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今が生死

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教育

2019.10.09
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テーマ:いじめ(224)
カテゴリ:教育
神戸市の小学校で20歳台の男性教諭が30歳台、40歳台の同僚教師4人にいじめを受けていたことが明らかになり、大きな問題になっている。児童生徒のいじめ事件が頻発し、自殺まで引き起こされている教育現場でこのような問題が明らかになりショックを受けている人は多いと思う。様々な企業や団体の働く現場では大なり小なりいじめは起こっているのかもしれないが、教師内でのいじめは他の職場とは違うと思う。いじめた側の4人の内のリーダー格は、40歳台の女性教師とのことだが、恐らく最初は20歳台の新米教師を指導、教育していたのだと思うが、反抗したり、指導に従わなかったりしたことがあって憎しみにかわり、虐めていたのではないかと思う。医者の世界でも研修医をいじめたり、同僚同士で反目したり憎しみあったりすることもある。しかし医師は患者さんに尽くすために存在するので職場の人間関係を患者さんにぶっつけることはまずない。教師の場合は、「いじめてはいけません」と口で言っても自分が同僚をいじめているなら教えを受ける児童生徒は虐めてもいいのかと感じてしまう。最初は指導だったのかもしれないがある時以降ねちねちいじめるのは教師として決してしてはならないことだと思う。虐めるようになったきっかけとか、いじめの程度などを全て包み隠さずきちんと調べて県や教育員会は厳正な対応をすべきだと思う。






Last updated  2019.10.09 18:50:38
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2019.08.31
カテゴリ:教育
来年からの教育改革では子供の自主性を尊重し個性を伸ばすことに重点が置かれるという。
個人個人の得意分野は異なる。ある子供は勉強は苦手だがスポーツ、中でも長距離走が得意かも知れない、ある子供は外国や日本で不幸な状態にある人達に人一倍感受性があるかも知れない、動物や昆虫に興味があり、動物のことなら何でも知っている子供もいるかもしれない。それら子供の個性を尊重しそれを伸ばしてやろうと考えるるのは大変良いことだと思う。しかし問題はその受け皿である。現状ではいい高校、いい大学に入り、一流企業に入ることが生活安定のコースである。好きなことをしていたらそのコースから外れてしまうかもしれない。
つまり自主性尊重、個性を伸ばす教育は悪いことではないがそれを受け入れる社会がまだそれほど多様化しておらず、受け入れられない個性豊かな人達が職なしとして溢れるかもしれない。
子供は将来の国や世界を支える大切な人達だと良く言われるが彼らはそれをあまり意識しないで知らぬ間に大人になっている。思春期には内部から疾風怒濤の血潮が湧き起こり、自分を見つめなおし異性や社会に関心を向けるが、その時期を過ぎても自分や社会の改革にエネルギーを注いでいる人は少ない。
個性を伸ばす教育の行きつく先を考えてみた。その個性が社会の要求にマッチして受け入れられ華々しい成功を謳歌する人達もいると思うが社会に受け入れられなくてそのかけがえがない個性は社会に埋もれてしまうことが多いと思う。
個性は大切でそれを伸ばすことは良いことだと思うが行く行くはただ埋もれるだけではつまらない。結局は個性と言っても社会に役立つ、社会で輝いていけるような個性を磨いていくべきだと思っている。スポーツが得意ならそれを伸ばし、思いやりの人はその個性を伸ばして社会福祉や医療分野で活躍していったらよいと思う。先生もそのかじ取りが難しいと思うが子供のいい点を見抜いてそれを生かす教育を行ってもらいたいと願う。






Last updated  2019.08.31 13:35:42
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2019.08.29
テーマ:教育問題(2999)
カテゴリ:教育
いよいよ来年から新しい教育システムになり大学入試の形態や小学校の授業形態も変わってくる。新学習指導要領によると英語は小学校3年から適宜導入し、5年生からは必須になる。授業は全て英語で行うのが望ましいとなっている。小学校からプログラミング的思考やアクティブラーニングを取り入れ、教師が一方的に教えるのではなく、児童自らが考え自主的に学んでいく様式になるという。
子供にはもともと潜在的能力があり各自の個性を自由に伸ばしてやるのがよいとの性善説的考えに基づいた改革だと思われる。
性善説は孟子が唱えた説で、人間は本来善で努力すればそれを伸ばしていくことができるが努力しなかったリ間違った教えに左右されたりすると悪になることもあるという説である。
性悪説は荀子が唱えた説で人間は本来悪である。外目は善人のように見えるがその実は利己主義者で自分さえよければ他人はどうなてもよいと考えている存在で性善説は人間はそうであって欲しいという希望とか理想を述べたものだが現実は違う。人間は悪なのだから教育とか本人の努力でその本性を変えていかなければならないと説いている。その考え方にたてば子供の自主性を野放図に伸ばすのは悪を増長させるかもしれないので、しっかりした教育体制で教師がきちんと善の道を教え導いていく必要があるので明治時代のような厳格な教育制度が適切かも知れない。
修道院なども性悪説に基づいており、罪深い人間は懺悔して修道に励み神に近づいていく必要があると修行しているのだと思う。
私はずっと人間は本来善と信じてきたが今度自治会の会館建設委員になってみて外見は普通でも心の中に入ってみると自分さえよければよい、他はどうなってもよいと思っている人があまりに多く、やはり荀子の性悪説が正しかったのかなと思っている。






Last updated  2019.08.29 12:41:16
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2019.08.06
カテゴリ:教育
昨日山梨大学から教育担当の先生方が当院に来院し、医学部教育の新しいカリキュラムの説明と病院実習の依頼があった。昔は医学部6年の教育は最初の2年は一般教育で数学、物理、生物、語学などを学び3ー4年は解剖、生理、細菌学、薬剤学などを学び、5-6年で内科、外科、産婦人科、耳鼻科、精神科などを学び、6年生の途中からポリクリと言って臨床実習をやるパターンで、臨床実習では決まった病気、例えば中耳炎とか糖尿病とか心臓病の診断と治療で病名がついた病気の勉強なので、症状から病名を診断する力はつかなかった。大学病院のようなところはすでにそのような病名のついた患者さんが集まるかも知れないが実際には頭が痛いとか手が痺れる、吐き気がする、などどういう病気か分からない患者が多い。そのような患者をどう診断するかの訓練を受けていないので医学部を卒業してもまともに診療できない人が多かった。新しいカリキュラムでは6年間にほぼ医師としての基本を身につけさせることに主眼が置かれていて5年生の後半にはStudent Doctor(学生医師)制度を作り上級医師の元で実際の医師業務実習を行う制度を作ると言う。その実習に入る前にはそれに適した人間かどうかの共用試験にパスする必要がある。卒業時の国家試験は知識を調べるためのものだが共用試験はその人間が臨床実習可能かどうかの試験なので国家試験以上に重要な試験とのことだった。その試験を通ったものが臨床実習に入るが患者がお腹が痛いと言ったらどういう病気が考えられるか最初から考える訓練を受けていくということで今までのように診断のついた病気に対応するのではなく、色々な症状のある患者をどのように診断していくかが重要になり今までよりずっと医者らしい医者が出来上がるシステムとのことだった。そのために我々のような小病院にも学生医師を来させて腰が痛いとか腕が痺れるとかの患者に対応させてどのように診断し対応して行くかを学ばせたいとのことだった。世の中は進歩しているなと思った。学生は試験試験でそれぞれの関門を突破していかなくてはならないが、今までの軟弱なトコロテンみたいな医師養成制度とはがらっと変わって実力ある医師が生まれてくる制度になるなと思った。






Last updated  2019.08.06 18:41:10
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2019.02.25
カテゴリ:教育
今朝のテレビで引きこもりが100万人いると報じていた。実際はどうなのかと調べてみたら2010年の内閣府調査では70万人だったが2016年の調査では15歳から39歳までの引きこもりは54万人と発表されていた。15歳未満や40歳以上は含まれていないのでそれらを含めると100万人位になるのかなと思った。詳しい年齢階層別引きこもり率は発表されていないが働き盛りの人も何十万人かが引きこもりと推定される。今は人手不足が深刻で何十万という外国人労働者を研修生の名目で雇入れる状況になっているがその引きこもりの人達の何割かが働いてくれたらそんなに大勢の外国人を雇わなくてもよいのにと思った。
引きこもりというのは不登校になったり、会社に行かなくなったりして家の中に引きこもってテレビを見たり本を読んだり寝転んだり音楽を聴いたりして自由な生活をしている人たちのことである。収入がないので家族に支えてもらったり生活保護給付をもらったりして生活しているが保護者との間でもめて殺人事件などもかなり起きている。なぜそんなことになってしまったのだろうか?親の過度の期待についていけなくて学校や職場に行けなくなってしまったケースやいじめにあって引きこもりになってしまったケースなど様々だと思うが、国家としても働き手が減ってしまって大損害なので家庭教育や親子の問題とかたずけないで対策を立てるべきだと思う。各県に引きこもり学校を作り、家から社会にでていけるような訓練を施すべきだと考える。引きこもりは頭が悪いわけでなく勇気が足りないのである。社会全体でバックアップして社会に出て働く勇気や自信が湧いてくるようにしてあげるべきだと考える。






Last updated  2019.02.25 22:21:40
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2018.11.27
テーマ:感謝と祈り(262)
カテゴリ:教育
廊下やトイレでゴミが落ちていると大概の人は拾うと思うが私も拾う。たまに見過ごして通り過ぎると心が苦しくなる。
母は農家に嫁に来る前は女工として製糸工場に勤めていた。その工場での体験なのか自分や友人が入社試験を受けた時の体験なのか状況はよく分からなかったが、或る試験場でわざと廊下にゴミを落としておいてそこを通って試験場に入ることになっているがそのごみを踏みつけて通るかよけて通るか拾うかで点数が異なり、拾った人が合格になったのだよと子供の時から何度も何度も聞かされた。筆記試験や口頭試問もあったかもしれないがそれより人が見ていないところで(実際には試験官がどこかに隠れていてこっそり見ていた)どのような行動をするかで人は評価されるのだよということを教えてくれたのだと思うが、ごみを見るといつも母を思い出す。小学校を卒業するとすぐお子守りや製糸工場等で働き学歴はなかったが本を読むのが好きでジャンバルジャン(ああ無情)の話を良くしてくれた。
大きくなってからのことで印象に残っているのは、国立甲府病院に5年務めた後博士号をもらうために北里大学病院に研修医のような形で就職した時のことである。胃カメラ研修の時一緒に研修している仲間は北里大学を卒業したばかりの若い研修医である。私は他の病院の勤務を経てからの研修なので35歳を過ぎており、年齢的ギャップを感じて精神的に辛いことがあった。そのことをたまたま相模原まで来てくれていた両親の前で話したら母が「そんなことはすっかまっちょし」と言ってくれた。勉強するのに年齢差なんか関係ない。ということに気づき、以後は年齢のことは気にしないで研修することが出来た。母には様々な恩義を受けたが自分はといえば全く報いていない。晩年入院していた時などお世話できればよかったがそれも殆どできなかった。そのことを思うと悲しくなるが、その教えに忠実に生きることがせめてもの恩返しと思って廊下や道に落ちてるゴミは拾っていこうと思う。






Last updated  2018.11.27 22:37:13
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2018.09.28
カテゴリ:教育
まず第一に素質がある。親とは全く違った良い性質だったり親より悪い場合もあるがそれは何百年も前の祖先からの遺伝子が含まれているので直前の親に似て居ないことがあるのは当然である。
2番目は教育を含む環境である。よい家庭に育ち、良い教育が受けられた人は幸運である。有名芸能人の子供で覚せい剤や窃盗などで警察のお世話になる人がいる。お金はいっぱいある家庭に育ったと思うがいくらお金があっても親は忙しすぎて子供の面倒がみれず、お手伝いさんなどにお願いしたり子供にお金を渡して自由に遊ばせておいたなどのことがあったのかもしれない。
3番目は感化を受けるものだと思う。本だったり、音楽だったり、映画などである。学校の先生だったり先輩や友人だったりするすることもある。シュバイツアーの伝記を読んで医師になろうとして実際に医師になった人もいる。悪い先輩の感化を受けて不良や暴力団員になる人もいる。
4番目は自己統率力だと思う。自分を内省する習慣だと思う。悪い素質を持って生まれ、貧乏な家庭に育ち、満足な教育も受けられず、本を読まないので本からの感化が受けられず悪い先輩にべったりとなっていた場合を想定した場合、行きつくところは決まっていてもうどうすることもできないと思うかそこから飛躍して大改革して立派な人間になるかはひとえにこの自省力にかかっている。
総ての人間は自ら考え自省する能力を持っている。1の素質から3の感化までのすべてがだめで犯罪を犯して刑務所に入っていたとする。その刑務所内で瞑想し内省して立派な人間になり指導者になった人もいる。人となりは結局4で決まるのだと思う。そうするとこの4が人間形成に最も重要な役割を担っていると思う。となるとこの4を使って総ての人が立派になっているかというと現実はそうなっていない。私はこの4こそ教育の根幹であり4をいかに磨き発展するかが大切だと思う。国語や算数を覚えることも大事だが自分で考え自分を内省する力を伸ばすことが最も重要と考える。






Last updated  2018.09.28 18:35:58
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2018.03.04
カテゴリ:教育
昨夜新横浜プリンスホテルホテルで行われた昨年お亡くなりになられた岡部治彌先生を偲ぶ会に出席してきた。
私が北里大学病院に勤めていた時お世話になった先生である。厳しく短気なところもあったが思いやりがあり、優しかったので先生を親分と慕ってきた教え子や関係者がいっぱい集まった。ある医師は教授回診の時ネックレスをしていて服装も乱れていたことを注意されて温度版で頭を殴られたことを話していたが逆恨みするどころかずっと私淑していて余りある感謝の言葉を述べていた。またある医師は先生から患者に対する姿勢を教えて頂いたと話した。先生は学問的業績はもちろんだが、患者さんに対する態度も素晴らしかった。自分に短気なところがあることを自覚してか「どんなに腹の立つようなことがあっても患者は弱い立場なので患者やその家族の言うことをよく聞いて懇切丁寧に対応しなさい」と指導してくれたとのことである。93歳でお亡くなりになり晩年は認知症もあり、お見舞いに行った教え子も覚えていないような状況もあったようだが、先生の存在は不滅で教え子の心の中にずっと輝いていると思う。帰宅が夜12時過ぎになってしまったが、良い会に出席出来てよかったと思う。






Last updated  2018.03.04 11:10:37
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2018.02.04
カテゴリ:教育
アメリカに住む小学5年生の孫娘が歴史に関する問題をまとめて発表する宿題で日本が真珠湾攻撃して戦争に発展した後在米日本人が収容所に入れられて苦しい生活を送ったことをまとめた。
彼女らが住んでいるアイダホ州ボイジの近くにその収容所跡があったとのことでそのことをテーマに作品をまとめたと今日テレビ電話で見せてくれた。当時の日本人を排斥する新聞記事やそのころのつらい思いをした日本人へのインタビューなど実に見事なドキュメンタリー作品でその解説を自ら流暢な英語でしゃべっていた。日系人は特別に連帯を結成させられ日本と戦うために出兵させられていたことも写真付きで見事に描いていた。
ユウチューブに投稿したがインタビュー動画などで大きなメモリを使っているのでユウチューブに入らなかったので残念ながら一般検索では観れないとのことだが大した作品だと思った。
小学生でこんな作品を作るなんてたまげてしまったが、日本でもこのような自由創作教育がこれから多くなっていくと言われている。しかし現時点ではさすがにアメリカの教育は進んでいるなと思った。






Last updated  2018.02.05 13:25:29
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2017.12.27
テーマ:心の健康法(580)
カテゴリ:教育

いじめ防止対策推進法が平成25年6月28日に公布されて4年半が経過した。その内容は国、県、市町村レベルでいじめ対策に取り組み学校では道徳教育としていじめは悪いこととしていじめはしないようにしようと教えるものであった。その結果はどうか。児童生徒のいじめによる自殺は繰り返されており、学校は最初いじめを否定し、教育員会の調査でいじめが指摘された後学校側がそれを認めるという図式が常態化している。

私はこの法律自身に問題があると思っている。いじめた子は指導することになっているが、いじめられている子には具体的な対策がない。学校側が当初いじめはなかったと主張するように誰がいじめられているのか把握するのが困難な環境がある。いじめられている子の保護を法律ではうたっているが、どの子がいじめられているのかわからない現実があることをこの法律は認識していない。その結果自殺を止めることができないのだと思う。

私はいじめないようにしようという教育だけでなくいじめられた時どうしたらいいかの教育が絶対必要だと思う。プロボクシングの内藤選手は執拗ないじめにあっていたがなにくそと発奮して世界チャンピオンになった。だれがいじめられているのかを常時特定するのが困難な現在の教育環境の中では全ての生徒にいじめられた時どうしたらいいかの教育を徹底すべきだと思う。安易に死を選ぶ生徒が多いのはその教育がなされていないからだと思う。いじめられた時どうしたらよいかクラスみんなで話し合うなどいじめられた時の対策や考え方が最も重要なことと思われこの法律にそれを即座に盛り込むべきだと考える。







Last updated  2017.12.27 20:39:47
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