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カテゴリ:連載小説
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松田がアメリカに行っている間に、ひとつのプロジェクトが進行していた。これまでは、アンテラジャパンはアメリカ本社製のゲームタイトルを日本向けにローカライズして国内で販売していた。しかし、売れない。どんなに売りこんだところで、そして問屋に押し込んでも、それは借りをつくるだけ。ゲームをつくればつくるほど、損がふくらんでいく。 それを、日本のプロダクションがつくった日本市場むけのゲームをアンタラの名前でリリースしようというのだ。それは、これまでになかった試みであった。 その第一段が、飯山健司の「Jの朝食」だった。開発の神野によれば、できはかなりのもので、メガヒットとはいわないまでも、ヒットはするだろうという。そして、この「J」を軸に3本ほどを日本でリリースしていくということだった。 この話を聞いたとき、川越も案外、深田と同様に戦略家なのではないか?と松田は思った。アメリカに日本の路線を認めさせ、なおかつ、売れ筋となる可能性を秘めたゲームソフトを引っ張ってくるコネクションを持っている。それは、なんらかの手腕がないと難しい。その手腕が川越にあるののかもしれない。とにかくトウショウヘイのことばではないが、黒い猫でも白い猫でもねずみをとる猫はいい猫。会社に利益をもたらせてくれるなら、多少のわがままもいいのかもしれない、と思ったのも事実だった。熊本は、このプロジェクトがはじまって、進行管理を神野とともにやるようになっていった。そこそこ、この兄弟は、やってくれるのかもしれないと淡い希望的観測を松田はこのとき持った。この日も、飯山が来社したと知ると、大沢との移転先の話を切り上げ、開発部隊をまじえた会議に入っていった。 それまで熊本と一緒に打ち合わせをしていた大沢はしばらくの間、不動産デベロッパーのパンフレットなどをペラペラとながめていたが、パタンと閉じると松田の背面にある、だれも使っていないデスクに移動、いつもの大きなバックを机の上に置いた。その中から、大型の5センチ幅の紙に計算結果を記録できる機能のついた電卓をとりだした。 「安藤さんが作られていた報告書のファイル、みせてくださる?」 そういって、松田のデスクの引き出しにいれていたファイルをうけとると、ファイルをみながら、なにやらカタカタ電卓をたたきはじめた。 大沢という存在は、松田にとって相性がいいとは言いがたい存在なのはあきらかだった。それはアメリカですでに実体験として感じていた。大沢はしばらく電卓と格闘していたが、ほどなく川越が経理のセクションに顔をだし、そして 「ご相談したいことがあるので、昼いきませんか?」 そういうと、大沢も、 「いいですよ」 と答えると、二人で社外にでていった。時間はまだ11時になったばかりであった。 「いい気なもんだわね」 広田が言う。 「まったくだ。ただ、仕事のほう、会社のほうをしっかりやってくれるんなら、いいんだけどな。」 会議室からは、神野の笑い声が時折、聞こえてきた。議論は白熱してきている様子であった。松田としては、大沢という存在が目障りきわまりないが、会社としてはいい方向にむかっているような気がした。 しかし、翌週の伊香の入社が、うまくからみ合いながらまわりはじめた歯車を空回りさせるきっかけをつくることになろうとは、社員の誰も知らない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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