ヒビでも入っているのでしょうか、改築工事をしているらしく工事用のセメント袋やネコ車、ちいさなショベルカーなどが校舎の影になっている一角に赤いパイロンに囲まれてひっそりと置かれていました。そうだよな、自分が卒業してからもう十何年も経つんだものな・・・そんなことをぼんやりと思いながらその工事用具一式の置いてある横を通り過ぎました。通り過ぎてから ふと何かが気になって振り向くとさっきのショベルカーの運転席に小学校1年生くらいの男の子が座っています。ちいさなショベルカーには運転席のところにドアがなく周りにもパイロンが置いてあるだけでした。5,6才の男の子でも 容易によじ登ることが可能でした。きっと 好奇心につられ運転手を気取ってみたくなったのでしょう。ちいさな男の子なら よくやりそうなことです。「ワンパク坊主だな」ふふっと 思わず微笑んでしばらく彼を見つめてからワタクシはバイト先に向かうべく出口となる正門の方へ向かって歩き始めました。しかし2,3歩いった所で ワタクシは立ち止まりました。---- 待てよ。 こんな暗い中、あんな小さい子が ショベルカーの運転席なんかに上ってちゃ 危ないじゃないか。 足元が見えなくて 転落したらどうする!! ----ワタクシは 慌てて振り返りショベルカーの運転席を見つめました。---- しかし そこには 誰もいませんでした ----男の子がショベルカーを降りるような足音も聞こえませんでしたし誰か他の人がきて 男の子を連れていったような気配もありませんでした。---- 落ちたのかもしれない ----そんな音は聞こえなかったけれどセメント袋の上か何か音のしないような所に落ちたのかもしれない。ワタクシは 慌ててショベルカーの脇に駆け寄りそこここ探してまわりました。男の子は いませんでした。彼は ワタクシが振り返るたかだか 2,3秒の間に音もなく 消えてしまったのです。・・・何故?そう・・・考えてみれば最初からおかしなことなのでした。もうすっかり暗くなっている この時間に街灯のあかりもないのに5メートルほど先にあるショベルカーの運転席のちいさな男の子の その身体だけがぼんやりと光って見えることなどありえなかったのです。彼の身体は蛍のようにぼんやりと緑色に光っていたのです。季節外れの 蒸し暑い空気の中背筋に冷たい汗がつたいました。ワタクシは 逃げるように足早にその場を後にしたのでした。