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水滸伝

2018年09月09日
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テーマ:本日の1冊(3020)
カテゴリ:水滸伝


「盡忠報国 岳飛伝・大水滸読本」北方謙三編著 集英社文庫
私は確かに​最終巻に於いてこうお願いしておいた​。「集英社さん!「読本」は出すんですよね⁉︎お願いしますよ!その時は、シリーズを通しての年表と地図をお願いします!」遅れたが読本は出た。一応年表も地図もついている。だから先ずは感謝の辞を述べておく。その上で大きな声で非難したい。私が言ったのは「シリーズを通しての年表と地図」である。大水滸読本と冠している以上は、岳飛伝年表と地図では不足なのは明らかである。私のイメージしていたのは、楊業の吹毛剣獲得の頃から始めて、上に小説上の出来事、下4分の1は中国の正史を載せる。というものである。それが揃って、大水滸伝を多重的に読み直す事ができるだろう。地図は簡単だ。51巻まで作ってきた地図を全て載せればいい。年表は今までの蓄積があるから、編集者にとっては他の駄文を書く時間を省けば簡単だろう。そんなページ数は無いって?冗談は止して貰いたい。山田某という編集者が、今回はページ数が足りなかったので、わざわざ自分の書いた妄想を新たに50ページも書き下ろして、(本篇よりも120円近く高くして)作ったと言ってるじゃないか。私は「怪文書」なるものもホントに妄言であって必要なかったと思う(それを入れれば73pも空きが出来る)。私は99%は異論があると思われる人気ランキングベスト10なんぞも要らなかったと思う。

ただ読み損なっていた、著者が既に亡くなっていた好漢たちに会いに行く「やつら」は、素晴らしかった。いやあ全篇読み応えがあったと思う。特に朱貴の饅頭の秘密が分かったのは良かったし、石勇が知られざる自分の過去を聴いてそして落ち込んでいる場面、扈三娘が著者に聞いた意外な事、著者に自分が死んだ時に弔い酒を飲んでいなかったと告白させた李袞、宋江への想いを正直に語った宋清、等々はとても面白かった。

ひとつ、この本を読んでとっても驚いたことがある。テムジンが胡土児の隠し子であるとかの身も蓋もない展望のことではない。著者が元々構想していた「岳飛伝」では、ある人物に吹毛剣が渡り、その人物が岳飛を切って終わらす予定だったという。ところが、その人物は早々に死んで仕舞ったので胡土児に渡ったらしい。誰なのか?どう考えても出てこない。岳飛を切る事が出来て早々に死んで仕舞った人物?梁山泊第一世代ならばみんな資格があるけれども、老人に岳飛を切らすのか?南宋にそんな人物はいなかったはずだ。李師師?物語がムチャクチャになる。辛晃か?あまりにも小物だ。金国には?ウジュは最後まで生きていた。他には人物はいない。蕭炫材?1番資格があり、話も繋がるけれども、まだ生きているじゃ無いか。蔡豹?蔡豹なのか?でもどうして?ともかく、大きな謎だ。






最終更新日  2018年09月09日 08時40分13秒
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2018年04月02日
カテゴリ:水滸伝


「岳飛伝17」北方謙三 集英社文庫

遂に「大水滸伝シリーズ」が完結した。ずっと私は、最後の場面を想像していた。王清の笛の音で終わるのかと思っていた。或いは、水の滸の物語であるのだから、象の河のほとりで終わるのかと思っていた。ところが、「あの山」の麓で終わった。終わってみれば、やはり「彼」で終わらすのが当然なのだ。彼だけが、一巻目から登場していたのだから。

それぞれの主人公の終わり方も、それぞれ象徴的だった。宋江は旗を次の主人公に託して自死した。スーパーマン楊令は、岳飛とウジュに勝って毒殺された。主人公は負けないのである。けれども退場するのである。蕭珪材が「剣が私に死ねというのか」と叫び岳飛に切られて「岳飛伝」が始まったように、ちゃんと対になるように、岳飛の死が描かれた。流石としか言いようがない。

「音もなく、見えることもなく、国は崩れるのか」
「腐るよりは、いいな」
低い声で、秦檜が笑った。
秦檜の人生も、自分の人生も、この程度で終わるのだろう、と岳飛は思った。
「面白かったなあ、秦檜。おまえいて、俺は生きられた」
「同じだ、岳飛。面白かったし、愉しかったとも思う」(226p)

こんな宿敵が居たなら、ホントに人生愉しいだろうな、と思う。漢(おとこ)の見果てぬ夢である。

ただ、南宋の場合は、秦檜と岳飛の会話で、なんとなく決着の付け方はわかったが、金の行方がわからなかった。あれほど抗金のために命をかけて戦った結果を全く見せなかったのは、納得いかなかった。あれで、ホントに金国内の民は幸せになるのか?もしかして、それは「チンギス紀」で描くというのか?

「大水滸伝シリーズ」は結局「続・楊家将」だった。つまり、「漢」の物語だった。ならば、その二つを取りまとめて「吸毛剣シリーズ」となし、「大吸毛剣シリーズ」と「チンギス紀」を位置づければいい。何れにせよ、私の読み継ぐ本はまだまだ続く。どうやら水滸伝ロスをなんとか誤魔化せそうだ。「チンギス紀」文庫本発刊迄のあと4年ほどは雌伏の秋を過ごす。

ところで、集英社さん!「読本」は出すんですよね⁉︎お願いしますよ!その時は、シリーズを通しての年表と地図をお願いします!

2018年3月末日読了






最終更新日  2018年04月02日 08時38分26秒
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2018年03月07日
テーマ:本日の1冊(3020)
カテゴリ:水滸伝


「岳飛伝16」北方謙三 集英社文庫

呼延凌陸軍vs.ウジュ金軍、張朔水軍vs.南宋水軍、岳飛軍vs.程雲軍、秦容軍vs.徐成軍、果ては致死軍羅辰の独自の戦い、三つ巴とも、六つ巴とも思われる争闘が行われた。

「史進殿、戦のあとになにが立ち現れるか、私は見ていただきたいのです」
「死ぬな、と言っているのか?」
「はい、そう言っています。李俊殿にも、ほかの方々にも、見ていただきたかった、と思います。梁山泊がなにかを考えぬいて、はじめて立ち現れるものも、見ていただきたいのです。つまり、夢が現実になります」(352p)

宣凱は、戦略的に既に勝っているのだ、梁山泊は負けない勝たない、負けない戦いをしているのだから、負けるはずもない、と屁理屈のような展望をいう。その点でその屁理屈は正しいと、私も思う。それならば、この最後の戦いも、避ける手段は無かったのか?と私は思う。もちろん、呼延凌や史進は肯んじ得ないだろうとは思うが。

次々と敵も味方も亡くなってゆく。もはや、主要人物が雄々しく戦死を遂げても涙は出ない。もはや「ここに、豪傑はいらない。乾坤一擲の勝負もない。数だけがある。相手の数を、どれだけ減らしたか。それは戦ではなく、殺し合いだった」(346p)ただ、彼らの死を何度も読み返す。しっかり覚えておきたいと思う。

一つのエポックとなると思っていた王清と梁紅玉の再会は、ひとつの名曲を生んだ。これが物語の最後の方に来ると思っていたのだが、一巻早かった。

セオリー通りならば、最終巻の次は主人公岳飛の戦死のはずだ。どう決着つくのか、未だ全然わからない。しかし、史進には生き延びて欲しい。

2018年3月1読了






最終更新日  2018年03月07日 10時56分03秒
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2018年02月12日
テーマ:本日の1冊(3020)
カテゴリ:水滸伝


「岳飛伝15」北方謙三 集英社文庫

 ふり返ると、雄州の城郭に、旗が翻っているのが見えた。
 戦だけではなく、すべてのことが、自分が考えていることの、先へ先へと行く。
 あんなところに、あんな旗を掲げることなど、候真は考えてもいなかった。楊令が帝になるべきだと、酔っては言っていた戴宗のことが思い出される。
 候真は、雄州の城郭に背をむけて、歩きはじめた。
 体術を競った褚律が、心を病んでいる。自分は、ただ酒に溺れている。そして、酔うと、死んだ者のことしか思い出さない。
 老いるとは、こういうことなのだろうか。
 山道になった。候真は立ち止まり、気息を整えて、また歩きはじめた。(389p)

読み終えた。あと二巻だ。それこそ「気息を整えて」読んでいかねばならない。戴宗が酔いながらでしか主張できなかった「楊令戴帝論」は、この水滸伝シリーズが始まった時に多くの読者が「歴史的事実じゃないからあり得ない」とは思いながらも、当然そうなのだろうと思っていた道だろうと思う。それと違う道を模索した為に(何しろモデルはキューバ革命なのだ)、第3部に移って、かなり(おそらく)読者を減らしながらもこういう展開になっている。秦容などは、「中華に二つの国家があっても、国境は有名無実で、やがて消滅する。国家を支えるのは、物流である。」という「くに」を夢想して、その為に「命を投げ出す」覚悟を決めた(323p)。後の世の私などにとっては、それはあまりにも甘い考えの様に思う。しかし、物流そのもの、商品そのものの正体がわかっていなかった時代に、彼らの夢を嗤うことなどができるはずもない。候真の戸惑いも無理からぬことだ。

「自分が死ぬのだろうと思ったとき、それこそが人生なのだと、私には見えてきたのだよ」(247p)

「やるだけやって死ぬ、でも。インコが言う。でも、は崔如が教えたら、いつの間にか言うようになっていた」(353p)

私の人生も、彼らと同じく、未来は見えない。やるだけやって死ぬだけだ。

しかし、褚律が放っておけない(^_^;)。
2018年2月読了






最終更新日  2018年02月12日 10時15分30秒
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2018年01月19日
テーマ:本日の1冊(3020)
カテゴリ:水滸伝



「岳飛伝14」北方謙三 集英社文庫

この巻の白眉はやはり梁山泊の九紋竜史進が、金国の楊令遺児の胡土児へ、「血涙」楊業からずっと伝えられて来た吹毛剣を渡しに行く場面だろう。ことが終わると胡土児はすぐさまウジュのもとに行く。

「そばにいさせてください、父上」
「ならぬ。吹毛剣で、梁山泊の人間を斬ってはならぬのだ。それをやれば、おまえは人でさえなくなる」(112p)

ウジュは、3年は南に降りるなと言い渡す。つまりそれまでに梁山泊との決着が着くということなのだろう。胡土児が北に行く。吹毛剣がモンゴルに行く。北方謙三の意図はどうであれ、これで吹毛剣の命が継がなれた。

他の場面で、秦容と岳飛と潘寛が夢の継承について語り合う場面がある。

「戦の目的などを考えると、夢に向かって進んでいくような、高揚した気分になる。しかし夢は、あんな風にも朽ち果てる」
「秦容は、いやなことも平気で言うのだな。俺など、いつも顔をそむけているよ」
「夢に、人の生が届くということは、ないのでしょうか、秦容将軍?」
「ないぞ、潘寛。男はみんな、見果てぬ夢を抱いて死ぬ」
「そうなのでしょうか」
「届いたと思ったら、それは夢ではない。夢にどうやって向かって行ったかが、男の人生さ。ただ、夢は受け継がれる。振り返ると、夢という墓標が、延々と続いている。その先端に立って、俺たちはいまいるのさ」(42p)

秦容・岳飛連合軍は、本格的に南宋に進軍する。終わりが近づいている。

2018年1月7日読了






最終更新日  2018年01月19日 14時46分05秒
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2017年11月29日
テーマ:本日の1冊(3020)
カテゴリ:水滸伝



「岳飛伝13」北方謙三 集英社文庫


「一度だけ、申し上げておきます、総帥。大きな戦いの前ですし」
戦死するかもしれないので、言っておくということだった。秦容は、黙って次の言葉を待った。
「俺はここへ来て、よかったよかったと思っています。できるだけ、心を動かすまいとしてきましたが、人が生産をして生きていくことが、これほど素晴らしいと、ここへ来なければわからなかったでしょう」
恒翔が、ちょっと笑顔を見せ、腰を上げた。
秦容も、立ちあがった。
「礼を言う、恒翔。この地で、森を拓き、土を耕しながら、自分はここでなにをしているのだ、と何度も考えた。これでよかったのかと。いま、おまえはこれでよかった、と言ってくれたような気がする」(227p)


戦いが少なくなって、面白く無くなった。と感じている読者は多いと思う。けれども、町つくり、国つくりを戦いだとするならば、岳飛伝は、大きな戦いの連続であり、間違いなく岳飛ではなく、秦容がこの作品の主人公だった。楊令が始めた国つくりを、長いことかけて、梁山泊の若者や岳飛たちが、反芻して作り上げていった。岳飛伝とは、そういう物語である。


替天行道も盡忠報国も、「民のための国をつくる」その一点で、結局は同じだった、と秦容と岳飛が話し合う場面がある。


大きな戦いの前に、この大河物語のテーマがさりげなく示される。


2017年11月読了






最終更新日  2017年11月29日 11時39分30秒
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2017年11月07日
テーマ:本日の1冊(3020)
カテゴリ:水滸伝



「岳飛伝12」北方謙三 集英社文庫
浪子燕青が亡くなった。おそらく、大水滸伝シリーズを通じて(楊令は試してないので除く)素手では最強の使い手だったのだと思う。それでも、70歳という歳には勝てなかった。最後は自分の心の赴くままに李師師の元に赴き、劉正を道連れにして笛を吹いて終わった。最愛の出来すぎた妻も居るのに、男は最後は、悪女だけど片想いの女の処に行くのだろうか。女にはわからないだろう。男としても、彼ほどの男になってみないとわからない。


梁山泊側も他に孟康、喬じょうなどを失ったが、南宋も韓世忠や南征軍の有力武将を亡くした。死者が多くなって来て居る。彼らを斬る李俊、秦容の強さは圧倒的だ。燕青ではないが「ほんとうになさなければならないものを、持っているか持っていないか」の違いだったのかもしれない。

17.11読了






最終更新日  2017年11月07日 11時41分39秒
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2017年10月07日
テーマ:本日の1冊(3020)
カテゴリ:水滸伝



「岳飛伝11」北方謙三 集英社文庫
「なあ、呼延凌殿。若い者たちが、なにを作り上げようとしているのか、俺にはわからん。しかし、志というものが、少しづつかたちを見せ、命を帯びはじめている。俺はそれを、ただ感じるだけだが」
「俺の親父のころから、志は確乎としてあったのだと思います。あのころは、わかりやすかったのでしょう。俺など、いまでも不意に、霧の中に迷い込んだような気分になることがあります。統括も王貴も張朔も、霧のむこうが見えるようなのですが」
「俺たちは、軍人さ。志に眼を奪われると、戦がおろそかになる。ここにある戦場で、ただ闘えばいい。俺は、いつもそう思っている。勝ちも負けも、衆義庁が意味をつけてくれるわけさ」
山士奇が、笑った。歳をとった、と呼延凌は思った。(159p)
歩兵隊隊長の山士奇が戦死した。「楊令伝」以降のベテラン兵士だった。命をすり減らして、彼らは獅子奮迅の働きをして散って行った。山士奇自身その命の重みの価値を知ってか知らずか、統括や王貴の立てた政策を認めているように、本作ではなっている。
しかし、今回の闘いはホントに必要だったのか?わたしはよくわからない。戦いの意味を、衆義庁は「戦いそのものを無くすための戦い」だと位置づけている。しかし、歴史が教えるように、それは支配者層の言い訳、或いは理想に過ぎない。勿論宣凱たちにそう言い募るのは酷だとはわかっている。そもそも楊令が始めた戦い自体が理想だったのだから、その運用の責任を、あの若者たちに言い募る資格は、私には無い(←だったら言うなよ)。
長い物語は、あと6巻を残して(6巻しか残していなくて)、想いは千々に乱れる。岳飛は再び歴史の舞台に登らなかった。それなのに、今彼は北へ北へと夢を追いかけている。金国は、やがて蒙古に破れるだろう。それなのに、綻びが出始めているとはいえ、梁山泊と互角の戦いをしている。
夢は大陸を駆け巡る。暫くは、夢を見させて貰う。
2017年10月6日読了






最終更新日  2017年10月07日 14時02分24秒
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2017年09月01日
テーマ:本日の1冊(3020)
カテゴリ:水滸伝



「岳飛伝10」北方謙三 集英社文庫

「民の営みのかたちが、なかなかできないのだな、宣凱。政事が、物流を物流として受け入れない。物流が政事を乱すより、飢えの方が政事にとってはよほど深刻だ。わかっていても、別の思惑が入ってきてしまうのが、政事というものなのか」
「私は、いずれ物流が、民の営みを作っていくことを、信じ続ける。国の関わることの無い物流だ」
道は遠い。しかし、いつも、どんな時でも、道は遠かった。近い道など、ほんとうは道ではないのかもしれない。(324p)
 
王貴と宣凱の語らいは、この水滸伝シリーズの河の行き着く先を見せたのかもしれない。それは現代の、世界に動くモノとカネの流れを見据えたものかもしれない。しかし、私は納得できない。そういう、未来を予測するような落とし所を選ぶ前に、無数の漢たちの「死」の意味はなんだったのか。そこにハッキリと意味のあるものを作って欲しい。梁山泊メンバー以外の蕭炫材に物流を担わせるのを認めるのは、そのことをハッキリさせないまでは、納得できない。

蔡豹が死んだ。壮絶な最期だった。私にとって、唯一の慰めは、彼に守るべき女性ができたことでも、王清の笛の音でもなく、彼の呪縛だった母親の見当違いの怨みを正しく解釈できた後に亡くなったことだ。蔡福と天国で出会って欲しい。

梁山泊は、金国にも南宋にも勝った。未だ、負け知らずだ。強い。強いのに、滅びゆく運命しか、感じない。今回もあっという間に読んでしまった。次巻が待たれる。

2017年8月読了






最終更新日  2017年09月02日 15時13分46秒
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2017年08月01日
テーマ:本日の1冊(3020)
カテゴリ:水滸伝

「岳飛伝 9」北方謙三 集英社文庫

いまはある肉も、市場ではもうなくなってくるだろう。肉が、麦と交換されはじめ、その麦も尽きると、市場には食物がなくなっていく。
民は怒り、その矛先は、金国の朝廷や丞相府にむかう。いくら兵糧を蓄えていようと、金軍は戦どころではなくなってしまうのだ。
宣凱が、数年前から考え、そして実行に移し始めたことが、いま生きようとしている。まるで、新しい命が生まれている、という感じがあった。
つまらない、と思う気持ちを、侯真は抑えこんだ。そういう情況をつまらないと感じるのは、戴宗そのままではないのか。
侯真は、思念を、蕭炫材と宣凱という、2人の男にむけた。
「まずいな。好きになっちまいそうだ」
呟いた。侯真は酒の瓶を空け、新しいものを註文した。
早く酔ってしまいたい。そう思うことが、時々ある。(382p)

宣凱の戦略は、当たりつつある。張朔は、南宋水軍との戦いに於いて、終生の友であり兄である狄成(てきせい)を死地に送り込む。今や、30歳そこそこの彼らが、決定的な梁山泊の戦いを指揮する。

岳飛伝も中盤を折り返した。佳境に入りつつある。それでも、私にとって最も印象深かったのは、王清の生き方だ。子午山の最後の子供たち、王進や燕青により鍛えられ、公母により育てられた彼が、燕青に笛を吹かされて、漫然とした生き方を言外に批判される。
「子午山に帰るには、資格が必要だ」。周り回って王清はやっと其処に辿り着く。おそらく王清は梁山泊から離れて、純粋に生きようとしたのだ。しかし結局その生き方はなんだったのか。梁紅玉という「恋」のためにただ笛を吹いていた数年間、漁師をしながら1組の夫婦を破滅に導いた数年間、その落とし前をつけるために夫婦の娘を養っている数年間、そしてその娘は大人になって王清に決断を迫る。王清や蔡豹が、梁山泊の一見戦とは関係ない仕事(米の買い付け)を手伝い始めたのは、やはり必然ではあるのだろう。人生には、まるでエアポケットのように、あと一歩間違えると、罪人のように暮らしていかねばならないようなことしかできなかった時期があるのかもしれない。あの頃の自分も今の自分も同じだけど、なぜあんなことまでしたのか、どうも理解出来ない頃が、人にはあるのかもしれない。王清のこれからの生き方を見守りたい。

2017年7月31日読了






最終更新日  2017年08月01日 11時19分57秒
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