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碁法の谷の庵にて

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2019年06月13日
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カテゴリ:囲碁~それ以外
(下記は実話じゃありません。実話語ったらバッジが飛んでしまうので…)

 2004年、とある都内の法律事務所にて。
 今度警察や日本棋院から事情聴取をされる予定なのでという事で相談を受けたとある囲碁棋士七段の話を、弁護士がまとめたもの。
 

 俺だってプロの七段だ。
 囲碁とオセロの区別もろくにつかない奴らだって「囲碁の棋士の七段」といえば、「凄いんですね」の一言くらいは言ってくれる。
 センセだって相談前に言ってくれただろう?
 だがな、俺は今みたいになりたくてプロになったんじゃねえ。

 俺がガキの頃に始めた囲碁。
 多少の才能はあったんだろうな。小学生の全国大会で入賞して、師匠に見初められて、院生になって、プロの修行を始めた。

 まあ、とんとん拍子とはいかなかったな。
 地元じゃ天才少年とか言われても、院生は天才少年の集まりだ。俺の兄弟子は、正直俺じゃ100年経っても敵わないんじゃないかって感じたさ。師匠?雲の上過ぎて何年とか考えたことすらねぇ。考える頃にはおっ死んでたってのもあるがな。
 兄弟子は高校2年の時にあっさりプロをあきらめた。プロ試験合格者とも打ち分けくらいの成績で、諦めた時点だって俺じゃ全く歯が立たなかったってぇのにな。兄弟子はその後大学に進学、囲碁は続けてて学生タイトルを取って今じゃアマチュア大会で全国入賞の常連だ。阿含杯じゃプロを何人も負かしているし、ビジネスでも成功しているらしい。埋もれた中堅プロの俺より囲碁界じゃ名前知れてるかもな。
 前の阿含杯、その兄弟子が予選Cにいて、1勝すれば俺と当たる所だった。絶対あたりたくないと思ったね。兄弟子は若手が潰してくれたし、その若手には何とか勝ったから、一応俺のメンツは立った。対局前は当たったらどうしましょうなんて兄弟子と談笑したが、内心俺は怯え切っていたよ。

 それでも兄弟子が不合格だったプロ試験に俺は受かった。
 丁度プロ試験が俺の調子のよい時にあたったんだとは思うぜ?普段負けまくってる相手に何故だか勝っちまった碁が何局かあった。だがな、プロ試験に調子の良しあし関係なく合格できる奴なんざそうそういるもんじゃない。
 未来のタイトル保持者だって、調子が悪けりゃ不合格になるくらいには厳しい世界さ。

 内実はともかく、プロ試験に合格したときは、みんな俺を祝福してくれたよ。
 家族も、師匠も、地元の碁会所も。他の院生たちだって、仲間がプロになれば悔しさを抑えてお祝いの言葉くらいは言うもんだ。
 地元の地方新聞まで「県三人目のプロ棋士」なんて言って取材に来て、俺の記事を書いてくれたんだ。

 センセは俺を「プロ試験に受かっただけでゴールと勘違いして努力を止めたアホ」と思うかい?
 こんな俺でも、プロになった頃は「今はまだまだ新初段だが、10年経ったら棋聖名人本因坊」って意気込んでたんだぜ。あの頃は世界戦なんてなかったが、今だったら「世界戦で活躍する」とかかな。
 棋士はある意味暇だ。棋戦を勝ち上がり続けたところで毎日毎日出勤じゃあないからな。普及活動ももちろんあるが、毎日がそれで埋まる訳じゃあない。
 空き時間を囲碁に費やした奴だけが上に行く。意気込んでた俺は棋譜並べに詰碁。当時は囲碁の研究会なんて今ほどメジャーじゃなかったが、研究会に顔を出して、研究成果を披露して俺より段位が3つか4つ上の先輩に「よく研究してるんだな」って感心されたもんだ。
 師匠は俺が入段してすぐに亡くなった。新聞は俺を「最後の弟子」なんてお涙頂戴な記事を書いてたがな。ドラマみたいに死んだ師匠を思いながら打ってタイトルを取るなんて主人公補正は俺には働かなかった。

 棋士になって1年,俺は出た棋戦で負けまくって、一次予選さえ突破できなかった。一つだけ二次予選に行ったが、あっさり粉砕されたよ。
 勝率そのものは勝ち越しで、一年目の成績は決して悪くはなかった。だが、一次予選でも勝ち抜くには複数回勝たなきゃならない。何せ全棋戦で1回勝てばとりあえず勝率5割にはなれちまうんだから。何十年も初段二段の棋士に1回勝ったところで予選は突破できない。
 最初は「プロ試験に合格した時の好調からちょっと後退しただけだ」って自分に言い聞かせて、勉強だって続けてたがな。
 だが、2年くらいたっても、俺の成績は上向かなかった。強くなったという実感も沸かない。
 入段したばかりの後輩棋士に粉砕されちまったこともあった。俺だって格上を自分でも驚く内容で粉砕したことくらいはあるんだが、あれは堪えたな。
 まあ何度も出場してれば調子が良かったり籤運が良かったりもあるから、天元戦で一度本戦に行った。名人戦の三次予選で1回勝ってリーグまであと2勝になったのが最高かな。

 それと,俺は大手合の成績は悪くなかった。8年目くらいで俺は五段になって、一次予選を打たなくて済むようになった。
 二次予選に沢山出れば、俺は勝てる!と自分に言い聞かせて対局に臨んだが、あの年俺は棋士人生で初めて負け越した。四段までの頃だって二次予選にいったらほとんど負けてたのに、五段になった途端二次予選で勝てるようになると思ってるなんて、今思えばバカな話だ。

 俺が囲碁の勉強を止めちまったのは、多分五段になった頃だ。
 本当は,五段になる前に分かってた。俺は棋聖名人本因坊どころかリーグにも行けない,と。五段昇段が一つの目標になってそこさえ超えればと思ったが、その先にはこれまで以上に絶望的な山が聳えてることを改めて見せつけられて,俺の心は折れた。

 だが、それでも俺は棋士を辞められなかった。もう30近くなってて囲碁以外では生きていけなかった。
 それなら囲碁の普及につとめよう。それが俺の仕事だ。そう思って人生を立て直そうとした。
 普及で囲碁を楽しむ気持ちを取り戻せば,自分の棋力も上向いて勉強も手がつくようになったり、自分に合った勉強法が見つかったりしていつかもっと上にいけるかもなんて夢も見たさ。
 他にも、囲碁の勉強ばかりしすぎたと思って余所に目を向けようと株とかに手を出してみたが,失敗して結構損失出しちまったんだよな。
 まあ株に手を出したにしても、普及をしようと思ったのは本当だ。

 だがな,強豪と互先で打つことに慣れ切った俺だ。うまい具合に打ってジゴ一にするなんて芸当は聞いたことはあってもやろうと思ったことがねえ。俺の指導碁は下手を甚振る碁だ,なんていわれたもんだが,俺は隙あらば即潰すような打ち方しか知らないのさ。
 ある程度やり方ってもんがあるんだろうが,だんだんバカらしくなった。「甚振られて強くなるんだよ!」って最後は開き直っていた。

 そして、普及をしようと思えば、顔を売らなきゃいけない。
 あいにく俺はプロだってだけだ。タイトルを取った訳でもないし、イケメンでもないし、教えるノウハウもない。俺が女流棋士だったら…なんて女性の前で言えばセクハラまがいのことだって脳裏に浮かばなかったと言ったらうそになる。
 俺の地元の碁会所の伝手で、碁盤屋を紹介されたんだ。

「入段の頃から期待していました」
「今は調子が悪いようですが、あなたならきっと上に行けると信じています」
「応援させてください。」


 陳腐なお世辞だし,実のところお世辞だってことくらいは俺にも分かってた。
 だが陳腐なお世辞だと分かっていても自分を気にかけてくれれば嬉しいものさ。俺は碁盤屋とすっかり仲良くなった。

 これが良くなかったんだろうな。
 碁盤屋と仲良くなったもんで、俺はその碁盤屋ともっと仲良くしようと思って、囲碁イベントの度にあの碁盤屋を引き入れた。碁盤屋もお礼と言って売り上げのいくらかを俺にくれたんだ。正直言って,対局料なんか目じゃない金額だったね。
 しっかり碁盤屋を調査すべきだったんだろうが、棋士に調査なんかできると思うかい?特に悪い噂を聞いた訳でもなかったから信用できる,そんな風に思っていた。俺の行かないイベントにすらあの碁盤屋を推薦して、それでも売り上げがあればバックしてくれるんだ。

 一度,あの碁盤屋の化けの皮がはがれかかった。カヤ盤と似た新カヤ盤をカヤ盤と言って売りつけたんで、日本棋院に苦情が行ったのさ。その時は、派遣された碁盤屋の番頭の説明が悪くてお客さんを誤解させたって事にして、碁盤の返品を認めて一件落着という事になったし,碁盤屋も泣いて俺に謝ってたから、むしろ助けてあげたくなっちまった。案外,あの時まではあの碁盤屋も真っ当な商売してたのかもな。
 だがな,あの番頭はあの碁盤屋でずっと働き続けて,その後も何食わぬ顔でイベントに顔を出していたのさ。普通ならそんなことやらかせば懲戒免職か、仕事をさせるにしてもしばらくはイベントには出さない仕事をさせるもんだろ?気になってその後もそれとなく見ると、碁盤屋の商売はエスカレートしてやがった。
 カヤ盤はカヤ盤でも粗悪品に高額をつけたり、解説の冊子の隅っこに虫眼鏡でも読めないちっこく「カヤと新カヤの違い」なんて解説を書いて、それで説明したって開き直る始末だ。

 そこで碁盤屋と縁を切るべきだったんじゃないか?だろうな。
 だが,もう俺にはそんなことをする気は湧かなかった。
 その碁盤屋以外に顔が広かったわけじゃない。碁盤屋は相変わらず金をバックしてくれる。碁盤屋からしてみれば俺はいい仕事づるだろうし、俺にとっては碁盤屋は金づるだった。完全な持ちつ持たれつさ。
 株で金の余裕も無くなって、生活費だっていつまで持つかわからない。勝てるようになったわけでもなく、対局料だって増えない。執筆の仕事がある訳でもない。俺には、自分の生活を放り出す勇気がなかった。
 むしろ俺から碁盤屋に悪い手口を教えるようになるのに、時間はかからなかったさ。明かりを調整させて碁盤の目利きをさせにくくするとかな。



 棋院がこの間、俺に対して事情聴取を通告してきた。行かない訳にもいかない。
 前に囲碁イベントで碁盤が偽物であることを暴かれて碁盤屋がイベント出禁になった。
 更にウソ署名碁盤を売って大金をだまし取ったという事で警察が入ったんだそうだ。サギだかなんだかでイベントを主催する日本棋院にも事情聴取が行ったらしい。
 俺も、紹介した立場だってことで今度警察から事情を聴かれる。
 まあこうやって逮捕はされてないから、皆「俺も碁盤屋に騙された」と思ってんのかねぇ。
 「あの碁盤屋に騙された」と言えば、警察は信じるだろうか?

 棋院も俺があの碁盤屋とつるんでたなんて言ったら棋院のメンツにかかわるから、俺が騙されたってことにして庇ってくれるかもな。
 真実を語った方がいいって?
 悪ぃが俺も刑務所なんかに行きたかない。贖罪のためなら全てを放り出して刑務所に入ろうなんて殊勝な心構えは俺にはないからな。
 刑務所に行けと言われたら抵抗はしないさ。刑務所に行く気力もなければ頑張って戦おうという気力もない。要は無気力さ。俺の碁と同じようにな。




~Fin~


 あえて書きませんが、囲碁とかマンガとかに詳しい人なら、このプロの「元キャラ」は多分わかると思います。
 現実の囲碁界に彼のような不正に手を染めている人はいないと信じますが、悪い誘惑があれば彼と同じになってしまいかねない人はいると思っています。
 彼はクズというより弱かっただけだと思うと、なおのことそう思うのです。





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最終更新日  2019年06月13日 23時40分06秒
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