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元SF小説家・春橋哲史のブログ(フクイチ核災害は継続中)

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2019.03.27
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​​​​​​猪狩忠昭さんが亡くなった原因と責任の解明の場は、法廷へ

 2017年10月26日・木曜日に、フクイチ(東京電力・福島第一原子力発電所)で働いていた
自動車整備工・猪狩忠昭(いがり ただあき)さんが​​勤務中に動けなくなり、亡くなりました。
 忠昭さんのご遺族は、責任の明確化・謝罪・損害賠償を求めて、今年2月13日に、​​​雇用元(いわきオール)・元請け(宇徳)・東電を福島地裁いわき支部に提訴しました。

 その第1回口頭弁論が3月25日(月)に開かれたので、私も2年ぶりにいわき市に行き、いわき駅から徒歩10分の、同支部・4階の第1号法廷の傍聴席・最前列で傍聴しました。44席の傍聴席は、ほぼ満席でした。

 口頭弁論では、忠昭さんの配偶者Aさんが意見陳述し、原告代理人が提出した意見書を朗読した後、原告代理人と被告代理人との間で、認否や書面提出に関するやり取りが行われました。被告側は基本的には請求棄却を求める姿勢で、東電は反論の書面を提出する旨を表明し、いわきオール・宇徳は、原告に対して、「安全配慮義務の中身を具体的にして欲しい。それに基づいて反論の書面を準備する」と言っていました。

 この日は、意見陳述含めて30分程度で終わりました。
 後半の10分以上は、次回の日程調整に費やされました。裁判長は、5月の連休明けで調整しようとしていましたが、被告側の「差支え」が多く、次回の口頭弁論期日は、「5月23日・木曜日・13:30~」と決まりました。同じく、福島地裁いわき支部です。


 尚、原告を支援する会の立ち上げ準備も進んでおり、そちらの名称との整合性も踏まえて、今後、本件訴訟は「福島第一原発過労死訴訟」と呼称・表記し、本ブログ上では略称として「フクイチ過労死訴訟」を用いることにします。


配偶者Aさんの意見陳述

 配偶者Aさんの意見陳述をほぼ全文、以下に掲載します。
 尚、段落・句読点等、読み易さの為に春橋にて適宜変更し、補っています。

====配偶者・Aさんの意見陳述、ここから====

 昨年10月16日、夫の命日10日前に、労災認定の連絡を受けました。
 夫が亡くなってからの一年間、沢山の方々のご協力により、数々の聞き取りと調査などの結果、長時間労働が認められました。
 しかし、私共の調査聞き取りから、亡くなった当日の状況に、隠蔽の疑惑があります。
 当時、宇徳の関係者及び同僚整備士より、当日の時系列での状況を聞いていた内容と、医師らのカルテの内容の相違や、警察の事情聴取に、現場にいて関わった人全員がなぜ受けなかったのかなど、まだまだ多くの不信があります。

 夫の死亡原因が長時間労働だけではない事を明らかにする為、人命よりも利益を優先する企業に対して、真実の追求と夫の名誉の為、今回提訴に至りました。
 死亡当日の事実、隠蔽を裁判を通して明らかにして下さい。
 当日夫に携わった方全員の証言を求めます。
 また、労災認定を受けても尚、企業側は当初からの「認識が違う、コメントする立場にない」などと、一貫して不誠実な対応を変えません。非人道的な発言、対応を許せません。
 夫の遺品の携帯に残された写真から、私達家族が知り得なかった、日々の作業の大変さや、証拠と成りうる資料などが、沢山ありました。
 しかし、あらゆる証拠を携帯に残して亡くなった夫は、本当は家族に話したかった事や、不測の事態を覚悟していたのではないか? 何かあれば頼むぞ、と言っている様に感じてなりません。
 夫が亡くなってから、整備士、作業員同士の絆や、他社からの引き抜きの話を断っていたなどを耳にして、夫は原発事故収束作業に携わる事に誇りを持って、惜しげも無く技術を提供し働いていた事が想像出来ました。

 今現在も4000人以上の作業員の方が、被曝と言うリスクを背負って作業に従事しております。命を削って働いています。彼らがいなければ、収束はあり得ません。
 原発作業員の労働環境・賃金の改善・危険手当の完全支給・救急医療措置・放射線被ばく管理・安全確保・健康管理・生活保障・雇用条件の是正、そして、これまで尊い命を落とされた方々の再調査を強く望みます。
 東京電力の記者会見での「作業との因果関係はない、労災といったものではない」との断言に対しての撤回と謝罪・死亡時の説明・救命措置の落ち度・事実内容の露呈を要求します。
 何をしても夫はこの世に戻っては来ませんが、夫の代わりに、真実を追求し無念を晴らす事が、何よりの供養になると思います。
 うつくしま福島を原発事故で汚染し、故郷をなくした人々や、収束作業に携わる方々に誠意と敬意を持って対応して下さい。
 二度と過労死、事故死を起こさせないで下さい。
 原発事故と言う前例のない東電が起こした事故により、働き、命を亡くした方への責任の所在をはっきりさせ、尊い命の重さに対する誠意ある対応を望みます。
 命より大切なものはないはずです。

 最後になりますが、裁判を始めるに当たり、意見陳述の場を与えて下さった裁判所に対して感謝申し上げます。

​====陳述、ここまで====​

 原告代理人が提出した意見書の内容と関連情報は、リンク2にまとめています。その他の関連記事にもリンクを貼っておきます。

(関連記事)

(リンク1)​フクイチで亡くなった猪狩忠昭さんの労働実態

(リンク2)​フクイチ過労死訴訟・原告代理人の意見書・厚労省ガイドライン・質問主意書

(リンク3)​​フクイチ過労死訴訟・第2回口頭弁論~息子さん・娘さんの意見陳述と、争点概要~

(リンク4)​【原発】作業員〝使い捨て撲滅〟を訴える遺族​(政経東北5月号)

(リンク5)​20年3月、フクイチ「未払い賃金訴訟」は原告勝訴

(リンク6)​フクイチ過労死訴訟は結審~3月30日判決予定~ 

(リンク7)​フクイチ過労死訴訟・地裁支部判決は、一部勝訴・一部敗訴

(リンク8)​約4年間の粘り~フクイチ過労死訴訟は一挙に原告有利へ~


(リンク)​福島第一原発過労死責任を追及する会


​記者会見の見学

 口頭弁論終了後、私は
​遺族のお一人に車で送って貰い、原告側の記者会見に途中から同席(正確には見学)させて貰いました。
 記者会見は、動画で数え切れないほど視聴していますが、実際に現場で見るのは初めてでした。広いとは言えない会場はほぼ満席で、後方にはテレビ関係者が陣取っていました。とは言え、新聞社と合わせて、10社を超えていたかどうかで、それほど多いとは思えませんでした。満席になっているのも、半分以上は支援者や関係者でした。

 実際に、数日後、ネットで検索をかけてみたら、多くの新聞社は共同通信が配信した記事を載せており、独自取材のものは見付けられませんでした。

 私は記者会見での質疑は全て現場で見聞きしました。その範囲での印象ですが、来ていた記者達も、お世辞にも、フクイチやその労働環境・条件に詳しいとは思えませんでした。東電が認めているだけで「死者20人、重軽症者が約200人、熱中症が約90人」という情報も、把握していたのかどうか。

 又、この日以後、4月末までの間で、東電の定例記者会見で「フクイチ過労死訴訟」のことを訊いた記者は一人もいませんでした(フリー記者も含みます)。
 
 当日の写真を何枚かアップします。

↓ 当日、記者会見場にて。忠昭さんの遺影と、配偶者Aさん。




↓ いわき駅前で撮影。観光で来たいくらいの空模様だった。









ご遺族との深夜までのお話し

 記者会見が終わった後、ご遺族の一人に、常磐線の別の駅近くへ車で送って貰いました。

 夜は、某飲食店で、忠昭さんの娘さんも加わって、お酒と食事を共にし、日付の変わる頃までご遺族とお話しさせて貰いました(今にして、調子に乗って遅くなりすぎたかと反省しています)。

 ブログには書けない、忠昭さんのプライベートなエピソードを、結婚前の事から沢山伺いました。
 真面目で、優しくて、器用で、気が利いて、整備工としても優秀で、仕事仲間や後輩から慕われていたこと、娘さんととても仲が良かったこと、息子さんへの事実上の遺言など、ご家族の大切な思い出で溢れるようでした。
 よく飲み、よく食べ、よく笑い、不幸が切っ掛けのご縁なのに、こちらが元気を貰いました。
 
 一方で、初対面も同然の私に、どうしてこんなことまで話してくれるのかと、時々、胸が詰まるような思いにもとらわれました。
 
 私のブログが調査の糸口になったことを、とても大事に思って下さっていたのが、よく分かりました。東電の発表に乗っかって情報を集めていただけのブログなのに、過大評価ではないかと恐縮するばかりでした。
 
 翌日は、特急「ひたち」で帰路につくとき、ご遺族の一人が、駅の外から金網越しに大声で呼びかけて下さり、列車の窓越しに、見えなくなるまで手を振って下さいました。こんな見送りを受けたのは初めてです。
 心の温かさに、動き出した列車で椅子の背もたれに体を預けながら、たまらない気持ちでした。

 こんなに温かくて気持ちの良い人達を苦しめ、娘さんを大泣きさせたという東電や協力会社は許せません。責任を取らせなければいけません。

 ご遺族には、送迎・深夜までのお話し・見送りまで、感謝しきれないくらいお世話になりました。
 3月25日は、これまでの人生の中で、最も濃密な一日だったかも知れません。

 今回のいわき行きは、口頭弁論の傍聴も目的ではありましたが、ご遺族とお話しする時間を取るのも、もう一つの目的でした。
 元々、2018年から「直接お話ししたい」とお誘いを受けていて応えられず、忸怩たる思いでした。ALPS処理水の公聴会・土壌中の放射性セシウムのまとめに時間を取られ、更には私の個人的な事情ですが、転職後だったので、研修等で時間の融通が利かなかったこと等が重なりました。

 いわき行きの話が動き出したのは、ご遺族から口頭弁論の日程を教えて貰ってからです。直接の連絡を頂いたのが2018年7月ですから、実現するまで半年以上かかりました。その間、配偶者のAさんとお会いしたのは、2019年2月末に、都内の某カフェで短時間の1回だけです。

 様々な情報提供を受けたにも関わらず、不義理ばかりで本当に申し訳ない思いでした。漸く、実現できました。


春橋哲史(ツイッターアカウント:haruhasiSF)​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​





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Last updated  2021.09.23 17:31:17
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