カテゴリ:万葉恋々
天智天皇(てんちてんのう/てんじてんのう) わたつみの豊旗雲に入日さし 今宵の月夜さやけかりこそ 万葉集 15 大海原に浮かぶ豊かに旗のごとくたなびく雲に入日が射し 今宵の月夜が亮かならんことを。 註 古代の純真素朴な雄渾さと、悠揚迫らぬ帝王の風格を漲らせた名歌。 豊旗雲:神秘的に豊かな美しさのある、旗・吹き流しのようにたなびく雲。層積雲。 わたつみ:海の霊。転じて、海・海原の意味。 さやけし(さやか):くっきりとして、清澄なこと。「爽やか」は別語。 さやけかりこそ:原文の訓読は諸説紛々である。 【原文】(万葉仮名)渡津海乃 豊旗雲尓 伊理比紗之 今夜乃月夜 清明己曽 「さやけかりこそ」は、歌人・佐佐木幸綱早大教授(短歌結社「心の花」主宰)などの読みで、現在ほぼ定説といえる。その祖父、佐佐木信綱氏(「心の花」創始者)は「あきらけくこそ」と訓じた。また、「きよらけくこそ」の読みもあり、捨て難い。「まさやかにこそ」の読みにはやや無理も感じるが、魅力がある。 こそ:この終助詞「こそ」の文法的解釈には諸説あり、厳密にいえばなかなか難しい。「広辞苑」によれば、誂(あつら)え(指示命令)の意味を持つ上古語動詞「こす」の古い命令形であるという(さらにその語源は、上代の動詞「来(こ)」+「す」だという)。「聞こし(召す)」なども類似の語構成と見られる。 「こそあれ」「こそあらめ」(「~であれ」)の省略であるとする、平安時代以降の古典文法では常套といえる解釈もあったが、「広辞苑」や三省堂、ベネッセなどの古語辞典では、軒並み否定されているようだ。 しかし、いずれにしても命令に近い願望、祈祷を意味する「~であれ」「~であらんことを」のような意味になることに変わりはない。 のちに発達した「こそ・・・けれ」などの係り結びは、もともと倒置法が起源であるとする説がある(国語学者・大野晋氏ら)が、この歌の結びの「こそ」は、それ以前の文法的形態を示していると思われ、詠まれた年代の古さを示している。 * この歌にインスパイアされたという中村岳陵の日本画「豊幡雲」(昭和11年・1936)を写した綴れ織りは、宮中晩餐会などでおなじみの皇居・豊明殿の壁面の装飾として知られる。 層積雲 Lenticular cloud ウィキメディア・コモンズ パブリック・ドメイン *画像クリックで拡大。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014年09月11日 09時54分00秒
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