テーマ:ニュース(99572)
カテゴリ:事件・裁判から法制度を考える
先日,捜査手法として違法であると大法廷判決が出たGPSによる捜査(最大判平成29年3月15日)。
このGPSを捜査に用いたか否かについて、証人出廷した警察官が実際はGPSを使っていたにもかかわらず使っていないと証言し、偽証での捜査を行うことが報じられました。 ニュースはこちらからどうぞ。 刑事弁護をしていると,捜査の違法性や取調べの任意性などが裁判で問題になることはよくあります。 被告人を犯人と特定したり,犯行の様子を示した捜査の経緯については,現場に臨場した警察官から報告書が出てその報告書が証拠として提出されます。 弁護側としてはあえて争わない事件なら報告書も同意し,そのまま裁判所にどうぞと言うこともあります。 しかし,あれ?これおかしいぞ?嘘を言っているか,記憶違いしているのでは?となる場合もあり,その場合当然報告書を弁護側で不同意としてせき止め,裁判所に見せさせないようにします。 検察も立証に必要な報告書だからこそ出しているので,弁護側がせき止めれば検察側もその警察官を法廷に連れてきて証人として証言してもらう可能性が高いでしょう。 さて,この警察官の証言について,報道では「警察庁が秘密を徹底するように指示していたことから、担当の警察官が誤った判断で事実と異なる証言をしたと見られる」と報じられています。 警察庁の推測として語られていますので実際の警察官の弁解とは違う可能性は考えられます。 多数の件を扱っている警察官ですから、別件と混同してしまって後で記録を見たら間違ったことを言ってしまったことに気づく…という可能性もありえる所でしょう。 しかし,もし実際に秘密の徹底が理由であると弁解しているのだとすれば,この警察官の弁解は全くの無意味,と断じてよいでしょう。 日本の主権が及ぶ人物である限り、原則として誰もが裁判所で証人尋問を受け,記憶の通り証言する義務を負います。 そして,警察官を含む公務員が職務上の秘密について尋問される場合,本人または本人を監督する公務所から職務上の秘密に関するものであると申し立てた時は,監督官庁の承諾なくして証人となることができないということになっています(刑事訴訟法144条)。なお,国の重大な利益を害する時以外は監督官庁は承諾拒否は許されないこととなっています(同条但書)。 特定人を有罪にするために行っている捜査について,その立証を裁判所に開示することは当然に予定されていることであり,捜査で何をしたかを開示することは,「国の重大な利益を害する」場合に当たらず,証人となって記憶の通り証言することを拒みえないと考えられます。 百歩譲って拒みうる場合に当たる可能性があるとしても,その場合に証言する警察官が行うべきことは,裁判所に対して「職務上の秘密に関する事項であり,証人となって尋問に対応することが出来ないのではないか」と申し出ることです。その上で,本当に証人尋問できないかは監督官庁の判断に委ねられる事項であり,証言者当人が判断すべきことではありません。 監督官庁の判断を仰ぐこともなく独断で「答えられない」というならば,正当な理由なき証言拒否として,証言拒否罪(刑事訴訟法161条)に当たり、懲役などの制裁があります。 ましてや,虚偽の事実を述べることは,例え実際には証言をしなくてよい正当な事由があったとしても偽証罪が成立すると考えられます。例え証言拒絶事由があったとしても,現に内容虚偽を証言したからには偽証罪が成立するという判例もあります(最判昭和28年10月19日最高裁判所刑事判例集7巻10号1945頁。証言拒絶と公務の秘密による証人適格不存在は厳密には異なりますが、私はパラレルに考えてよいと思います。)。 そして,警察官による証言は,少なくとも弁護側からすれば,例え虚偽があったとしても崩すのはかなり厄介です。 捜査は被疑者・被告人や弁護人にも密行して行われるもので,弁護側と言えど全ての捜査活動をチェックできる訳ではありません。捜査している最中には弁護人がついておらず,捜査から何年も経って逮捕されてようやくチェックが入る,なんてこともあります。 文書などの証拠が提出されていて,マヌケな警察官がその証拠と合わない証言をしたというようなケースならば,まだしもそこから解きほぐして警察官の証言の虚偽を暴くことは不可能ではなくなりますが,彼らはそんなにマヌケではありません。後から証拠を見直して,自分の記憶が証拠に都合よく変わってしまう(記憶から変わってしまうのでウソ発見器も無駄)ようなケースだって考えられるのです。 また,別途物証があって照合できるものばかりではありません。検察視点からは,実質的にその警察官の証言一本で立証せざるを得ない事件もあります。それは,警察官がちゃんと証言できなければすぐ無罪になるということですが,逆に言えば警察官の言うことに嘘か記憶違いか,誤りがあった場合でも,証言の信用性を崩す材料がないということでもあるのです。 今回のような「GPS捜査を行ったかどうか」の場合,GPSのメリットは「被疑者・被告人に分からないように捜査できる」ことですから,担当の警察官に偽証をされた場合にはお手上げと言う事態が考えられるのです。 そんな風に「事実の立証が証言一本の信用性にかかっているケースについても証言の真実性を保つ方法」は,「めったなことでは証言は信用しない」か,「虚偽については徹底的に偽証罪で処罰する」と言った形での脅しくらいしかありません。 そして,徹底的に信用性を認めるハードルを高くしてしまったら,警察官に限らず被害者などの証言も同様に扱わざるを得ず,どう立証したらいいのかという問題点がでてくると思われます(個人的には,そんなことを理由に安易に信用性を認めることを正しいとは思いませんが)。 なので,証言しかないようなケースでも「疑わしきは被告人の利益に」を乗り越えるだけの証言の信用性を保つには,せめて,偽証罪が一旦成立すると認めたからには徹底的に処罰することが必要であると考えるべきです。(なお,2014年暮れに発覚した,自称被害者の虚偽の証言で無実の男性が服役させられた件についても,私は同様のことを言いました) 今回の警察官についても,「実際に偽証罪が成立するか否か」については捜査機関による検討を待つとしても,成立が認められたにもかかわらず起訴猶予とするならば極めて甘い措置と考えます。執行猶予でも甘すぎると考えるくらいです。 もしその程度の対応しかとらないのならば,裁判所も証言については,迫真性があって中立でと言うような事情だけでは信用しないという徹底した対応を取るべきです。 元検事の落合洋司弁護士は不起訴だろうと言っていますが…。(なお、落合弁護士も不起訴に賛成と言う趣旨ではなさそうです) また,警察が今回のような事態を発覚後早期に公表したことについてはそれなりに評価すべきだと考えていますが,警察でもこのような事態のないよう,捜査にあたる警察官に対し,常日頃から証言の作法・やり方・起こりやすい問題点に関連する指導をすべきだと考えます。 「事件について知っているから証言台に立たされる」ということは,警察官として犯罪者を処罰することに関与するならば例え下っ端の巡査であろうと当然に想定しなければならないことです。たまたま事件に関係する事項を知ってしまった一般人の目撃証人が仕方なく法廷にきたようなケースとは訳が違います。 警察官が法廷に立っているということは,証言できない可能性があるケースについても自身で判断し適切に申立を行えるというのが大前提であると言ってもいいでしょう。 今回の警察官も,本当に職務上の秘密であるがゆえに話せないと考えたのだとすれば,それについて少なくとも証言してよいかどうか判断を仰ぎ,それに従っても証言したとしても責任を問われない法的手当の可能性は準備されているのであり,それを使わなかったのはなぜなのでしょうか。 上記のような制度に無知であったが故のことなら,警察の方で法廷での証言を拒絶すべき場合やそのような事項について証言を求められた場合の対応などについて指導していれば避けられました。 知っていながら面倒で意識が甘くなり適当なことを言ってしまったなら,偽証がどんな事態をもたらすかを警察で教えることで意識を引き締めることもできたでしょう。そこまでやって意識を引き締められないなら,最初から警察官失格でありそのような人物を捜査の重要な立場につけた警察の人事が問われるべきです。 裁判所より警察の上司が怖かったならば,上司より裁判所を恐れるべきですし,また上司サイドに対しても例えば裁判所に従った部下を叱責するような行為は上司がパワーハラスメントとして処断されると周知徹底されることで,裁判所での証言にも影響をなくせるはずです。 証言をするにあたって,秘密保持を求められる職業として話していいのか?と言う疑問や迷いが生じえることは弁護士も同様なので(私自身,法廷で弁護士が証言したというニュースを聞いた場合に守秘義務は大丈夫なのか真っ先に考える口です),証言を求められた警察官が迷うことは仕方ない面もあるのかもしれません。 そこで対応方法を当人の意識任せにしてしまうと,今回のように最悪の手法を選んでしまう可能性が上がってしまいます。 一般の方はまだしも,常に証言させられる可能性のある警察官について証言対応を身につけさせることは,今回のような偽証に走る事態を防ぐという視点はもちろん,裁判員裁判における分かりやすい主張立証への協力と言う視点からも,重要なことではないでしょうか。 なお,証人となった警察官には実際に指導が行われていて,その中では記憶に従った供述ではなく警察としての論理で語れと教え込まれている…と言う指摘もあります。 事実だとすれば極めて問題あることですが、一応その点についてはこの記事では警察側の良識を信用することにします。 (なお,検察官と証人の間では刑事訴訟規則191条の3によって「こういうことを聞くからね?どう答えるの?」という確認はします。) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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