テーマ:心の中の記憶(27)
カテゴリ:心の中の記憶
葉山でシェフをしていた…ある日。 いつも仲良く連れ添っている常連客の老夫婦は、店のすぐ裏手に住んでいる。 ランチタイムも終わる頃…。 おばあちゃんがひとりで店にいらした。 席にも座らず… いつもと様子が違う。 店の奥さんが応対をしていた…。 「シェフ…ペスカトーレをお持ち帰りになりたいそうですが…」 「えっ…。ペスカトーレ?…パスタのお持ち帰りは…」 通常…パスタのお持ち帰りは、お断りしていた。 イタリアンパスタは、時間の経過と劣化が比例する。 奥さんがキッチンに入ってきて… オイラにささやいた。 「おじいさんが、あと3日位の命で…。最後に…おじいさんが大好きだった。シェフのペスカトーレを食べさせてあげたいそうです」 「えっ…。………」 「この前、来た時…あんなに元気そうだったけど…」 「末期の癌だそうです…」 「えっ…そうだったの…」 「俺のペスカトーレなんかでいいのかな…?」 「いつも美味しそうに食べられて… いつまで待ってでも食べたいって…。 最後にペスカトーレ… シェフ…嬉しいですよね。そこまで言われて…」 「わかりました。作ります…家まで届けると伝えて下さい…」 複雑な気持ちだった。 嬉しいというより…悲しかった。 すべてのオーダーの料理を出した後。 おじいさんに食べて頂くペスカトーレの準備をした。 アルバイトが仕込んだペスカトーレの具材は、冷蔵庫にあったのだが…。 新たに自分で、ひとつひとつの具材を丁寧に一人前分だけ仕込んだ。 納得のいく完成度の高いペスカトーレを作ってあげたかった。 アルミのフライパンを磨きなおし… スパゲティを茹でるお湯の塩分を確認。 オリーブオイルを注いで… ニンニクのみじん切りを入れる… グツグツ沸騰したお湯の中にスパゲティを投入… タイマーの時間は、いつもより20秒早く鳴るようにセットした。 パスタが出来てから、家まで届ける時間とおじいさんが食べ始めるまでの時間を15分~20分と推定した。 アルデンテシモ(アルデンテよりかため)に仕上げれば… 食べる時には、丁度良い硬さになるはず…。 はまぐり、渡り蟹、あさり… 火が入りにくい材料から…フライパンの中へ入れる。 白ワインを注ぎ… フタをする…全ての材料が入って… マリナーラソースを入れる… 複雑な気持ち… 他に食べたいものは、なかったのかな… 人生最後の思い出の食事… そう思うと… 目が潤んだ… 店が忙しい時でも、本当に楽しそうに待っていてくれた。 食べ終わってお帰りになる時は、来店したとき以上の笑顔で… 「ごちそうさまー」と夫婦で挨拶してくれた。 ある時…忙しく… オーダーが立て込んでいる時にご来店した。 キッチンは、強烈に忙しく… ご夫婦の料理が出来るまでには、お時間がかかる事はご来店した時に予想できたので… 「お料理が出来るまでに時間がかかりますから…。もし差し支えなければ日を改めたほうが…」 と接客係が言うと…。 「大丈夫ですよ…。寝て待っていますので…。出来たら起こしてくださいね…」 このご夫婦は、笑ってそう答えてくれた。 冗談にしか聞こえないが… 本当に寝てしまった…。 店の奥さんが…微笑んで… 「本当に寝てます…余り急いで作らなくても大丈夫みたいです」 料理が出来あがると… 「大変、お待たせいたしました…。お料理が出来ましたので…」 そう言うと…嬉しそうに起きられて… 仲良く楽しそうに召し上がられた…。 そんな思い出がスライド写真を見ているように蘇る。 そこまでして…食べてくれたペスカトーレ… 嬉しいはずなのに… 何故か胸が詰まるほどに悲しい…。 アルデンテシモにあがったスパゲティを海の幸が入ったマリナーラソースに入れる。 皿をオーブンにいれ少し熱めに温める。 こうしておけば少しの時間…パスタを保温しておける。 慎重に塩、胡椒をして皿に盛り付ける。 皿に軽くラップをかけて… 家まで届けさせた。 4日後… 綺麗な菓子折りをもって… おばあさんがご来店した。 昨夜、息をひきとったとの事。 お通夜とお葬式は、故郷の京都で行うとの事。 おひとりになった、おばあさんは… 京都にいる娘さんご夫婦とご一緒に暮らす事になったとの事。 「大好きだった…あのスパゲティ…本当にありがとうございました。『旨い旨い…』って言って全部食べたんですよ。本当に嬉しそうでした…」 胸が詰まって…言葉にならなかった。 1ヵ月後、おばあさんは迎えに来た娘さんご夫婦と京都に行った。 追伸:この時の葉山のお店でのエピソードは、前に書いたこんなエピソードもありました。沢山のお客様から学んだ事の数々…。本当にありがとうございました。 そして、今後とも宜しくお願い致します。 応援してね。 シェフの落書きノート 日記、記事の目次 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[心の中の記憶] カテゴリの最新記事
初めまして。履歴からやってきました。
私も料理のプロ(シェフではない)です。 同じような思い出があるので書き込んでみました。 私の場合は、父で、やはり末期癌でした…。 最後に食すであろう料理を作る気持ちは、 よく分かります。。。 未練のない死は、ないです。 でも、未練を減らすお手伝いは出来たと思いますよ^^ (2005.12.10 05:59:39)
自分が人生最後の食事に何を食べたいか。。とは
まだ正直考えたくないですが、とりあえず このおじいさんはシェフのペスカト-レを喜んで 食べられてよかったですね。 (2005.12.10 07:52:00)
はじめまして、足跡からきました。
こんなこともあるのですね、私達も思い入れのあるレストランを持ってます。 きっと、心をこめてシェフが作ってくれていたお料理だから、この方たちも好きだったのでしょうね。 とても素敵なお仕事、これからもがんばってくださいね!! (2005.12.10 08:00:34)
aura cucinaさん
お久しぶりです。足跡からきました。 とてもいい話ありがとう御座いました。 そんなに気持のこもった「ペスカトーレ」さぞかし美味しかったことでしょう。おじいさんもきっと冥土で自慢話されていることでしょう。これからもずーっといいシェフでいて下さい。 リンクいただきます。 (2005.12.10 09:36:56)
胸にきゅーんとくるお話でした。。。
不幸にも人生の最期を迎えてしまう方の、最期の思い出のお食事のチカラになれるなんて、aura cucinaさんは素晴らしいお仕事をなさってると思います! わたしも、人の役にたてる人間になれるよう、ガンバリたいです。。 (2005.12.10 09:52:03)
そのおじいさん、最後に自分の食べたい物を食べられて、幸せですね!
きっと天国から、応援してくれていると思いますよ。 (2005.12.10 10:26:04)
すごく感動しました。
よく死ぬ前に何食べたい?とか冗談で友達と話すことありますが、 aura cucinaさんのペスカトーレはおじいさんにとって生涯最後に食べたい一品だったのですね。 aura cucinaさんの言うとおり複雑なお気持ちですよね。元気だった人がいなくなるって本当に悲しい。 心を込めて作る料理は人の心に深く刻まれていくのでしょうね。 またお話し聞かせてください! (2005.12.10 14:03:16)
はじめまして。
思わず涙がでてしまいました。 私はケーキショップにて勤務しておりまして、カフェも併設しております。 ふと、常連のお客様の顔を浮かべて、毎日のご来店にもっともっと感謝しなければと痛感いたしました。 きっとその方が召し上がったペスカトレーにも、シェフと同じくらいの思い入れがあったと思いますよ。 ステキです。 本当に涙が止まりません。 マニュアルにはない接客。 私ももっともっと学ばなければと思いました。 ステキなお話に出会えてよかったです。 (2005.12.10 16:33:02)
昔肉さえあればって若かった頃はなぜか「おにぎり」ってまるで死刑囚のような事云ってましたが、
今は思い付く美味しかったものをリクエストするのでは。 あ、でもリクエスト出来る誰かがいなきゃ無理ですけど! どうせ自分で作る事になるんだ・・・ ふう-y( ̄Д ̄)oO○ (2005.12.10 17:58:28)
ないとぶるーさん
>私も料理のプロ(シェフではない)です。 >同じような思い出があるので書き込んでみました。 >私の場合は、父で、やはり末期癌でした…。 >最後に食すであろう料理を作る気持ちは、 >よく分かります。。。 ------- 同じような経験をなされたのですね。 この経験は、僕にとって大きな経験になりました。 料理人の能力をあげるのは…やっぱりお客様ですよね。 --------- >未練のない死は、ないです。 >でも、未練を減らすお手伝いは出来たと思いますよ^^ ----- ありがとうございます。 いつでも良いものを作っていきたいですね。 (2005.12.11 00:06:01)
tmtm123さん
>自分が人生最後の食事に何を食べたいか。。とは >まだ正直考えたくないですが、とりあえず >このおじいさんはシェフのペスカト-レを喜んで食べられてよかったですね。 ----- ありがとうございます。 僕が作ったもので良かったのか… いままで食べた事がないものを求めるのではなく… 慣れ親しんだ物を求めるのは、自然なことのようです。 この時を境にして…それまで以上に人のありがたみを感じるようになりました。 (2005.12.11 00:13:11)
greeneyes*さん
>こんなこともあるのですね、私達も思い入れのあるレストランを持ってます。 >きっと、心をこめてシェフが作ってくれていたお料理だから、この方たちも好きだったのでしょうね。 ---------- 今の時代、思い入れのあるレストランがあるだけで特別なのかもしれませんね。 東京出過ごす人の移り変わりと心変わりを見ていると…。 ----------- >とても素敵なお仕事、これからもがんばってくださいね!! ----- どうもありがとうございます。 この仕事…なかなか豊かな生活をさせてはくれませんが… こんなにも、人のドラマに触れる仕事も少ないですよね。 未だに人に教えられる事が多いのですが… 頑張っていきますので… 今後とも宜しくお願い致します。 (2005.12.11 00:20:11)
DreamTreeさん
>aura cucinaさん >お久しぶりです。足跡からきました。 >とてもいい話ありがとう御座いました。 >そんなに気持のこもった「ペスカトーレ」さぞかし美味しかったことでしょう。おじいさんもきっと冥土で自慢話されていることでしょう。これからもずーっといいシェフでいて下さい。 >リンクいただきます。 ----- お久しぶりです。 いつも楽しんで作るように心がけているのですが… あの時のような複雑な気持ちで料理を作ったのは、後にも先にもありません…。 料理には気持ちが反映するので… 本当に満足して頂いたのだったら…良かったのですが…。 僕が良いシェフかどうかはわかりません。 ただ、精一杯やってるだけですから… リンクありがとうございました。 私もまた伺います。 (2005.12.11 00:27:12)
ペリッサさん
>胸にきゅーんとくるお話でした。。。 >不幸にも人生の最期を迎えてしまう方の、最期の思い出のお食事のチカラになれるなんて、aura cucinaさんは素晴らしいお仕事をなさってると思います! >わたしも、人の役にたてる人間になれるよう、ガンバリたいです。。 ----- いつも、ありがとうございます。 こういう話は、そんなにはないことです。 ただ、この仕事は…人の心と触れる事ができる仕事であるのは確かです。 でも、僕が人の役にたっているのかは自分では全くわかりません…。 ただ、大変だった事よりも嬉しかった事のほうが記憶に残ります。 ペリッサさんならきっと人の心に残る事…沢山できますよ。 (2005.12.11 00:36:29)
erihojoさん
>そのおじいさん、最後に自分の食べたい物を食べられて、幸せですね! >きっと天国から、応援してくれていると思いますよ。 ----- そうですね。 あのご夫婦は、本当に物腰の柔らかい優しい感じのご夫婦でした。 料理を作るのにあんなに重い気持ちで作ったのは初めてです。最高のペスカトーレに仕上がっていたとおもいたいですけど…。 おじいさんが応援してくれているなら、もっと頑張らなきゃ…ですね。 (2005.12.11 00:42:43)
hasunohana7777さん
>すごく感動しました。 --------- どうもありがとうございます。 --------- >よく死ぬ前に何食べたい?とか冗談で友達と話すことありますが、 aura cucinaさんのペスカトーレはおじいさんにとって生涯最後に食べたい一品だったのですね。 > aura cucinaさんの言うとおり複雑なお気持ちですよね。元気だった人がいなくなるって本当に悲しい。 >心を込めて作る料理は人の心に深く刻まれていくのでしょうね。 > またお話し聞かせてください! ----- こういう話は、長くこの仕事続けていても、そんなに多くはないのですが… この仕事をやっていて本当に良かったな… と思える瞬間って、たまにあります。 そんな時は、やっぱり嬉しいですね。 お客様に感動させられる事って… やっぱり必要なんですよね。 (2005.12.11 00:46:45)
cowbell1948さん
>はじめまして。 >思わず涙がでてしまいました。 --------- どうもありがとうございます。 これは、たぶん一生忘れる事の出来ない思い出なのだと思います。 --------- >私はケーキショップにて勤務しておりまして、カフェも併設しております。 >ふと、常連のお客様の顔を浮かべて、毎日のご来店にもっともっと感謝しなければと痛感いたしました。 ---------- お客様に教えて頂く事は、意外に多いことを今更ながらに感じます。 立場は違えど心が通じ合えるのは何より嬉しい事ですよね。 ---------- >きっとその方が召し上がったペスカトレーにも、シェフと同じくらいの思い入れがあったと思いますよ。 >ステキです。 >本当に涙が止まりません。 >マニュアルにはない接客。 >私ももっともっと学ばなければと思いました。 >ステキなお話に出会えてよかったです。 ----- 本当にどうもありがとうございます。 きっと出来ると思います。 沢山のお客様の心にふれて…今の自分があります。 そしてこれからの私も…。 沢山の失敗や忘れたい位の嫌な出来事もあるかもしれませんが… 私達は、人の心に触れる事が出来る最前線の仕事場に立っているのですから、いつも心を温めておけば、きっと笑顔が帰ってくるのだと思います。 働いているお店は違えど仲間ですから… 一緒に頑張りましょうね! (2005.12.11 01:02:21)
ぢょんぱんちさん
>あ、でもリクエスト出来る誰かがいなきゃ無理ですけど! >どうせ自分で作る事になるんだ・・・ >ふう-y( ̄Д ̄)oO○ ----- 自分で作らなくても… きっと思ってくれる誰かがいます。 特別な時…僕で良かったら… ここにいますから安心して下さいね。 (2005.12.11 01:05:26)
ぜんさん
>いや~感動したな~ >凄くジェラシーを感じました >お客さんに感動を与えられる仕事してみたい ----- ぜんさんなら心が熱い人ですから… 感動する人が沢山おられると思います。 料理は、五感で感じてもらえるので感動という2文字からは最短距離なのかもしれませんね。 仕事は大変な分…お金などに置き換えられない何かがかえってくる事もあります。 それが魅力で今までこの仕事を続けてきたのだなぁ…と思う時があります。 (2005.12.11 01:13:30)
kaoripanさん
>私のベスト3に入る大好きなパスタ!! >ただ 関西圏は あんまりペスカトーレが無いんです >イタリアで食べたの 美味しかったな~~~ ----- 初めて知りました。 関西圏には、ペスカトーレ… あまりないのですか… どうしてでしょうか? 美味しいのになぁ…。 (2005.12.11 01:14:52)
「食」は生きる事そのもの。美味しいものを食べて不幸な顔をしている人はいませんね。
そしてそれが血となり、肉となりその人そのものを作って行く・・・そう改めて考えると、本当にすばらしいお仕事をされていらっしゃいますね。 (2005.12.11 01:18:55)
amairoさん
>「食」は生きる事そのもの。美味しいものを食べて不幸な顔をしている人はいませんね。 >そしてそれが血となり、肉となりその人そのものを作って行く・・・そう改めて考えると、本当にすばらしいお仕事をされていらっしゃいますね。 ----- 将来は、音楽に携わる仕事がしたくて…。 高校時代にギターを買うために始めたアルバイト。 それがこの業界だったです。 毎日が感動の連続でよい事ばかり… なんて事は全くなく。 当たり前に現実は、その逆で、感動するような良い事は、本当にたまにやってきます。 だから、その時は物凄く嬉しいのでしょうね。 amairoさんのお仕事も人と接する事が多く大変なお仕事ですよね。 神経を使う事も多いかと思いますが… 頑張りましょう! (2005.12.11 01:38:16)
maruco136さん
>素敵なエピソードですね。 >人に感謝をされる仕事ができるなんて >とても幸せなことですね。 ----- ありがとうございます。 スタッフともに同じ気持ちで働けた事が大きかったのでしょうね。 そんな環境を作れると不思議な力が生まれるのですね。 これからも、宜しくお願い致します。 (2005.12.18 02:40:29) |
|