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マトモという 当たり前なき 社会かな
またブラックジャックが叫んでいます。 「マトモな医者ならなぜあたりまえのことができねエんだ」と。これは「腫瘍狩り」という作品の一場面。相手は大学病院の外科医長。自らのミスに対し、名誉だとか、新聞ネタは恥曝しだとか、吊しあげに、目の前のブラックと違ってマトモな神経だから耐えられない、などというくだりです。 マトモなら当たり前のことができるはず。なのにブラックにとって外科医長も含め世の中は、当たり前なことができない。あさってにおいてしまっている。そんなマトモとは何ものぞ、そう言いたいのでしょう。当たり前のこともできないマトモな世の中。 おそらく巻末で映画監督の堤幸彦さんが自分のことを述べてられることも、こうしたことに繋がるのではないでしょうか。 「あいかわらず『人間』をダイレクトに主題にしたものは苦手で照れくさく、避けて通りたかった」という彼。そんな彼にTBSがオーダーしたのは「ブラックジャック」実写版。ちょうど「ケイゾク」の頃ではなかったでしょうか。そして「人間」と向き合い「歴史」と向き合い「自分自身」と向き合うことになった彼。以降、彼は素敵な作品をディレクションしていますね。 ところで、本作品集には当時の連載作品のページ数からすると割と長尺の作品が収められています。「過ぎさりし一瞬」。一回読み切りでなく何回かに渡って連載されたのか、それとも特別企画でどこかに掲載されたのか、初出調べていないので詳しくは分かりませが、ブラックジャックの幼少の頃の孤独とは異なる外科医としての孤独が描かれています。有り得ない患者の異国の地の記憶を紐解くうちに辿り着く同じ志の同朋。内乱の戦況の中、抵抗組織に加わった神父。そして、もとは医大の出、先の患者が赤ん坊の時に行った完璧な手術。そのオペはまさに芸術家の技。 ブラックジャックはそんな朋友の技を求めて彼と出逢うのですが、気づくんですね、朋友の指は既にオペが不可能な状態に。 ピノコが、手術のうまいお友達を探している、というようなことを仄めかしていますが、ブラックジャックは明らかに、またここでもマトモな人間の、当たり前どころか不埒極まりない無神経な行為による犠牲者を見るわけです。そして、当たり前のことをしようとする人間を抹殺していくマトモな社会。このマトモな社会とどう向き合って生きていけばいいのか、に直面しています。そうした孤独は、マトモな人には理解できない。はたして、そんなマトモってなんでしょう。 図らずしも、映画監督の堤さんなら、ブラックジャック作品を経て十分に理解できてるんだろな、思います。その後の素晴らしい映画作品(「明日の記憶」や「包帯クラブ」「自虐の詩」など)を観させていただいている私には、しみしみと伝わってきています。そして、私自身も、そんな孤独の悲しみに共感するとともに、悲しみから生まれる優しさを共有せざるを得ません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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お世話になります。とても良い記事ですね。 プラダ メンズ http://www.kfsmtv.net/pradamens.html
(2013年07月08日 14時05分14秒)
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