カテゴリ:ダイエット&エクササイズ
伯母の葬儀はつつがなく終わった。悲しみの中、施主を気丈に務め終えた故人の長男および次男(私の従兄弟)、そしてそれぞれの妻も、ひとまず肩の荷が下りたことだろう。四十九日法要は寒い時季になりそうだ。
納骨の儀、初七日法要、精進落としまでまとめて執り行ったため、朝から一日がかりとなり、やはり心身ともにかなり疲れた。 これでも古式に比べればずいぶん簡略になっているのだろうが、長時間じっとしているのも、なかなかつらいものである。 ひと休みしてから、宵の口にプールに泳ぎに出かけた。 ○ 6日夕 水泳 今季10回目 実質60分ほどで1600m(25m短水路を32往復) * 主にクロールで泳ぎ、背泳ぎ・バタフライを少々交えた。体中の凝りが一気にほぐれ、生気が蘇った感じがした。 ・・・こころみにこれを「文学的に」表現すれば、やや大袈裟かも知れないが、「パトス(悲哀)、タナトス(死)からエロス(生、性)への帰還」とでもいえようか。 なお、宗旨は浄土宗。 法然(ほうねん) 月かげのいたらぬ里はなけれども 眺むる人の心にぞすむ 浄土宗宗歌 月光が届かない里はないけれども まことの光はしみじみと見つめる人の心にこそ澄みわたっている。 〔尊い阿弥陀仏の慈悲は 全ての人に平等に注がれているけれども それを虚心に受け入れて 見つめる人の心にこそ住んでおられるのだ。〕 註 浄土宗宗祖・法然上人の一首。 道歌(どうか、思想・宗教観念などを表現した和歌)の類いだが、一個の作品として見ても、象徴主義的な隠喩を駆使した秀歌と思う。 作者は、式子内親王や藤原定家を中心とする、鎌倉時代初頭当時の日本最高水準といえる「和歌サロン」に出入りしており、内親王の密かな思慕の対象であったという説も近年有力となっている。 眺む(る):じっと見つめて物思いに耽ること。現代語「眺める」の語源だが、ニュアンスはかなり異なる。 ○ 浄土宗ウェブサイト ○ 木版画「法然上人 月かげ」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013年11月08日 09時55分35秒
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