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今が生死

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教育

2021.07.14
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テーマ:男女平等(27)
カテゴリ:教育
庭に咲いてる桔梗

10年以上前から水曜日はK市医師会の胃カメラ検査のお手伝いに行っている。検査しながらF病院にいた時に上部及び下部内視鏡検査が上手だった2人の女性を思い出し、私より上手だったなと思った。
一般に手術とか内視鏡のような医療手技は男性の方が優れているという先入観があったが、それは最初男性が初めて段々女性に教えて行ったからで適性とは関係ないと思った。料理は女性の方が上手で適性があると思っていたが男性でもとても上手な人がいる。学校の勉強でも男女差は殆どない。基本的に能力的には男と女は差がないのではないかと思えた。
しかしオリンピック大会を見ると走る速さ、重いものを持つ力、高い所まで飛び上がる力、物を投げる力などで明らかに差があり、男性の方が優れている。
こうしてみると体力的には男性の方が勝っているが頭を使う仕事や技術を磨く仕事などでは男女差はないと思われた。男女差は差別の歴史や教育などによって後天的に差が出ている面もあるが、体力以外は基本的には差がないと思われる。
雇用の均等、昇進の均等、給与の均等など当然配慮すべきことと思われた。






Last updated  2021.07.14 18:58:55
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2021.06.18
カテゴリ:教育
数年前から妻に「背中曲がっているよもっと胸を張って」と言われるようになった。「自分だって曲がっているくせに大きなお世話だ」とあまりいい気分ではなかったがガラス戸等に映る自分の姿をみると確かに曲がっている。歳をとると仕方のないことだとも思ったが意識して背骨を伸ばして胸を張るとまっ直ぐになる。要するに姿勢が悪いのである。その方が楽なのでいつも丸まった姿勢を取ってしまうのだと思った。意識してまっすぐにしようとすると努力がいる。楽な方に流れる怠け者なのだと思った。
姿勢をよくすると心の姿勢も良くなる。
患者さん第一で対応しているが時に看護師さん達への対応が2の次になることがあるのに気がついた。患者さんに対すると同じように看護師さんにも心からの対応をしなくてはと思った。
高校の国語の先生から「身貧なりとも心貧ならず」という言葉を習い、身なりはどうでも、容姿がどうでも、体が不自由でも心さえ貧しくなければいいのだと言うことを強く印象付けられた。
それは一面では正しいと思うが身なりがいい加減だったり姿勢が悪かったりすると凡人は心もいい加減になりがちである。その国語の先生は禅宗のお坊さんで背骨がまっすぐで体も心もきりりとしていたが、すべての人には当てはまらないと思った。「身貧にしていると心も貧になる」も正しいのではないかと思った。
まず姿勢を正そうと思った。意識しないといつもぐにゃっとした姿勢になってしまうので気が付いたらまず胸を張ることにした。姿勢だけ良くて心がねじ曲がっている人もいるがまず姿勢を正す努力をしようと思った。






Last updated  2021.06.18 13:23:05
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2021.05.12
カテゴリ:教育
木立ベゴニア

「幻の大東亜戦争」によると日本の教育の柱は明治23年(1890年)に発布された教育勅語が基本になっていたとのことである。それは天皇家の遺訓として陛下御自身も国民と共に努めて行こうと思っているとした詔勅である。
内容は親孝行、兄弟愛、夫婦愛、友情と信頼、身を慎むこと、倹約、博愛、修学、仕事の修行、公益を広める、人格を磨く、非常事態では滅私奉公を旨とする、大災害などの時は私利私欲を主張することなく公の利益を優先する、これらは何時の時代でもどこにあっても誤ることなき普遍な法則であるとして尋常小学校から教育されてきた。
この教育勅語を学んで多くの優秀な日本人が育っていったが、これは日本全国の学校だけでなく台湾や朝鮮の学校でも同じように教えられてきた。所が日本は戦争に負けてしまった。進駐軍はこの教育勅語が日本を戦争に駆り立てた原動力と考え、これは悪しき教えとして抹殺し親孝行や兄弟愛より民主主義が大切だとして教育勅語は2度と教師は口にしてはならないとして、敗戦を境に教育勅語の精神は日本から消えてしまった。
親孝行、博愛、人格を磨くなどは古い考えでちゃんちゃらおかしいと考える若者が育ってきた。しかし同じ教育が行われていた台湾ではこの教育勅語は即死しなかった。未だに生き続けていることをしばしば感ずる。日本教育は終戦で死んだが台湾では生きていて日本に替わって教育勅語を国の柱として生き残ってくれたと思っている。その教育のお陰で現在の台湾の発展があるのではないかと思っている。韓国も同じ教育を受けてきた。しかし日本敗戦時に韓国は日本に勝利したと考え敗戦国日本から受けた教育は間違ったものだとして捨ててしまったので日本同様韓国にも教育勅語の精神は残っていない。
「教育勅語」と聞くと殆どの日本人は忌まわしい戦争を思い出し、忌むべきものと思ってしまうがそれは進駐軍がそう仕向けたからで、日本人なら台湾人と同様、教育勅語の精神を尊び、育て、後世につなげていくべきものではないかと思った。






Last updated  2021.05.12 17:21:05
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2021.03.31
テーマ:開拓者魂!(2)
カテゴリ:教育
ピンクに白が混じったチュウリップと根元の黄色いチューリップの蕾

ずっしりと重い荷物が送られてきた。何だろうと思って開けてみたら「北大医学部100周年記念誌」だった。今は大きな情報は殆どオンライン化の傾向にあり、こんな500ページもある重いものは時代遅れで保管にも困ると思ったがパラパラと拾い読みして見たらやはりこういう物も必要かなと思えた。
北大医学部の創設は1919年(大正8年)で北海道帝国大学として農学部と医学部の二つが1875設置されて開校した。
農学部は1872年(明治5年)アメリカから招聘した開拓顧問ケプロンの指導で東京 芝増上寺に北海道開拓に従事する人材の育成を目指して開拓使仮学校が設立されたがこれが母体になっている。
仮学校の初年度生徒数は120名で女学校(50名)も併設された。この仮学校は1875年(明治8年)に札幌に移転して札幌農学校と改められれ、1876年(明治9年)にアメリカからクラーク博士を教頭として迎え(7月31日着任)24名が札幌農学校第一期生としてスタートした。
クラークの教育方針は独立心、自己責任感の強い学生を養成すべく、生徒を規則によって縛るのではなく、聖書を与え徳の教育を行った。校長の黒田清隆と校則について検討した際「細かな校則は不要、Be a gentleman !に尽きる」と言ったとのことである。クラークは9か月滞在し翌年4月に任期を終えて帰国したが帰国に際しBoys be ambitious!!と言ったことは有名である。クラークの教えで独自の校風が育ち卒業生には新渡戸稲造、内村鑑三、宮部金吾など新生日本の精神的支柱になるような人材が輩出した。その伝統は農学部だけでなく医学部にも引き継がれて現在に至っている。
大判の500ページもの分厚い本の中に最初は小さな集団だった医学部が次第に大きくなり多方面に分化発展してきた様子が詳しく書かれていた。
衛生学教室の歴史と現在の項では初代から第6代教授までの経過が掲載されており、第6代教授はコロナの感染予測などでテレビによく出ている西浦博教授(昨年京大教授に転身)だった。西浦教授は宮崎医大出身だが平成28年4月に北大教授になり、数理モデルを利用した感染症の疫学研究に取り組んできて今度のコロナの感染予測などに積極的に発言している。このままの感染状態で行くと40万人死亡する可能性があるなどの数理モデルを示して大げさ過ぎるとバッシングを受けたりしているが、自分の信念を曲げない所はクラークの教育方針である独立心、自己責任感に通ずるものがあるように思う。今は全く目立たないが着実な研究や診療をしている同窓生は大勢いる。皆さんクラークの精神「フロンテア精神」「国際性の涵養」「人間性の向上」「技術の向上」を胸に大志をもって頑張って貰いたいと願っている。






Last updated  2021.03.31 18:23:06
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2021.02.20
カテゴリ:教育

大阪市立大空小学校の初代校長の木村康子さんが本日新聞のインタビュー記事で「コロナ渦で学ぶ子供達は決して可哀そうな世代ではない」と述べていた。コロナ渦の中でつまらなそうにしている若者には「あんたら、実はめっちゃ幸せなんやで!こんなチャンスはないんやで!」と言っているとのことである。なぜならコロナ以前の子供達は想定内の中で学びそれだけの経験しか積めなかったが今を生きる子供達は思いもかけない想定外の体験をして経験知を得ることが出来るからだと述べている。

変化の激しい現在の世の中で10年先20年先の不透明な社会に飛び込んで行く子供達には想定外を生き抜く力がどうしても必要になってくる。それを木村さんは「見えない学力」と呼んでおり、コロナ渦の子供達はそれを身に付ける体験をしており幸せだと思っているとのことだった。大空小学校で掲げた見えない学力は1)人を大切にする力 2)自分の考えを持つ力 3)自分を表現する力 4)チャレンジする力 の4つで、点数で測れる「見える学力」も大事だが見えない学力アップにより多く配慮してきたとのことである。
見えない学力をつける基盤として「多様性」「共生」「想定外」をキーワードにして互いの違いを認め、尊重しあって全ての子供が安心して学べる学校を目指してきた。想定外のトラブルは毎日のようにあったが皆で助け合い不登校生徒ゼロを続けてきたとのことである。想定外のことが起これば皆でどうしたらよいか考えてやり直す。その過程で「見えない学力」がぐんぐん伸びて結果として「見える学力」も伸びて学力テスト全国一になったこともあるとのことで、「見えない学力」アップがいかに重要かを認識しているが今はその「見えない学力」をアップさせるチャンスなので多様性を認め合い、皆で力を合わせ、自らで考え、自ら表現してチャレンジしていこうと述べていた。
その通りだなと思った。今のコロナはこの上ない災いである。その災いを福とするようお互いに助け合い、知恵を出し合ってチャレンジしていかなければと思った。

 







Last updated  2021.02.20 17:01:19
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2021.01.11
テーマ:父親の役割(32)
カテゴリ:教育
居間でひっそりと咲いているカランコエ

朝ドラ「おちょやん」ではどうしょうもない父親が描かれているが、普段はおとなしいが酒を飲むと暴れたり妻や子供に物を投げつけたり暴力を振るう父親の話はよく聞くし多くの文学作品にも描かれている。彼らにも子供に対する愛情はあるのだと思うがその愛情の示し方が下手なのかもしれない。宮本輝の「灯台からの響き」には酒乱の夫からの暴力から逃れて母子、祖母で暮らしていて離婚申請をしても応じてくれない父親の話も出てくるが、本書の主人公である中華そば屋の主人康平の父親の話には感銘を受けた。康平は些細なことで父親の反対を押し切って高校を中退してしまい父親の中華そば屋を手伝うことになったが3年間無視され続けたとのことである。
乾燥したメンマを湯で戻すとき少しズルをして早めに味をつけようとしたら寸胴鍋の中のスープのみ見ていたはずの父から「まだ早い」と叱られた。「俺が何かを聴いても必要な事しか答えてくれず具体的なことは何も教えてくれなかったくせに底意地が悪い」と腹を立てて「じゃあ自分でやりなよ」と帰ってしまったこともあった。ある時無視を続ける父親に思いを致してみた。「ひょっとしたら無視を続ける方が無視されるよりはるかに強靭な精神力と包容力と慈愛を必要とするのではあるまいか」「俺を根底から鍛えようとしているのだ」と気が付き1日も欠かさなかった厨房掃除をさらに丁寧に心を込めて行うようにした。そしたら10日位経った頃乾燥メンマを戻していた俺に「康平、明日から麵茹でと湯切りはお前の仕事だぞ」そして「これまで済まなかったな」と付け加えた。以来親父の味に近ずくべく努力してそれと同じ味を作れるようになった。
康平は妻に死なれ2年間中華そば屋を閉めていたが感ずるところあって再開することになり友人を集めての準備のための試食会を行った時今は亡き父親と全く同じ味の中華そばを作ることが出来て父親に対して強い感謝の思いが湧いてきて涙した場面が出てくる。
幸せな親子だったと思う。無視され続けていた時、「馬鹿にすんじゃねいよ、くそおやじ!!」とさっさとどんぶり投げつけて辞める子供の方が圧倒的に多いと思う。しかし無視を続ける父親の心情を考えてみた息子は偉いと思った。本書では息子が思った通りの「息子を鍛えよう」という慈愛からでた行為だったからよかったが実際は単に息子を苛めてやろう、困らせてやろうと思っていた父親ならどうしょうもなかった。私なら3年も我慢しないで数週間で家を出ていたと思う。康平はよく我慢したと思う。
父親のタイプは色々ある、あれこれしつこいくらい世話を焼いて教えてくれる父親もいれば本書のように何年間も無視を続ける父親もいる。子供の時から一緒によく遊んでくれた父親もいれば殆ど遊んでくれなかった父親もいる。ビートたけしの父親のような人もいる。型はどうあれ愛情の深さで子供の将来が決まるような気がする。しかし実際には父親より母親の影響力の方がはるかに大きい。父親は最低限子供の成長の邪魔をしないで貰いたい。酒を飲んで妻や子供に暴力を振るうのはどうしょうもない。しらふの時によく考えて父親らしい態度が取れるように生活してもらいたいと心より願うものである。






Last updated  2021.01.11 14:00:35
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2021.01.05
カテゴリ:教育
緊急事態宣言が再宣言されるのが確実になった。しかし大学受験共通一次試験や児童生徒の通学は制限しない方針とのことで良い処置だと思う。夜の会食での感染例が多いデーターが出ているので特にその方面での緊急処置が必要と考える。通学や試験については厳格な感染防御態勢を取りながら出来るだけ中止にしないでもらいたいと願っている。






Last updated  2021.01.05 14:10:37
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2020.11.28
テーマ:宗教(18)
カテゴリ:教育
木イチゴ、食べられるのか分からないので鑑賞だけにしている

一人の人間を決める要素はDNA(遺伝子)によるところが大きいが人間は他の動物と違って教育などの環境要因が大きく影響している。漱石の小説「こころ」では今までどんなに優しかった叔父さんでも金とか財産のことになると悪人になることがあると書かれているが、実際にはそういう人もいるかも知れないが金や財産の問題があっても変わらず優しく援助してくれる叔父さんも多数いることと思う。
その違いはどこにあるのだろ言うか?遺伝子による要因もあるかもしれないがこういう問題では教育、考え方、宗教などの影響の方が大きいのではないかと考える。自分さえよければよいと教えられて育った人、人のために尽くしなさいと教えられて育った人ではその行動が違ってくると思われる。世の中には何十万という様々な宗教がある。宗教の人間形成に与える影響は大きい。右の頬を打たれたら左の頬を出しなさいと謙譲を教える宗教もあれば預言者を冒涜する人あらばその人を殺害することが神の御心にかなうことだと教える宗教もある。どの宗教を信ずるかによってその人の人間性が違ってくるように思われる。私は人と生まれて親から受け継がれたDNAはどうすることも出来ないので教育とか宗教で何とかそのDNAが至らない所を補いながら成長していくことが必要だと考えている。
その観点から良い宗教とはどのようなものか考えてみた。まず第一に自他の生命を大事にすることが大事だと思う。敵も味方もどちらの生命も大事にする基本理念が必要だと思う。利他主義という言葉があるが他人にばかり尽くして自分は滅びてもよいというのではなく自分も他人も共に栄えていく教えが正当だと思う。自国の平安だけでなく、世界平和、世界全体の幸せを願っていくのが真の宗教だと思う。そして何よりも一人一人の個人を成長させてくれるものが真の宗教だと思っている。宗教の選択は自由だが、悪い宗教を選んだら破滅に通じ、良い宗教を選べば自身の幸せに通じると考える。






Last updated  2020.11.28 12:55:05
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2020.07.01
テーマ:同窓生(89)
カテゴリ:教育
置き石との隙間に生えてきたゼフィランサス・キトリナ

名和豊春北大学長がパワハラを認定されて昨日文科大臣によって解任された。北大は私の母校であり昨年からその問題で学内調査が始まり文科省に解任申請しているとの記事をみていたので気にしていたが遂に解任された。学長がパワハラで文科省に解任されるのは前代未聞で本人は否定しているが聞き取り調査や録音内容などから詳細に審議された結果なので受け入れて貰いたい。
自分ではそう思っていなかったかもしれないが人はそのように感ずることもあるのだと反省して新たな建設的な道を歩んでもらいたいと思う。
名和先生は工学部で私は医学部で学部は違うが同じ大学で学んだ絆を感ずる。私より卒業年度で7年後輩になるが、卒業年度が先だからとか年齢が上だから偉いなどということはない。ただ同窓生とすれば、誰も母校を汚したくないし、名誉を守りたいという気持はある。恐らく北大学長にまでなられたからには持ち前の才能もさることながら相当の努力を積み重ねてきたことと思う。今回学長解任という大変不名誉な裁定を受け、私達同窓生も悲しい思いをしている。今回のことは今回として今後世界的な建築(コンクリートの専門家)を手掛けるとか建築界に貢献する貴重な研究をするとかして名誉挽回して貰いたいと思う。






Last updated  2020.07.02 16:32:09
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2020.06.27
テーマ:人種差別(8)
カテゴリ:教育
紫御殿
アメリカでは黒人の被疑者が警察官に首を圧迫されて死亡するという事件があり、人種差別だとして大問題になり大きなデモのうねりが世界中に広がった。
今私が読んでいるオバマさんが書いた「マイ ドリーム」ではオバマ青年が黒人の意識改革のために教会などと協力してセツルメント活動をしている様子が書かれているので、黒人問題について今回の事件との関連で私見を述べさせて頂こうと思う。
シカゴでセツルメント活動を始めて3年目の時、シカゴ市長ハロルド・ワシントンが激烈な選挙戦を勝ち抜いて2期目に当選した直後、心不全で突然死してしまった。これから20年市長をすると言っていた矢先の突然の悲報に人々は悲嘆にくれた。彼は1983年に第51代シカゴ市長に選出されたがそれは黒人が市長になった最初の人物だった。その写真をみると目には強い意志と包容力がたぎっており見るからに立派な人物でアンクル・トムというあだ名で呼ばれていた。白人市会議員からも黒人市会議員からも尊敬されており、葬式には市民による長い行列が出来て何日間も悲しみの呻き声が聞こえた。ここでは差別問題はそれほど大きな問題になっておらず問題は黒人の意欲の欠如、教育程度の低さ、仕事についている黒人の少なさだった。シカゴ市長もオバマ青年も黒人に仕事を与え、教育レベルを上げるように努力していた。しかし仕事のない黒人は多く犯罪者も多かった。
今回の事件の犯罪行為が何だったのか詳細は分からないが何らかの罪をおかして逃げようとしたので押さえつけられたのだと思う。私の考えではこの事件の本質は人種差別ではなく、黒人の意欲と意識の問題だと思う。かっさらい、万引き、恐喝、交通違反、暴行などの犯罪が黒人に多いのだ。「根底に差別があって職を与えないからそのような犯罪を犯すのだ」の見方もあるが、黒人の職業ランキングでは一位技術者、二位医者、三位会計士、四位組合活動のリーダーなどとなっており、意欲のあるものはそれぞれの職業についている。警察官からみると犯罪を犯しながら警察官に歯向かってくるのは黒人が多く手荒な対応が多かったのだと思う。黒人だから死なせたというより抵抗してきたから対応したのだと思う。
従って人種差別、人種差別と騒ぐのではなく、黒人の教育を充実させることこそ急務だと思う。アメリカでは数年後には白人と黒人の人口比率が逆転すると言われている。ハロルド・ワシントン氏が黒人市長第一号だったが今では大勢の黒人市長がいる。大統領にも黒人が就任した。今回の事件をきっかけに銅像を引き倒すとか、映画「風と共に去りぬ」の配信を停止しろなどと叫ぶのではなく、教育の充実に各州、連合国(USA)は取り組んでもらいたいと思う。






Last updated  2020.06.27 17:10:12
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