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2020.07.10
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テーマ:街歩き
カテゴリ:街歩き

 昨日、友人が悪性リンパ腫で癌専門病院に回されたという連絡があった。急いで見舞いに行かなければ、そう思ったのだが、コロナ禍のために面会禁止なのだった。

 14年前、大学で1年後輩の友人が肝臓癌で亡くなった。現役の高校教師で、若いころには何度か会うこともあったが、仕事が忙しくなるにつれ、会うこともなくなった。その後、4、5回ほど電話で話すことがあった。時には、街で飲んでいるのだと夜中に電話が来ることもあった。彼も私も会いたいという気持ちでいたに違いないのだが、会わずじまいで時は過ぎてしまった。
 職業人として私の先(の終端)も見え出したころ、彼に会おうと思ったのだが、その時、彼は肝臓癌を患い入院中だった。見舞いに行くと、ときどき入院しては癌を散らすのだと言っていた。しばらくして、自宅か入院中か尋ねようと思って連絡したら、彼が亡くなったと電話口で奥さんが言うのだった。
 5年前に中学時代の同級生がこれも肝臓癌で亡くなった。東日本大震災で家を流され、被災者住宅で暮らしていた彼は、私が幹事を務める同級会を楽しみにしていた。大震災後の2年後の同級会は体調不良で、会に顔を出してすぐに帰って行った。次の同級会のときは、会場に向かう途中でもらい事故に遭い、参加できず残念だと電話口で口惜しがっていた。次の同級会の開催が決まった時、彼を喜ばせようと思って案内状を作る前に彼に電話したのだったが、彼の携帯電話に出たのは息子さんだった。癌を患っていたのだという。同級会は、間に合わなかったのである。

 友人のリンパ腫の連絡があったとき、二人の癌死のことを思い出した。どちらも私はどこか一歩遅いのだった。だからこそ、今度はすぐにでも会いに行こうと思ったのだったが、面会禁止なのである。動かなければ手遅れ、動こうとすれば立ち往生。これからも友人たちに不義理のまま別れるしかないのか、そんなめげた気分のまま家を出て、ときおり強くなる雨脚の中、元鍛冶丁公園に向かった。









元鍛冶丁公園から一番町へ。(2020/7/10 18:13~18:34)


 雨のせいか、今日の参加者は多くはない。その少ない参加者が屋根のあるステージに上がっていて、私はステージの真正面の公園入口から入って行ったのだが、そろってこちらを見ていてなんとなく足が止まりそうになった。とくに私を見ていたわけではないのだろうが、どうも気まずい感じがする。
 人前に出るのが苦手なのである。職業として講義をしたり講演をしたりするのはまったく問題がなかったのだが、それ以外はまったくダメなのである。ダメと言うよりたぶん嫌いなのである。人の集まりではいちばん後ろに控えているのが落ち着いていられる。367回を迎えた金デモの集会でも一番後ろが私の定位置である。
 もっとも写真を撮るために動き回るのだが、それでも写真を撮り始めて1年半ぐらいはみんなの後ろ姿しか写せなかったのである。

 集会のスピーチは、原発の半径30km圏内に住む石巻の市民が女川原発の再稼働の地元同意の差し止めを求めた裁判で、仙台地裁はその申し立てを却下したというニュースについてなされた。
 住民の申し立ては、女川原発の重大事故を想定した避難計画に実行性がないとして再稼働に同意しないように求めたものだが、ここでも権力に忖度する司法の姿が露わになった。ただし、住民側は仙台地裁の決定を不服として仙台高裁に即時抗告したので、闘いはまだまだ続くのである。
 重大事故時における避難計画に実行性がないのはつとに指摘されていて、どんなものでも形式的に避難計画を作りさえすればいいだろう、そんな程度のものなのである。金デモでは、市民へのメッセージをデモ中に読み上げているのだが、その1節に避難計画に触れた一文があるので、転載しておく。


 女川原発で事故があった場合、住民がどのように避難するのかについて、宮城県の試算が公表されました。これによれば、重大事故発生時、原発5キロ圏内の住民が避難先へ到着するのに、なんと50時間もかかる恐れがあることが分かりました。これまでの計画では、6時間かかるとみていたので、まったく異なる結果になりました。
しかも、この試算でも、まだいろいろなことが検討から抜け落ちているので、実際にはもっとかかる可能性が高いのです。みなさん!原発で重大事故がおきても、3日も逃げられないのでは、被ばくを避けることは不可能ではないでしょうか?
 また、放射能の被害を避けるためには、「密封」が基本になりますが、新型コロナ対策には「三密」をさけなければなりません。放射能対策とコロナ対策は、まったく逆のことをしなければならないのです。
 避難計画には実効性がないとして、石巻市民が地元同意の差し止めを求める仮処分を仙台地裁に申し立てていました。これに対し、7月6日、仙台地裁はなんとこの申し立てを却下する決定をだしてしまいました。しかし、そこでは避難計画の実効性についてはまったく評価していないのです! この決定をうけて、村井知事は再稼働を進めようとすることは明らかです。いまこそ、再稼働を絶対に止めるんだという私たちの願いをデモで示していこうではありませんか!















一番町。(2020/7/10 18:37~18:43)


 宮城県知事も女川町や石巻市の首長も女川原発2号機の再稼働ありきの姿勢で、ずさんな避難計画を認めた県や国の姿勢に追随するばかりである。そのような首長を選んだ責任と悲惨は住民の上に降りかかってくるが、ちゃんとした人物を選べば異なった事態が生じうることを暗示するニュースがあった。
 「​原発事故時 「現実的な避難計画を」 柏崎市、国に感染症対策要望 /新潟​」(7月3日付け毎日新聞電子版)である。 柏崎市の桜井雅浩市長が、政府が示した感染症流行下での住民避難についての「基本的な考え方」や政府が了承した感染症対策を盛り込んだ女川原発の避難計画が「現実性に欠ける」として「住民の行動を想像し、より現実に即した計画に高めてほしい」と要望したというのである。
 こういう要望だけで十分かどうかはさておいて、住民の生命財産を守ろうとする地方自治体の首長ならとるべき行動の第1歩にはちがいない。







青葉通り。(2020/7/10 18:49~18:51)


 悪性リンパ腫の当の本人は「なに、一病息災ですよ」と言っていたというが、たしかにそういうことはあるだろう。昨夏に亡くなった義母は健康体であったが、病気好きというか、ちょっと加減が悪くなるとじつに立派な病人らしい病人になるのだった。そんなことを繰り返しながら115歳まで生きたのだから、見事な一病息災と言うべきだろう(その時々で身に付けている一病は異なるのだが)。
 考えてみれば、悪性リンパ腫の本人が何も病んでいない私より長生きするというのは大いにありうることである。その程度には私たちは老いているし、その程度には医学は発達しているのである。
 友人の悪性リンパ腫を悲しみつつも、友人たちと私の人生をひそかに愛おしむことができればそれで良しとするか………。

読書や絵画鑑賞のブログ
かわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)






Last updated  2020.07.12 10:34:49
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