カテゴリ:万葉恋々
作者未詳 東歌 しもつけのみかもの山の小楢のす まぐはし児ろは誰が笥か持たむ 万葉集 3424 下毛野みかもの山に生える楢の若木のように 目に美しいあの娘は 誰の食器を持つのだろうか(誰の妻になるのだろうか)。 【原文】(万葉仮名、真名・漢字) 之母都家野 美可母乃夜麻能 許奈良能須 麻具波思兒呂波 多賀家可母多牟 註 しもつけ:ほぼ現在の栃木県全域。野州。古代「東山道」八か国の一つ。古くは群馬県と栃木県地域を合わせて「毛野」と呼んでいたが、のちに上毛野(かみつけの)と下毛野(しもつけの)に分けられ、大化の改新後に那須地域を併合して「下野国(しもつけのくに)」となった。「上野(かみつけ)」はのちに音便化して「かうづけ→こうずけ」となった。 栃木県央部を流れる「鬼怒川」の名は「毛野川」の転訛であるともいわれている。 「毛」については、当時の辺境の原野の草深いさまを毛と表わした、または毛は二毛作の毛であり禾本科の穀物を指す、などが有力と思うが、毛人(毛深い野蛮人、縄文人・アイヌ人?)が住む土地の意味とする説もある。後者の説はセンシティブ(鋭敏)な問題も孕んでいる。いずれにせよ、当時の都・近畿から見た蔑称の響きを持っていることは否めないだろう。 しもつけの:上記の歴史的経緯からすれば「下毛野」の意味である可能性が高いが、「の」を格助詞と見て「下野の」の意味にも取れる。いずれにせよ、歌の大意に影響はない。 (小楢)のす:上代の接尾語「なす」(~のような、のごとくに)の東国訛りか。「なす」は、「くらげなす漂へる」(クラゲのように漂っている)や「雲の行くなす」(雲の行くごとくに)などの用例がある。 まぐはし:「ま」は「目」。「目にも~、見るからに~」のニュアンスを付与する。「くはし」はきめ細やかで精妙な美しさを表わした形容詞で、のちに現代語の「詳しい」につながる意味が生じた。「かぐわしい(←香・くはし)」などの造語成分でもある。 なお、古語の「うつくし」は「かわいい、愛らしい」の意味で、現代語の「美しい」とはかなり意味が異なる。 みかもの山:三毳山。栃木県南部・佐野市付近の低い山。おそらく、「三鴨」または「御鴨」の意味で、全国に存在したという鴨信仰に関係があり、大和朝廷側の名づけだろうか。地元では「太田和山」と呼んでいたという記録があるという。古代には周辺に東山道の「三鴨の駅家(うまや)」または「美加保乃関(みかほのせき)」があったという記録があるが、遺跡の発掘などの考古学的証明はまだなされておらず、正確な場所は比定できていない。 なお、「毳」の字は柔らかく細い「にこげ」の意味で、通常「かも」とは読まない(ただし11世紀末~12世紀成立の辞書で国宝の「類聚名義抄 観智院写本」には「かも」の訓があるという)。この字が「みかも」に当てられたのは、時代を下った江戸時代ともいわれている。地名や苗字に吉祥または洒落た当て字を用いることは多数の例がある。 児ろ:「子ら」の東国訛り。「ら」と複数の接尾語が付いているが、単数の意味である。「子ども」も複数の形だが、一人の子にも言う。 笥:容器、とりわけ食器をいった。 味岡宏佳 (あじおか ひろか) パブリック・ドメイン ウィキメディア・コモンズ 三毳山写真 撮影・提供者:Ebiebi2 さん お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023年01月10日 05時36分40秒
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