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カテゴリ:連載小説
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広田は、ひとから仕切られたりするのが、嫌いなところがある。かといって、組織人として、うまくやっていけないかというとそうではない。松田は広田とは3ヵ月弱の付き合いだが、組織人としての広田にも、評価をしている。かつて、大手メーカーで何年か働いていたこともあることも影響しているのかもしれない。組織人としての役割もじゅうぶんにわきまえている。 ただ、なんの脈略もなく仕切られるのは、我慢ならない。どうも、伊香のとかく目立ちたがる、そしてしきりたがるひとつひとつの姿勢が、広田には我慢ならなかったということらしい。 「わかった。ちょっとなあ、きょう日銀に行って、書類をもらってきてくれるかなあ。そしてそのあともう一度行ってもらうことになるけど。」 そうIPメッセンジャーにうちかえした。 IPメッセンジャーは、便利なツールで、ネットワークが存在するところで、このメッセンジャーを使うと、おたがい、メールソフトを使わなくても、即、相手のモニター画面にメッセージが伝わる。 インターネットが普及した現代の会社社会では、会社内での重要なツールになっている。 とにかく、いまはクールダウンさせることが一番。しかし、このしばらく後、秘書の小林も伊香に対していい感情をもっていなかったことを知ることになる。伊香はどうしたかとみると、たばこスペースでたばこをふかしているらしかった。 アンテラの社員は、喫煙者が多い。蒲田は、基本的にオフィスでの喫煙も容認されていたが、銀座にうつってからは、たばこスペース以外は禁煙になった。喫煙者は1時間に10分、たばこスペースに行き、たばこを吸いながら仕事の話だけでなく、雑談をするなどしていく。スペースといっても、エレベーターホール脇の狭いスペースに、灰皿が置いてあるだけだったのだが、だれかが、パイプ椅子を3脚置いたことから、談笑場になり、平均滞留喫煙時間ものびてしまった。 「じゃあ、いってきます。」 「わかんなかったら、電話くれよ。電話番号わかるな。」 「もう、子供扱いしないでほしいなあ。これでも、大人の女なんだから。」 「おい、どっからいくつもりだ。」 「非常階段よ。伊香さんと顔を合わせたくないから。」 そこまで、いやなのか、と松田は思った。松田も、伊香は性格的にあわないが、仕事は仕事と割り切って考えるようにしている。広田の場合、割り切るのも難しいようだった。 「気をつけておりろよ」 「だいじょうぶよ。5階くらい。」 広田が非常階段へ通ずるドアをあけると、春の風が一瞬、室内に静かに滑り込んできた。 ふと、川越からいわれていたプレゼンのことを思い出した。 「なにやってんの?」 熊本だった。 「プレゼンのプランニングですよ。どうしようかと思って。」 「あんまり、こんをつめないほうがいいよ、そんな時間ないみたいだから。」 「だって、スコットだかと、インターナショナルのトップだかのひとくるんですよね」 「スコットだけになったようだよ。それも夕方に着いて、つぎの夜にソウルだから、ほとんど時間ないよ。」 しかし、可能性があるから、川越は松田に言ったに相違ない。必要ないと思っていて、やっぱりありました、というよりは、万全を期しておきたいと松田は思った。 松田は、コピー機からA4サイズの紙をとりだし、机の上においた。そして、ペンで、プレゼンの骨格をつくりあげることにした。 ただ、そんなに時間がないのであれば、あまり凝る必要はないかもしれない。松田は思った。図表にしたって、売り上げ高推移、損益計算書、貸借対照表をダイジェストにまとめておけば、あとはなんとかなるんじゃないか。 それは、あきらめ、投げやりというよりも、むしろ、他に考えなければならない案件が、それもプライオリテイの高い案件が、きたために、おのずと、プレゼンの順位も、いくぶんか下降ぎみになりかけていたのは事実だった。 そう、松田の頭のなかにはプレゼンよりも「7億」というアメリカに送金するお金のほうが、大きな面積をしめていたのだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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