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七色の 光の影の 百面相
この「七色いんこ」って、ほんとに手塚先生の晩年の作品なんでしょうか。もちろん、主人公の代役役者稼業で盗人の七色いんこは、ブラックジャックを想起させますし、前述した「ミッドナイト」の主人公に通じるものはあります。さらに、主人公にへばりつく女性の和登さん、いや間違え、それは「三つ目がとおる」ですね、ええっと、スケバン刑事の千里万里子ですね。ありえるパターン。いんこの相棒も登場します、はじめは、インコそのもの。でも、キャラ的にちょっと個性がいまいち。で、いつのまにか、玉サブローという、芸達者の犬。こいつ、すぐに、酒を飲みたがる。これは、まあ、ピノコみたいなパターンかなあ。 そこまでなら、まだ彼の作品の常套手段っぽい。でもね、なんでやろう、ホンネというキャラが途中から登場します。それをさかいに、この連作、どんどんシュールかつ、お笑い的な要素が増えていきます。まさに、ブラックな様相がじゃかすか。 作品そのものは、戯曲、演劇好きにとってはたまったもんじゃありません。シェークスピアでしょ、ゴーリキーでしょ、イプセンでしょ。そして、岡本綺堂も。あと、テネシー・ウィリアムズやゴーゴリ、ベケットにカミュに、ジェームズ・バリー。木下順二やメーテルリンク、曲亭馬琴にジロドゥも。バーナード・ショーやモリエール、ブレヒトならまだしも、イヨネスコやらカレル・チャペック、カポーティ、さらには、安部公房まで、作品は登場します。そうそう、馬場のぼると井上ひさしなんかも。 正統派から前衛から歴史もの現代もの、そしてSF、そうした採り上げられている演劇以上に、この「七色いんこ」そのものが劇中劇からさらに劇中劇の劇中劇のような体裁をもちつつ、アバンギャルドかつ摩訶不思議な世界をかもし出していきます。中での会話も絶妙。まるで漫才師のボケとツッコミにさも似たり。おいおい、破天荒で素っ頓狂な挿入物語も。 はい、ちょっと一例をば。「サンドイッチに靴下はさむな」のいんこに、ホンネなるキャラが「じゃ、靴下にサンドイッチはさめとでも」。もう、これは最高の芸術的会話ですぞよ。劇中劇なのか、日常なのか分からなくなるし、日常の中でも平気で人間以外の生き物が登場し、人間のように喋る。そして、言います。「人間は毎日芝居をしているのだ」などとも。 ラストになれば分かること、いんこは、万里子の見合い相手、男谷マモルでもあり、いくつもの会社を経営している財政界のキング鍬潟隆介の息子、鍬潟陽介でもあります。そして、彼の最愛の女性である朝霞モモ子は・・・・・・。 この作品の大団円は、思わぬ展開でもありながら、すべての人間の愛と憎しみと滑稽さとを私ら読者にいっぺんに投げつけてくれますね。そ、そんな、いっぺんに投げつけられたら、どうやって受け止めればいいんじゃあ、そう思うお人もいるかもしれません。最後に、よき伴侶の迷犬、玉サブローが示唆してくれていますが、分かっていただけますか? 作者は投げかけていますね。 こんなに若々しくも、大胆かつアバンギャルドでしかも反面に愉快で楽しい作品を晩年といわれる時期に描いた手塚治虫は、はたして何ものぞ。そうですか、絶えず、最も最前線でいようとした彼の力量なんですかねえ。いやいや、そんな肩肘張った感覚もありませんぞ。ようは、どんな漫画家よりも、絶えず可能性を秘めていた作家なんですね。それは、おそらく、なんでもやれるぞ、そんな子どもの頃の夢を追う心が、いつまでも彼を手放せなかったのではないでしょうか。 七色の光を浴びながら、さらに、そこで暗い部分も含め百面相を演じたのは、手塚治虫本人でありました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年10月30日 21時18分10秒
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