トランプの ジャックの裏に 手塚治虫
またぞろ巻末からの引用。映画監督の大森一樹氏が次のように語っておられます。「手塚治虫とブラック・ジャックは、実は一枚のカードの裏と表ではなかっただろうか?」。 おそらく監督自身がブラック・ジャック体験をした時期というのが医学生であられた、ということからすれば、同じ医学の道を歩みながら、手塚氏は漫画家、大森氏は映画監督、お二人とも医者にならなかった、という共通点をブラック・ジャックという媒介でより強固な結びつきを捏造したくなったのではないでしょうか。
となれば、さらに下衆の勘繰りがしたくなるというもの。今回のテクストには黒男と父親との逸話が2作品あります。「選ばれたマスク」と「骨肉」。実母を捨てて別の女に走った父親に対する、母への絶対的な愛おしみ故の憎しみと、それでも血と肉を我が身に受け継いだ父への恩恵。確かに、私は手塚氏自身の母への慕情を何かで知り得た経緯があります。そのあたり、大森監督にとって強固な結びつきにプラス要因となっているんでしょうか。すいません。揚げ足取る気はありませんので。
ところで、文字通り手塚治虫とブラック・ジャックは一枚のカードの裏と表という点では、あの名作「バンパイア」ほどではないにしろ、手塚氏自身のキャラクターが登場します。もちろん、スターシステムの醍醐味もブラック・ジャック作品の魅力。ここでも「お医者さんごっこ」という作品に登場してます。面白いのはフリの話なんですね。ようは嘘。偽ブラック・ジャックはかわいい。でも、そんな嘘が本当になる。して、それらの関係の梯をしている、ブラック・ジャックと仲良く連絡取り合っているのは、なんと医師を演じる手塚氏なんですね。本物登場の横に手塚先生がにこやかにいらっしゃる。
やっぱり大森監督曰わくの「手塚治虫とブラック・ジャックは一枚のカードの裏と表」は正解かも知れないですよ。さて、大森監督、ブラック・ジャック作品のどれかを映画作品にしませんか。この「お医者さんごっこ」なんかは、いかがですか。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
もっと見る